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三、

 街が深い闇に包まれた頃、優の部屋の携帯がなった。

その着信音に何事もなかったように起き上がった優は通話ボタンをおして耳に押し当てる。

カーテン越しに見えるのは優しい月光。

玲弥りょうやか?」

 電話口にうなずく気配があるのを感じ取って暗闇に慣れた目で時計を見ると二時過ぎ。

こんな真夜中に連絡が来るということは、かなり緊急の案件だろうなと顔を引き締めた。

「わりい。こんな遅くに」

「いや、普段メールで済ますお前が電話をよこすということだ。なにが起こった?」

「ああ」

 皮肉っていった言葉を低い声に肯定されてかなり余裕のないことだと判断してため息をついて、電話の向こうであわただしいことを感じ取って目を細めた。

嫌な予感がふっとよぎる。

「まさかと、いわないよな?」

「そのまさかだ。白妙の鬼がなぜかしんねーけど復活した」

 その言葉に優の表情が強張った。嫌な予感を越す嫌な事態。

思考が停止して、息が止まった。耳が遠くなるような気がしてため息をついて壁を見据えた。

「で、鬼は?」

「知らん。行方がわからないっていうのが本当だ。お前の気配を追っているか、御山の血に引かれているかどっちかだ。御山の娘と接触できただろ?」

「ああ。だが、まだ、兄が影狩りのものだとはいっていない」

「お前にしちゃあ対応がおせえな……、いや、すまない」

 対応が遅い云々についての理由に思い当たったらしい電話口の男は、玲弥はすまなそうにいってきた。仕方のないことだ。対応が遅いのは事実なのだから。

「でも、そういう人たちがいて、俺がそういう人だということはいってある」

「そうか。そこまでいってあんなら納得させるのは簡単か。お前にはまだ命令されてないが、あいつを見たものは、こっちに連絡するか、封じるか、殺すか、だ。排除命令」

「了解。用件はこれだけか?」

「ああ。重ね重ねすまねえな」

 そういうと玲弥は電話を切り、通話は終わった。

 終わったあと、耳から電話を離しそっと通話料金と時間を表示する画面をじっと見つめて目を伏せた優は深くため息をついた。

 白妙の鬼が復活した。

 その事柄が、優から現実味を失わせていた。

なぜなら、白妙の鬼は――――、塁を殺した鬼なのだ。

 塁を殺し、優に半年の入院を余儀なくされるような怪我をさせ、優の自身の手によって殺されたはずの鬼だからだ。

 あの鬼をやった時の感触は未だに手に残っている。とても心地よいとはいえない、ぬるりとした感触であったことを右手が記憶している。

「あいつが」

 ポツリと呟いて左手が戦慄いているのに気づかずに画面を見つめ続けていた。

左手の震えは、武者震いは収まることはなく体全体を震わせていた。

そして、画面を食い入るように見つめる優の鉄面皮には引きつった笑みが浮かべられていた。

 白い光に照らされる白い、狂気を宿した笑顔。

 それは、殺意の権現。

 それは、狂気の権現。

 ――そして、それは、もう一度この手で、仇の命を消せるというなににでも得がたい喜びの笑みだった。

「ハハッ」

 肩をくつくつと震わせて声もなく笑う優は確かにどこかがきている。

だが、どこか、悲しそうな表情をしているのが印象的な、猟奇的な笑みを浮かべている。

「……」

 そして、次の瞬間には元の優の表情に戻った。

いつもの、静かな無表情。

カタカタと震える左手を握り締めてそっと右腕で抱えた。

「収まれよ。これはあいつを殺せる時まで取っておくのが道理だろう」

 優は、別人に言い聞かせるような色を持った言葉を自分の内面へと吐いていた。

確かに、今の優と先程の優、別々のものとして考えればわかるかもしれない。

ぴたりと収まった左手の震えに深くため息をついて、ベッドに入った。

 思えば、学校さえなければ一日中ベッドで寝て過ごしている。

 影狩りの仕事を請け負うまでの過去がそうさせているのだろうなと思いつつ、自分の行方すら知らない、あの暖かい家族をふっと思い出した。

 十四歳までの優の居場所だった、優しい家族。もう、会うことはないであろう、悲しい家族。

 まだ未練を持っているらしい、自分の幼い心にため息をついてそっと目を閉じた。

思い出すのは実家にいるであろう、妹の幼い顔と、まだ、子犬だった小さな柴犬、厳しい父と優しい母。

恵まれた家庭にいながら、それを壊したくないがために飛び出てきた今の自分。

 今の自分にはあの家族に連絡する資格もないなと自嘲気味に笑ってため息をついた。

 少なくとも、自分が生きる意味を見出した時、その時には自分から、連絡を取ろう。

間違っても今の自分を家族に会わせられない。

 そう戒めて意識を深い闇へ突き落とした。夢を見ないように、短時間の休息を。

 かすかな寝息と共に上下する薄い胸に右手を乗せて、鎖骨の辺りにかすかに揺れる真珠を無意識につかみながら深い眠りについていった。

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