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一、

 覚悟が決まった。

 そう思って深く息を吸って、ため息をついた。薬を使うのは癪だったが、このままでは話している途中に取り乱す。

 彼女にそんなところを見せたくなかった。

「一年前、寒い、雨の日のことだった」

 優と塁は塁の実家の近くにある山に封じられている鬼を屠りに行った。

 あの世に送るためにばらえの儀式というものを執り行っていた。

 その頃には、塁は一人前になって、同年代であり弟子でもある優を教えていた。

 鬼祓えの儀式というのは、塁の家に伝わっているもので、長年封じられ、力の弱まった鬼をあの世に送って閻魔の捌きを受けさせるものだ。

 そして、力が弱まっていたとしても、強い鬼は強い鬼。念には念を入れていた。

 だが、それでも鬼は覚醒して、暴れだした。

「俺は力づくで押さえ込もうとした。……俺のもともとの力は、固形物に力を込めるのが得意だったからね。そこに関しては、塁より上手かった」

 だが、その力でも押さえ込むことは不可能で、封印は破られた。

 最終的に、塁が、優が持っているあの刀を使って鬼を終わらせようとしたが、力を使った反動で動けないでいる優を鬼に狙われて、塁が死んでしまった。

「俺が使っている刀は、元は、お前の家の、御山家の物で、よそ者が使えるような代物じゃないんだ」

「じゃあなんで?」

「塁の血を浴びたからだろうな」

 塁の出血の仕方は半端ではなかった。吹き出るというわけではなく、じわじわと、ドクドクと流れ出ていたのを覚えている。

「……まあ、簡単な話が、お前の一族は、お前の兄や、父、爺さんなどは、俺と同じ力を持っていて、家業として鬼を狩っていた。そして、俺が、この刀を継いだ理由は、塁の願いからなんだ」

「え?」

 キョトンと見つめた菫を見てふっと笑って目を見つめた。

「塁が、お前を巻き込んでくれるなと、願った。俺は、お前を巻き込まないように突き放してきた。だが、お前は巻き込まれてくる。本当は、この真相も伏せておきたかった。塁は、お前をこの影狩りの一族から引き離したかった。普通の人として生きて欲しかったんだ」

 そうささやいて、そっと紅茶に口をつけた。優しい芳香にため息をついて目を伏せた。

 このカップも、塁が使っていた。塁が、自分や、彼女である由里という人に出していたカップだ。

「そうなの? じゃあ、叔父さんも?」

「ああ。親父さんも、塁の決定に賛同していた。だから、この刀の存在を隠すために実家から離した。峰也さんが預かったのはなにかあっても守れるようにだろう。……そうそう、峰也さん、無事だよ。空メールは事故だろうな。俺が救ったから大丈夫だよ」

 飲み干した紅茶のカップに視線を投げ込んで目を伏せた。

「…………あと、俺と塁が出会った経緯を簡単に説明させてもらうと、俺が十五のときに、病院で死に掛けていたところを、……飛びかけていた魂を取って体の中に突っ込まれたんだ。まあ、言うならば、臨死体験をして、戻ってきたんだな。そしたら、俺には、影、霊を見る力や、鬼をあの世に導く力が宿っていた。それを塁に見られて、力の有効活用、最低限の力の使い方を教えるという事であの日まで一緒にいたんだ」

「学校は?」

「ずっと一年生」

 塁と共に留年して笑いあっていたのはもう過去の話だ。学年発表でもう、何回爆笑していたのだろうか。

「ずっとって何回なの?」

「……、今年で二十歳だから、単純計算四回ぐらい。まあ、元の体が病弱で、義務教育期間中に一回留年したから、高校を留年したのは三回かな。そのうち二回塁と一緒にいたね。まあ、そろそろ自主退学を勧められる頃だな」

「病弱って」

「虚弱体質だったんだ。今になっては、普通の人並みの生活が送れるようになったが、中学は一年の三分の二以上を院内学級で過ごした。家が病院のようなかんじだった」

 皮肉った言い方に絶句した菫を見て肩をすくめた。

 いうならば、そんな感じだったのだ。そして、自分は、力に目覚め、普通の少年ではなくなったから、普通の家族から抜け出し、家出して、この世界に飛び込んできた。

 ここにいるのは特別な家にいたにもかかわらず、普通の少女として育てられ、特別なところにいなくてもいいのに飛び込んでこようとする少女だ。

「普通のところにいた俺がいう。お前は、こっちにくるべきではない。巻き込んでしまったのは申し訳ない。だが、これ以上は、こっちに入ってきてくれるな。……俺は、自分の命を守るので一杯一杯で、お前を守れる自信も技術もないんだ」

 正直にいうと、そうだった。塁を失い、菫まで失えば、自分はどうにかなってしまう。

 大切なものは傍におかずに遠くにおいて近くで見ている。

 それだけでいいと、言い聞かせてきたのだ。

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