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三、  

 光が徐々に消えていく、瞬間。

「……っ!」

 光の外から飛び掛かってきた鬼の攻撃に優の顔が強張る。その爪は優の腹を正確に狙っている。

「鬼無里っ!」

 だれかが声を上げる。優は、腹に吸い込まれていく爪を見ながら唇をかみ締めた。

 身体をわずかに右に傾けるが、それでも爪は掠めた。

「っく」

 右のわき腹を持っていかれ、苦痛の声を漏らすと鬼は楽しげに笑う。

 次に、空いた片手で優の喉をつかんだ。

「なっ」

 そのまま首を絞められて釣り上げられる。

「鬼無里」

 援護しようとだれかが飛びかかろうとするが、鬼が手について優の血をなめながら笑い、軽く腕を振った。

 紅い光の刃が放たれる。飛びかかろうとしたままの格好でずれ落ちて絶命した彼に優は顔を強張らせた。

 優は唇をかみ締めながら首をつかむ白い腕を握る。

「苦しいか?」

 真っ白い顔が苦しみによって紅くなっている。しばらくしたら、塩のように白い顔になるだろう。

 緩められることのない圧迫に優はもがきながら、足をばたつかせて、力を振り絞って鬼の顔を蹴ろうとする。

「ほう? まだそんな力があるのか……」

 心底感心したようなそんな言葉を漏らした鬼は、優によってつけられた汚れをぬぐってにやりと嗤った。

「そろそろ潮時だろうな」

 片手が手刀を作る。

 少し引いて逃げられようもない優の身体を狙う。

 そして、突き入れられるその瞬間、大きく見開かれた優の瞳から、どこか濃密な気配を秘めた光がほとばしった。

「ようやく目覚めたか?」

 手刀をとめた鬼のそんな言葉を聞きながら優は狭まる視界の中、刀を探して剣印を振った。

 その瞬間、鬼は優の首をつかんだ手を離して飛び退った。少し遅れて鬼がいた場所に刀が刺さる。

「飛び道具とはな?」

 せきこみながら息を再開させて刀を握って立ち上がった優は、呼吸を落ち着かせながら口元をぬぐった。

「普段、体内にあるものでな。召喚と送還をすれば出来ることぐらいわかるだろう」

 雨に打たれる刀を見て優は深くため息をついた。

 ゆらゆらと優から陽炎が立ち昇り、浄化の炎が勝手に刀の中に流れ込んでいくのを感じていた。

 刀のきらめきが変わったことを感じてから、鬼を見据えた。

「殺す」

 静かな宣言に鬼の顔がほころぶ。そして心地よさ気に目を細めている。

「いいな、その言葉」

 鬼がそう呟くと同時に、すっとその切れ長の目が優の後ろに注がれる。

「……ほう、御山の娘か」

 その言葉にふっと優の気配が揺らぐ。それを鬼は見逃すはずもなく一瞬で間合いをつめ、優を突き飛ばして、傘を差して出てきた菫に向かう。

「……血を吸わせろ」

 菫の目の前に立ち菫のえりに手を伸ばす。

「やめろ!」

 突き飛ばされた優が走り寄ろうとするが、鬼のその手が動けずに立ち尽くす菫の首に触れる。

「……これは」

 首に触れた鬼がポツリと呟く。

 そして、すいっと目を細めてにやりと唇をゆがませた。

「まだ、生娘であるか。……触れられないのは仕方あるまい」

 そういって鬼は菫の目の前に手をかざして妖しく笑う。

「え?」

 菫が呆けた顔をしたが、すぐにその体が崩れぬかるみの中に落ちていく。

「菫っ!」

 優の鋭い叫びが雨音を切り裂く。駆け寄り、刀を横にないで鬼をけん制して菫を片手で抱き上げる。

「菫、菫!」

 顔色を悪くさせて倒れこんだ菫からは鬼の妖気が感じられた。

「なんで……」

「影は御霊。御霊は魂。小娘の魂に傷がついておった故にな? そこにすこし細工をしてやれば、穢れるに決まっている」

「……」

 脳裏に浮かんだのは、最初に巻き込んだとき。

 あの時、菫の身動きを封じるために陰を縫いとめ身体を動けなくする縛呪、陰針を使った。陰に傷がつくが、その傷も一ヶ月すれば自然に癒えるものであった。だが――。

 菫を取り落として、優が呆然と地面を見つめる。

 ――癒えきる前に、このような妖気による侵食を受けると魂の傷から妖気が入り込み、魂をけがすことになるのだ。

 呆然と、地面に目をむけて、そして、引きつれた息を吐き出してがたがたと身体を震わせた。

「俺は…………っ!」

 やってしまったことの大きさに震える優の袖口を誰かがつかむ。

「……」

 震えながらそちらに目をむけると、そこには菫が苦しそうな顔をしながら優を見ていた。

「だい、じょう……ぶだから……」

 途切れがちにそういって笑う菫に、優は、ある面影を見出した。

「優くん!」

 かくりと意識を失った菫をじっと見つめている優に峰也が声をかける。だが、状況を把握したほかの人がその声をさえぎるように叫ぶ。

「違う、御山の娘を浄化しろ! 早く」

 倒れ伏した菫をだれかが運んでいく様を見て鬼は面白がっていた。彼らなどいつでも糧に出来る家畜に等しい存在なのだろう。

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