二、
子供のように眠ってしまった優を抱えながら、菫はそうっと優の髪を撫でていた。四つも違う、兄と同学年の、自分の同級生。
確かに、大人びているところはあるのだが、どこか子供のようなところがあるのが不思議だ。
「……」
健やかな寝息が響く優の部屋で、雨の音に包まれて二人はそこにいた。
優しい気持ちになれるのは雨と、この紅茶の香りのおかげなのかもしれない。
せめて、夢の中では楽しい世界があればいいねと心の中で呟いて菫は、その膝を優に貸してソファーにかけてあった毛布を優にかけてそっと目を瞑った。
優しい時間だけが早く過ぎていく。
ふと、目を開けたら、毛布をかけられていた。暗い室内で、シャワーの音が響く。
温もりがある毛布にぼーと机があった辺りを見つめてしばらくすると、濡れ髪で、灰色のカットソーに同色のスウェットを着た優がキッチンの奥から出てきた。
髪を拭きながら出てきた優の細そうでたくましい体にどきりとしながら毛布を畳んでそっとほほえんだ。
「寝ちゃってたんだね」
「……ああ」
照れくさそうに苦笑する優に目を見開いて、ふっと笑った。これが本来の優なのだろう。
「風呂は、あそこ。とりあえず峰也さんに俺と行動するようにっていわれたんなら、ここにいろ。……本当は塁がいれば良いんだがな。あとは、そうそう、ベッドはあっちにあるから、それを使ってくれ。着替えに関しては、何年か前の俺のお古で勘弁してくれ」
なんというかしっかりしている。
ちゃっかり出された紺色のスウェットにかすかな病院の匂いがついていることに気づいて優を見ると、淋しげに、笑っていた。
「俺が、家出してきた時の格好だ。これを来て、入院生活送ってたから、病院臭いな。あとは、塁のやつとかあるかな。まあ、あいつ、ここに住んでいた時点で、だから、十五ぐらいで既にでかかったんじゃないかな。……まあ、あいつのは多分ぶかぶかだとおもう。」
「鬼無里君はそのときはおっきくなかったの?」
今の身長を見れば考えられないが、男子はそういうこともありえるのだろうか。
頭二つ分高い優の顔を見ていうと優はまじめくさった顔で頭をタオルでふきながらソファーにどかりと座った。
「俺は、ちょうど成長期が十七からだったから、十六の時は確か、百六十二ぐらいだったかな」
「それって、かなり」
「ちっちゃいな」
いいかけた言葉を優が継いだ。菫でも百六十はある。おそらく、今の優は百八十はあるだろう。四年でそこまで伸びるのだろうか。
「今の身長は?」
「さあ、百八十後半ぐらいじゃないか? 身体測定出てないし」
「サボり」
「うるせーな。体重ないから保健室にお呼ばれするんだよ。めんどくせー」
「だって、もやしいわれてるじゃん」
「もやしは仕方ないだろ。今までまともに学校に通ったことなんてなかったから……」
肩をすくめて立ち上がって台所に立ってなにかを作りはじめた優にぽかんとしながら菫は優の隣に行って首をかしげた。
「なにつくるの?」
「パスタ。……それだけしか作れない」
「いつものご飯は?」
「食ってない」
テーブルの隅に散らかったサプリメントの空き瓶を差して肩をすくめた優は手際よく、湯を沸かして塩を振ってパスタをゆではじめた。
「ソースは?」
「めんどくさくないやつ。ほら、邪魔だ。あっちで待ってろ」
菫は優に追い出されるようにして台所から出て、ソファーの上に座って窓の外を眺めた。
いつの間にか、雨は上がってひんやりとした秋の夜空が広がっていた。
濡れたキンモクセイと、ツバキの葉が夜空に伸び、月明かりが雨露を照らしていた。
「なにを見てるんだ?」
台所で、フライパンでなにかをいためる音を響かせている優の言葉を半分無視しながら、その眺めに目を奪われていた。
優もそれ以上なにもいうこともなく、手際よく夕飯の用意をしている。
日常、普段であれば繰り返される音がこの部屋を満たしている。
星明かり、月明かりに照らされた、一人暮らしの部屋に。