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二、

 一人の部屋に帰った菫は軽い気持ちで浮かれていた。優と会ったからなのかもしれない。

 そう思いつつ、時計を見た。時刻は二時。

あの場所に行ったのは十時前で、単純計算で四時間あそこで時間をつぶしていた事になる。

 ちょっと迷惑だったかなと思いつつ外着から部屋着に着替えて白いミニコンポをつけた。

 白で統一された小奇麗な部屋。小さな化粧棚には観葉植物、色とりどりのCDケースが互い違いに並べてある。

その中で、携帯の卓上ホルダーだけが黒かった。

 卓上ホルダーに白い携帯を置いて一人用のソファーに腰掛けた。

高校生の一人暮らしの部屋にはとても見えない、洗練された部屋。

 それは、放り出された菫の里親になってくれた叔父夫婦のおかげだ。

親が捨てるといった菫を叔父が引き取ってくれた。その上、一人暮らしをしたいといっていた菫の夢をかなえてくれたのだ。

 流れ出した音楽に耳を澄ませながら目を閉じると、雨の音が聞こえた。

 雨とピアノ。

 優しく流れ出した二つの音に表情を和ませて体から力を抜いた。冷たいソファーに身を預けてつめていた息をふっと吐き出した。

 穏やかな時間。穏やかな静寂。

かすかな雨音と共に優しい音色がコンポからゆったりと部屋の中を満たしていく。

 しばらくして、携帯がかすかな着信の音と共にメールがきたことを伝える。手に取ると一件だった。

内容を見ると、明日の授業連絡だった。この際、サボるのもありかと思って適当に返信してまた卓上ホルダーに収めた。

 いつの間にか、ピアノの音はヴァイオリンとチェロの二重奏に変わっている。

優しい音色は変わらずに、どこか物悲しいなにかを含んで張り詰めていく。

 部屋の隅においてある、チェロを手にとってそっと爪弾いた。チューニングもまともにされていない、不恰好な音色が部屋に響く。

「兄さん」

 兄が死んだのはこんな雨の日だとだれかに聞いた。

雨の日がなんとなく悲しいのはそのせいかなと思いつつ、生前、兄、塁が弾いていたチェロの棹を手にとってそっと目を伏せた。

 大切な人だった。大切な家族だった。もしかしたら母親や父親よりもずっと大切な人だったのかもしれない。

四つ上の兄。生きていれば、今年で二十歳になるはずだった。

 だがそれも、一年前に死んでしまった。なにも聞いていないとは嘘だ。ただ、事故死だとだけ、聞いた。

 チェロをそっと置いて窓の外を見た。外は薄暗くキンモクセイとコスモスが悲しげにうなだれている。

 深まり行く秋に、そっとため息をついて空を仰いだ。

灰色の空がどこまでも続いている。

 窓を叩きつける雨、刻々と強くなって、降り続く。

ただ、冷たい雨が降り続く。

優しい音を立てて降り続く雨はなにかを洗い流すように地面を流れて行く。

 もう一度ソファーに腰掛けて、手の届くところにおいてある小さな引き出しの中から一つの雫型のトップがついたネックレスを取り出した。

兄が中学校進級の祝いにプレゼントしてくれたもの。

優しいなにかが指先から流れていくような独特のひんやりとした石の感覚に深くため息をついて、目を伏せてそれを握って胸に当てた。

「なにで、死んじゃったの? 兄さん」

 そうしたら、お父さんとお母さんとも離れずに住んだのかもしれないのに。

 そう心の中で呟いて涙を飲み込んだ。もう、あの家族については、あの男と女についてなにも思わないことにしているのだ。

なにかを思ってしまえば、きっと恨んでしまうから。

 ネックレスを首に下げて白い壁を見据えた。

 家族は入れ物。血縁関係のある人々をまとめていったただの組織。

 そう心の中で言い聞かせて、亡くした兄の面影を目蓋の裏に思い浮かべた。

 父似のすっと通った高い鼻梁。母似の切れ長の釣り目の目じり、ちょい悪っぽく短髪で茶髪にしていつも制服を着崩して母に怒られていた。瞳はいつも澄んだ輝きを放って、何をするのにでも、なにがあっても菫の味方だった。

 優しい過去。少しだけ辛い現在いま。見ようとしても見えない未来。

 現在いまを生きているのはとても辛い。淋しい。だれかの傍にいたい。いて欲しい。

 窓に映る顔を見る。かすかに痛みを耐えるような表情をした一人の少女。

その面影が、優とかぶった。

それに目を見開いて、次の瞬間には何故、優が淋しそうな表情をしているかに気づいた。

「淋しいの?」

 今、ここにはいないその人に声をかけて目を伏せてそっと胸元の石を握った。

 今、ここにいるのは寂しそうな表情を隠しきれずにいる無防備な少女だ。

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