五、
朝になると同時に入院後は乗り回していなかったバイクに跨る。
どこかのヴィジュアル系バンドかといわれるほどのちゃらちゃらした格好をした優は革ジャンを着込み黒のメット、黒の皮手袋で銀色ハンドルを握る。
キックと共にエンジンが唸る。ガソリンは満タンだ。
大型自動二輪に属する自身のものに目を細めて、アクセルを吹かした。体に響く低音の唸りに近所迷惑だが、仕方ない。
と開き直ってクラッチを解除、車線に出て高速にのった。
これから、何時間かこれに揺られることになる。行く先は、鬼が封じられていたところだ。夜に連絡されたあと、山崩れが起きたらしい。
理由は良くわかる。
山場の力の均衡が崩れたのと、鬼が人を喰ったことを隠すためだ。
人間らしいが、それが鬼だ。元は人だが、地獄で更生できずに消えなかった性質の悪い霊。だからその良心に語りかければ、意外と簡単に地獄に再送還はできるのだが、そう簡単にできるわけではない。
「鬼無里君だね」
ヘルメットにつけたワイヤレススピーカーから、落ち着いた男の声が響く。
「いきなり連絡してすまない。塁と知り合いだった、八飾流というものだ」
「冥官か?」
「ああ。その通りだ」
「冥官殿が俺たちになんのようだ?」
だれもいない朝の高速を事故にあえば苦しまずに死ねる程度の速度でぶっ飛ばしながらジャンクションを突破する。
「皮肉るな。まあ、白妙の鬼。俺にも指令が出たんでね。君に協力しようかと」
「閻魔の命令がきたのか?」
「ああ。まあ、俺は他の冥官とは違うんでな。迦具夜もいる」
「迦具夜?」
「ああ。あっち側の冥官だ」
あっち側とはどういう意味だろうか。
そう思って聞くと、冥官には二つの種類があり、あっち側の三途の川で抜け出すものがいないか。こっち側のほうで、霊や鬼を浄化せずに強制送還し、閻魔に送り届けるという種類に分けられるらしい。
冥官は自由にあの世とこの世の境にいけるが、優達、影狩師はそんな器用な芸当はできない。
特に、この無線の向こうにいる流は閻魔からの直接の指示をもらって動く閻魔の側近というべき存在らしい。
たまに、閻魔代行として死者を裁くこともできる、第二の閻魔らしい。
「ま、さすがに、やばいと思ったんだろうな、このままやられるとあの世がハーレムになる」
「あの鬼、女ばっかころしてんのか?」
「ああ。変態丸だしなおかげでもう風俗みたくなってる。まあ、まだ婆さんばかりだから、託老所見たくなってるが、若い女が増えてきた。どこの快楽殺人だ」
「まさに快楽殺人鬼だな」
「ああ」
冗談めかしていった言葉に笑ったらしい流に悪いイメージを抱かなかった。
お互いの波長がぴったりと合う感覚。
歯車がかみ合った。
「お前はもうついているのか?」
「ああ。お前は高速か?」
「ああ」
「じゃあ、迎えに行ってやる。サービスエリアの名前いってくれ」
迎えにとはどういうことだと思いつつも近くのサービスエリアに入りその名前をいうと目の前に黒い穴が開いた。
そして、出てきた長めの髪を持った冷たく整った顔立ちをした少年は優を見て笑った。
「初めまして、鬼無里君。流です」
幼さは全く残っていない顔立ちで、高校の制服を着た少年にミスマッチもいいところだなと思いつつも伸ばされた手を右手でつかんだ。
「こちらこそ」
どこか似ている二人は互いに笑いあい、流があけた黒い穴にバイクと優が入ると、景色が一転した。
「これが送迎師、つまり、冥官の能力の一つ」
「…………空間を操れるのか」
「ああ。だから、あの世とこの世の境にもいけるんだ」
目の前に広がる惨状に少なからず衝撃を受けていると遠くから見慣れた小柄な老人が走り寄ってくるのが見えた。
「爺さん」
「久しぶりだね。優君」
「ええ。塁が死んでから、ここにきてませんから。で、これはやっぱり?」
「ああ。その通りだよ。峰也も隆也も皆で払っていてね。今、守りの結界を張っていたところだが」
「二人が帰ってこないと」
継いだ言葉にうなずいた老人は目を伏せて唇をかみ締めた。鬼の気配が、濃密になる。
半径なんキロかのなかにいるんだろうと辺りをつけて流を見た。流もかすかに表情を強張らせている。
「迦具夜」
「はい?」
紅い着物を着た純和風の美女を呼ぶと流はなにかを指示し始めた。美女は唇を尖らせながらため息をついてふっと消えた。
「これが、あの世の冥官か?」
「ああ。俺のサポートをしてくれている」
「あの世の業火でも操るのか? 名前からして」
「その通りだ。いざなぎを焼いた火迦具土の化身だよ」
「見事に神道と仏教が入り混じってるな」
「それが日本の共同幻想だ」
なにかを悟っているようなその言葉にうなずきながら優は流が動き出すのを待った。
おそらく、鬼の行方を教えろといったのだろう。
しばらくして女がまた現れてこっそりと流に耳打ちした。
「……遠いな」
「どこだ?」
バイクの鍵をくるくると回して首をかしげると流が嬉しそうにほほえんだ。
「乗せてってくれるのか?」
「やることは一緒だ。協力して当然だ。めんどくせえ」
「しがらみも俺たち若い世代にしたらめんどくさいよね」
「同感。よし、行くぞ」
「おう」
先程初めてあったとは思えない気の合い方にその場にいた老人、塁と菫の祖父は首を傾げていた。
「気をつけろよ」
「ああ。死にに行く事はしないよ」
「それに俺がいるからな」
肩をすくめてちゃっかりとメットホルダーからもう一つメットを出してかぶった流が老人に片目を瞑る。