四、
また朝がきた。
そんなことを思って目を覚ました菫はふと起き上がってベッドサイドにおいてあるデジタル時計を見てため息をついた。
午前七時過ぎ。学校に行くのはたるいなと思って今日もサボるかと自己完結した。
友人の一人に風邪で休むという旨を伝えてリビングに出てきた。
テレビをつけると、突然の地すべりで見事に陥没した山と、そのふもとの村が土砂崩れでなくなったという一年に一度あるか、ないかという災害の情報だった。
地名を見ると、どこかで見たことのある漢字。記憶を探ればそれは父の本籍地だった。
行方不明者は何十人で助かったのは男と子供ばかりらしい。
なにか変だと思いつつ耳から耳へと流し、キッチンにおいてあるやかんに水を入れて湯を沸かして、インスタントのスープを淹れた。
朝ごはんは質素に限る。
前日に炊いておいた雑穀ご飯と味噌汁、水菜のおひたし。
それが、今日の朝食のメニューだ。
また、携帯がなった。先程の返信だろうなと見ると、叔父からの緊急のメールだった。
〈おはよう。朝早くにゴメン。テレビ、見たかな。お父さんの地元の地すべりで、いろいろあったから、学校に行かずにしばらく家にいてください。できるならば、優君と一緒に行動してください〉
書かれた名前と連絡先に顔が強張った。叔父が知っているとはどういうことだろう。
電話をかけて見るともう電波の届かないところにいるらしい。優にかけても同じだった。
父の本籍地で起こった地滑り。それだけのはずなのに、何か大きな物事が動き始めた気がする。
自分の知らないところで、なにかとても大きなことが。
もう少し考えれば、なにかがつかめる。あやふやなものに形が成る。
キッチンに立ったまま何故、地滑りが起こったのに優と行動を共にしなければ成らないのだろうか。
叔父と知り合いということは、兄とも知り合いだったのだろう。何故、それをいってくれなかったのだろうかを考えていた。
そしてしばらくして、答えはつかめた。
稲光のように、瞬間強く光って、塁の死が浮かんだ。
もし、塁が死んだ時優がそれを見取ったならば。
何故、塁が死んだのか。
優が、鬼を狩っているという事実。
影狩りの剣を見た時の血の騒ぎ。
そして、優の胸元に揺れていたどこか見覚えのある真珠のネックレス。
全て、塁に通じるものだとしたら。
そして、全貌は見えた。最近勘が冴えているのは何故だろうか。嫌な予感も感じるようになった。なにかの能力に目覚めたように。
「兄さんも、鬼無里くんと同じことをしていた?」
それしか考えられない。考えてみれば、家にいたときも、なにかを包み隠したようないいかたをされることがたびたびあったのを思い出した。
そして、地すべりについても、その優の仕事に関連するものだろうとそこから思い当たった。推理にしてはお粗末なものだが、今は自分の直感を信じようと思った。
朝ご飯を作り終えて、食べ終えて、外に出る仕度を済ませて携帯を見た。メール着信一通。叔父からの空メール。
突然、激しい不安に胸をかき乱された。嫌な予感。連絡を入れようとも入らない。叔母に入れても入らない。せめて優にと電話をかけて、ようやくつながった。
「なんだ?」
「叔父さんが」
「峰也さんがどうした?」
名前を知っていることに驚いたが、それどころではない。走っているらしく、足音と、荒れた優の息遣いが電話口に響く。
「さっき、空メール送られてきて連絡も取れないの」
「……そうか。わかった。お前は部屋にいるのか?」
「うん」
「じゃあ、そこから動くな。絶対に外に出るな。だれか、訪問してきたとしても、居留守を使って……」
ブツと電話が切れた。何度呼びかけても通話が終わったことを示す単調な音が繰り返された。
もう一度かけても、『現在、電波の届かないところか……』というアナウンスが繰り返される。
「鬼無里君」
一度湧き上がった不安は消えやしない。思い返せば、塁が死んだときも同じように不安が募った。
だが、あの時はなにも知らなかった。だが、今は――。
じっとしていろという言葉を忘れて財布と通帳で有り金を全部持って外に出て、当てもなく走りはじめた。全ては、父の本籍地だ。