間、
暗い洞窟があった。光も差さぬ、深い、深い穴。
その奥に小さな祠がある。きちんとだれかが定期的に見回って、掃除をしているのだろう。供物も真新しく、その石室も苔が生すこともなくきれいに磨かれている。
祠の奥に安置されている、神鏡がカタカタと震えだす。
途端に、石室の壁という壁が不思議な文様を浮かべて光りだす。なにかを封じ込めているように。
それを数回繰り返し、遂に、神鏡がぴしりと嫌な音を立てた。かすかな音と共に滑らかな銀色の面に蜘蛛の巣のような割れ目が広がっていく。
そして、細かくなった破片がぱらぱらと落ち、その鏡の奥に隠されていた、艶やかな鏡のような黒い石を露出させていく。
鏡の面は白い粉のように黒い鏡の下に積もる。
そして、黒い鏡は内面にある、なにかを映して静かな光を湛え、その鏡からぬるりと白い腕が出てきた。白い右手が出終わり肩が出、白い衣と白髪の頭が出、左手と胴、足と、まるで、その小さな鏡の中から這い出るようにソレはでてくる。
「久方ぶりよな。外の空気は」
かすれた低い声に強張った顔にかすかな笑みを浮かべたソレは一息に立ち上がって目を細めた。
白い肌、白い髪、黒い瞳、白い衣。その額から浮き上がった角が、ソレが人とは違う異形のものだということを知らしめる。
一般的に、ソレは鬼と呼ばれている。
特に、この白い鬼に関しては、白妙の鬼として恐れられている。常に封じておかなければならない、危険で強い鬼なのだ。
鬼とは、人の思いの化身。善い鬼もいれば凶の鬼もいる。この鬼は、今、存在が確認されている鬼の中で一番強い鬼だ。
「まあ良いか、人の生気を吸えたからの」
白い唇に舌なめずりをして艶やかに笑った。どこか危なさもただよう、まさに妖艶という言葉が似合う笑みだ。
鬼はその祠を一瞥し無造作に手を突っ込んだ。
もともと古びてもろかったのだろうその祠は、無造作に手を突っ込まれたにしては奇妙な爆発音と共に粉砕された。
「下らぬな」
鼻で笑い、跡形もなくなってしまった祠を一瞥し、洞窟自体は崩れなかった事に舌打ちをした。
「小癪な真似を」
辺りには光る魔法陣のような不思議な文様が浮き沈みしている。それが、かろうじて鬼の力のごく一部を封じていたのだ。だが、すぐに消滅し、洞窟の彼方から、なにか扉が開くような音が立った。
「……」
鼻でため息をついた鬼ははるか頭上に見える光に目を細めて影に移動した。
いくら、最凶の鬼としても、陽の光は忌むべきものらしい。
その場に座り込んだ鬼は静かに真昼の休息を取った。夜になれば、月明かりが差し込めば、人を狩りに行けるように。
陽が照らしたその石室の床は、白かった。よくよく見れば、それは、頭蓋骨であり、大たい骨である。――人の骨で埋め尽くされていたのだ。
白い床に白い鬼。虚ろな眼窩がそれをじっと見つめている。
日の光を浴びた骨々は静かに消えていく。さらさらと陽に吸い上げられるように。水晶の砂嵐が空へ還っていく。
そして、最期に残ったのは雫型のネックレスだった。