終、烙印
朝を迎えた病室には一人の少年。
「御山」
ベッドに横たわっているのは一人の少女。すやすやと眠っている。
彼女が倒れて病院に運ばれたと知らせを受けて六時間ほど。ずっと隣に座って彼女の目覚めを待っていた。
「……なんで、いきなり」
医師から聴かされたのは記憶喪失の可能性。部分健忘の恐れがあるといわれた。
「そんなに……?」
そんな問いかけに答えるものはなく、ただ、がらんとして真っ白い病室内に響き渡っただけだった。
「ん?」
菫がまぶしさに耐えかねたようにうっすらと瞳を開く。
「菫?」
昔呼んでいたように問いかけると、菫はぼんやりとした瞳で少年を見つめる。
「だれ?」
「おれだ、荒神和人」
「和人? そんなメガネ、かけてたっけ?」
どこか幼い口調。医師の言葉を半分も信じていなかった和人は、嫌な予感に頭を支配されながら口を開いた。
「お前、何歳だ?」
その言葉で、全てがはっきりする。十六と答えられれば、ただのボケ。だが――。
「え? 十五じゃない、の?」
首をかしげた菫に和人は泣き出しそうになりながらうつむいた。
「……そうか」
「どうして、そんなこと聞くの? だって」
畳み掛けるように菫が起き上がる。だれに渡されたのか、その首には二つ対になっている白と黒の真珠の首飾りが揺れている。
そして、さらりと髪が後ろに流れると、首と項の境目の辺りにちいさな文字が刻まれたようなあざが出来ていた。
「……うん。そうだね」
菫の口調にあわせてうなずくと、和人はそっとため息をついて、病室を出た。待合室にいるある人物に、事情を聞くために。
「おい、鬼無里!」
待合室に踏み込むと、そこに求める人物はいなかった。
「……え?」
拍子抜けして、清潔感あふれる待合室に視線をめぐらせると、品のよさそうなスーツに身を包んだ男性が和人に気づいてふっと表情を緩めた。
「鬼無里くんなら、とっくに出て行ったよ」
優しげに答えるのは菫の叔父である峰也。その顔も青ざめて今の状況を受け入れることが出来ないようだった。
和人が呼ばれ、菫の部屋に案内されたときには優はいた。この数時間の間にどこに行くのだろうか。
「どこにいるか……」
「わからない。……僕もね、目を離したすきにどこかに行ってしまっていた。呼んでいたといっておくから、今日は、菫ちゃんのところに行くか、学校に行くかしなさい」
もっともな保護者の答えに和人はなにもいえず軽く頭を下げて待合室から出た。
薄暗い廊下は続く。
その中を歩きながら、和人はふと脇の窓に目を映した。
「あいつっ!」
窓の外、地上にはこちらを見上げてさびしそうな顔をした優がたたずんでいた。
和人は、はじかれたように走り出して、エレベーターに飛び乗ろうとカチカチとボタンを押した。
エレベーターホールの大きい窓からもう一度、優がいたところを見ると、名残惜しげにたたずむ優の姿。
「待ってろよ」
そう呟いて、エレベーターの中に入って、一階に向かう。
そして一階について、まだ外来患者の着ていない薄暗くさびしげな受付を走り抜けて、通用門から外に出て、窓から見えた風景を求めて走る。
肌寒い朝の空気。
病院の消毒臭さと雨にぬれたアスファルトのにおいが混じっている。
「ここらか……」
あたりを見回して優を探すが、どこにもいない。走るのをやめて、優が立っていたあたりに立つが、優の姿は近くにはいないようだった。
「……幻覚? いや、確かにここに……」
一人、呟いた和人はくそっと悪態をつきながら、もう一度病院に戻っていった。
「……あいつを頼む」
朝日に照らされる雨露の中、そんな優の声を聞いたような、気がした――。
今更見てる人いっかや?とは思いますが、盛大にひきにげしてるのは、三部作ぐらいのものにしたかったからです。なんとなく、最近二部作目書き始めたので、上げられたら上げたいなー(無責任すんません。でも、めどが立ったからのあとがきということでm(__)m




