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三、 

 ふっと月がかげり、あたりを照らすのはぽつんと置かれた校庭脇にある街灯だけになった。

「……ほう?」

 鬼は感心したような顔をしてうっすらと笑みを浮かべて刀を下段に構える。

 優がひた走る。

 鬼もぬかるんだ地面を蹴り優に飛び掛かる。

 正眼から上段に構えなおし振り下ろされる刃と下段から振りぬかれる刃。

「っく」

 上段から振り下ろした優が歯を食いしばる。鬼の笑みが深くなる。

「力はないようだ」

 鬼の楽しげな言葉。同時に優の手から刀がこぼれて弾き飛ばされる。

 鋭い舌打ち。優は飛び退って右手を鋭く振った。

「このっ、バカ力」

「鬼ゆえにな?」

「くそ」

 ひたひたと腹のそこに煮え立つ殺意と憎しみが熱く身体に駆け巡る。

「……くそ」

 がたがたと震えながら優は腹の底から湧き上がる感情を押さえつけていた。

「……これで終わりか?」

 つまらなそうに鬼が呟いて鉤爪の生えた右手を胸の前に上げた。

「鬼火か」

 見守るしかできない影狩りのものの一人が呟く。動かないでいる優を援護しようと、だれかが呪言を唱えはじめるがすぐはじかれた。

「な……」

「無駄だ。あれは鬼火じゃない」

「じゃあ」

「……食った人間の精気の塊だ。はじくんじゃなく浄化しろ」

 冷静な男の声に、全員がはっと鬼火のような光の集合体を見る。よくよく見れば、ほの赤い光の中に、蒼、藍、橙など、さまざまな色の光が閃いている。

「鬼無里!」

 一人が動かずにぬかるんだ地面を凝視する優を呼ぶ。その光が、優を包みはじめたのだ。

「生きながら力を奪われていく感覚を味わえ」

 優は動きもせずにその光に包まれていく。

 がんがんと痛む頭と、やまない耳鳴り。身の回りを包む強い光と呼びかける声。

『お前をこんなことに巻き込む気はなかった――』

 懐かしい声に優は目を見開く。

 ぐらりと、膝をついてぬかるんだ土をつかむ。

「力が欲しい?」

 不意に聞こえた女の声。

 顔を上げると目の前に、流に迦具夜と呼ばれていた華やかな紅い振袖を身にまとった女が立っていた。

「力が欲しい?」

 再度繰り返された言葉に優は彼女の中に秘められた神気を感じ取ってうなずいた。

「わかった?」

「炎の……?」

「そう。……冥官。あの世のほうのだけれども閻魔からこれを」

 ぶわりと彼女から凄絶な神気が吹き上がる。思わず顔を背けた優だが、神気がだんだんと形作られていく様を見て目を見開いた。

「……わかる?」

「火龍。……これを?」

「私が操るのは浄化の炎。その龍も私と同じ霊性を持っているわ」

「……そうか」

 そういって優は立ち上がって迦具夜の周りに浮く小さな龍に手を伸ばす。

「強い霊力を取り込むことはどういうことか、わかるよね?」

「自分が、その霊力に取り込まれること、死を迎える可能性がある、だろ?」

 触れる直前、静かな声でいった優に迦具夜が真剣な顔をして首をかしげる。

「怖くない?」

「……失うことのほうがずっと怖い」

 優の脳裏に浮かんだのは、塁のことだった。その次に、菫。そして、黙って出てきて、再会を果たしていない家族。

「……そう。渚と同じね」

「渚?」

「……流の前世の冥官よ。彼も同じことを言って冥官、人を守るこの役目についた。……さあ、取りなさい」

 力強い言葉に優はさらに手を伸ばした。

 龍に触れた瞬間、するりと龍が腕に巻きつき腕から内側に熱い炎が入るのを感じた。

「っく」

「耐えなさい」

 振袖の腕を伸ばし優の頬に触れる。冷たく細い指だった。

「……」

 うめき声を殺して眉を寄せて目を閉じた優の顔に迦具夜は首をかしげた。

「慣れてるわね」

「……刀、刀も同じだから」

 深く息をついて、体の奥に潜みはじめた浄化の炎の温かさを感じながら優はまっすぐ彼女を見据える。

「閻魔に伝えておいてくれ。力添え、感謝する」

「確かに」

 うなずいて、迦具夜はふっと消えた。

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