序、追憶
少年は、荒い息をつきながら、鬼を切りつけ、振りぬいた格好のまま、静止していた。
「優君」
しばらくして、彼を呼びかける声があった。彼の足元には死した鬼。
そして、少し離れたところに、死した友。
そして、何よりも、瞳に狂気を宿らせた、一人の男が先程から静止した状態で、刃を振りかざし、立っていた。
「もうやめよう。優君」
そういって出てきた、深い藍色の着物と薄墨色の袴をはいた一人の老人は、とぼとぼと歩いて、動くことを忘れたような少年の額に手を当てた。
「せめて、夢の中では安らかに」
そういうと、少年は糸が切れた操り人形のように体をばらばらに、その場に倒れ付した。それを支えた老人は、いたわるようにその少年の襟足の長い髪を撫でて、大地に寝そべらせた。
そして、老人は、近くに倒れ付す鬼の胸に、少年の持っていた剣を突き立て、結んだ剣印を横にゆっくりと薙いだ。
鬼は、見る間もないうちに、銀色の砂となり、肌寒い秋の空気に融けていく。
静かに歩を進め、白い顔をして、ピクリとも動かなくなってしまった少年の横に座り込んで老人は目を伏せた。
「塁」
そういう老人の声にはなにか、深いものがあった。
その額に手を当てて幼子にやるように頭をなで、頬をなで、そして、拳を握った老人は、目をきつく閉じて、その首に下げてある龍玉をあしらったデザインの白い珠を取り、立ち上がる。
間もなく老人が呼んだ、仲間がこの地へと来るだろう。彼らは別々に収容され、それぞれの処置を施されるだろう。
一人は、医療的な処置。
もう一人は、納棺夫によって、彼の父親と、母親の元に、家族の元に届けられるのだろう。
そうおもって、老人は目を閉じた。
「繰り返される負の連鎖は、連綿と受け継がれていく。か」
そう呟いて、目を閉じた。
その表情は、彼らのことを痛んでいるようにも、後悔しているようにも、見えた。
繰り返される雨音は、なにも変わらず、大地とそこに生きとし生けるもの、死せるもののどちらにも、対等に降り注いでいく。
嗚呼、深まり行く秋の匂いが、刻一刻と、流されていく――。