三、
そして、夜間診療可能なとある病院に担ぎ込まれ様子見の状態になった菫の傍らに優がついていた。
「……」
一度家に戻り、濡れた服を着替え、荷物をとってきた優は持ってきたものの一つを手にとってそっと目を伏せた。
「……鬼無里くん?」
か細い声に顔を上げると、菫がきょろきょろと辺りを見回していた。
「起きたか?」
「ここは?」
「いきなり倒れたから、病院に運んだ」
「そんな、大げさな……」
「……」
絶句した菫に、優はそっと唇をかみ締めて手を伸ばした。
「鬼無里くん?」
「すまない」
そういって耐え切れなくなったように優がそう呟く。
「え?」
「……。ごめんな」
優は手の内にあった自分のアミュレット、塁と色違いの、龍玉を模した黒い珠のついたネックレスを菫の首にかけてぐっと抱きしめた。
「鬼無里くん? どうしたの?」
様子がおかしい優にさすがに菫が抵抗を始める。その手を押さえ込んで優はそっと耳元でささやいた。
「全てを忘れてくれ。そして、お前は、……前だけは平和な世界に」
かすれた声に菫の動きがぎくりと止まる。そして、優は、腕を解いて、菫の目を見た。その目は奇妙に凪いで、優しい。
「や、やだ……」
「やだじゃない。俺に会ったこと。影狩りのこと。なにもかもを」
優が剣印を一閃し、口の中でなにかを唱えはじめる。
「や。やだあっ!」
菫が頭を押さえてうずくまる。その髪を撫でて、優は泣きそうに顔を歪めてさびしげに笑った。
「ごめんな」
菫の手が優の手をつかんで強く握り締める。すがるように、助けてと、いうように。優も答えるようにしっかりと握り返していた。
「……これで良いんだ」
だんだん力が失われはじめた手に、そう呟いて、優は、その手が完全に力を失うまで寄り添っていた。
そして、優はベッドに意識を失った菫を寝かせて目尻に浮かんだ涙を細い指先でぬぐう。
「……さようなら。それと……ありがとな」
聞いているはずのない菫にささやいて優は、病室からでていく。
――――――そんな言葉を、静かにたたずむ月だけが聞いていた。




