五、
そしてもう一度携帯が着信を告げる。
「菫か?」
面倒な時に面倒なやつだと思いつつ、いわれた内容に目をむいた。
今から、こちらに向かうらしい。
なにがどうしたときくと、叔父が心配で飛び出しちゃったといわれた。
呆れてものもうえない優に、追撃を加えるように菫が続けた。
「いま、高速バスでそっちに行ってるから」
「おま、おい、じゃあ、今一人なのか?」
「うん」
うなずいたらしい菫に絶句して、頭の回転が加速を始める。
嫌な映像が脳裏に掠める。
「…………」
どうしたものかと目を泳がせている優に、なにか不安を感じたのか、菫がなにかをいってくる。
その言葉に、なにかが切れた。
「大丈夫だって、しかも、お父さんの実家だ……」
「お前、なんで峰也さんが俺と一緒に行動するようにっていったか、わかってんのか?」
怒鳴られた菫は電話口に黙っている。
おそらく電話の向こう側で電話を持ったまま固まっているだろう。
沈着冷静で通っている優の怒鳴り声。無論、玄室に響き渡って流が耳をふさいで顔をしかめている。
「お前が危険な目に合わないようにそういったんだ。少しはこっちのことを考えろ!」
「こっちのことって、どういうことよ? あたしがなにをしようとあたしの勝手でしょ?」
いきなり怒られたことに腹が立ったらしい。強い菫の口調に余計、優の頭に血が上る。
いつもは深い声音で言い含める場面でも、かっと血が上ってしまった優はそんなことを考える余裕もない。
「ふざけるな! 勝手じゃなくて、ただのわがままだ。いいか、次の停留所で降りろ。で、さっさと家に帰れ。ここはお前が来るべきところではない」
「なによ、わがままってあんたのことでしょ」
ふっと、血の気が引く。遠のく意識を食い止めて、かすれた声で呟いた。
「わがままわがままって、お前、いつも自分を守ってくれる人の存在に気づいたことないのか? 確かに、俺がお前に指図するのは俺のわがままだろうが……」
「だったらいいでしょ?」
電話の向こうの様子に気づいていないらしい、依然として強い口調のままの菫に優は、重く深いため息をついて、その場にしゃがみこんだ。
頭に血が上った反動だろうか、頭から血の気が下がって立ちくらみが酷い。
「良くないからいってんだ。お前、死にたいのか?」
ため息交じりの言葉にさすがの菫も黙った。途切れそうになる意識の破片を掴み取りながら、肩で息を吐き携帯を握る手に力を込めた。
「死にたくないならさっさと降りろ。今、俺とお前が巻き込まれているものはそういう時限の話だ」
それだけ呟いて目を強く瞑った。頭の芯がぐらついているかのような眩暈。
深くため息をついて、ようやく、この眩暈の原因に気がついた。
喪失だ。
「頼む、家でおとなしくしててくれ。いくらお前になにかあったとしても、どこにいるか、わからなければ俺が、お前を助けることはできない。高速バスを降りて、すぐにタクシーを呼べ。タクシー代は俺が出す。今から、俺も、お前のところに行く。おそらく、鬼の狙いはお前が持っている、塁の呪具だ」
すらすらと言葉が出てきて驚いた。浅く息をついて、菫の返事を待っていると意識が遠のき始めているのに気がついた。深く息を吸ってとめて暗くなる視界を食い止めた。
「……どこにいればいい?」
「人が少ないところ、だな。次の停留所はどこだ?」
と聞いて、流に目をやると納得したようにうなずいた。そのまま、背中を支えてくれる。それに甘えて預け、停留所の名前を聞いて、その停留所の下で待っているといって電話を切った。
「お前、平気か?」
「平気とはいいがたいけどな」
そういうと目をきつく瞑って深くため息をついた。停留所の名前をいって流の肩につかまって立ち上がった。
「わかったよ」
その体を支えて、外においてあるバイクも忘れずにその場所に転送した。