四、
久しぶりに、学校で、優の姿を見た。
それだけで、その姿を追ってしまった。そして、この場にいる。
そう思いながら、菫は今朝、優に連絡した時のことを思い返していた。
「鬼無里くん?」
「ああ、お前か。もう起きてるのか」
「うん。で……」
「ああ、十時ぐらいでいいか。十時ぐらいに環状線のファミレスで。絶対制服着てくるな」
不機嫌そうにいわれるだけいわれて切られた。思い返せば、寝起きだったのかもしれない。
朝といっても八時だ。
学校に行くにせよ、起きている時間ではないのかと思ったのだが、優には通用しなかった。
もうすぐ、約束の十時。そろそろくるかと窓の外に目を向けたとき、ウェートレスが横に来た。その後ろには銀縁眼鏡をかけ、白と黒を身につけた青年が立っていた。
「悪いな、待たせたか?」
そう悪びれもなく聞くその声は優のものであり、まじまじと顔を見ると、学校では見られない類の表情をした優が立っていた。
「ううん。まあ、十分ぐらいだよ」
「そうか、それならいいが」
来慣れているのだろうか、慣れた様子でコーヒーを一つ頼んだ優は深くため息をついて出されたお冷に口をつけている。
「すまないな。学校休ませて」
「ううん。別に。あんなところいるだけで疲れるから」
本心からの言葉に優はかすかに苦笑している。何故だろうか、学校とは違う気がする。
「それならいいが」
「うん」
少しはだけさせている胸元から白い鎖骨が見え隠れしている。
そして、服の中に見え隠れするのは龍玉をあしらった白い珠のネックレス。かすかに錆びているようにも見えるのは気のせいだろうか。
「早速本題に移るがいいか?」
「うん」
その本題が気になって仕方なかった。昨夜のことが再再生される。
「順を追って説明するが、俺が倒した人間に見えるやつが鬼、ただの影にしか見えない黒いブツは影人、またの名を霊。鬼が、霊を支配するような力関係で、霊単体ではあまり脅威ではない」
昨日のあの変な人が鬼で、真っ黒い人影が霊。そこまで理解して、一般的にいわれている姿と違うことに気づいた。
「え?」
聞き返すと優は困ったようにしながらもため息をついて、運ばれたコーヒーに口をつけながら窓にちらりと目をやった。
「一般的にいわれているのは歪められて伝えているからだ。というより、鬼に関しては、ただの思い込みだ。トラ柄のふんどしがどうのこうのはいつの時代かに生まれた思想で、本当はそういう風に人をそそのかして、襲わせて楽しんでるような悪趣味なやつだな」
悪趣味と一言で終わらす所からこれは優だと認識させられる。だが、今日の優はどこか違う。
学校にいる時にまとっている硬いものではなく、どこか包み込むような優しい空気。
「で、現代はあまりにも誤った思想が広まりすぎたせいで、鬼が人間に介入できなくなった。霊は見えても、あの世の官吏を見たことがない人は沢山いるだろう。元は、同類なんだ。鬼も神も」
「鬼神?」
「そう。そんな言葉もあるね。鬼神、きじんという読み方や、きしんという読み方もある。漢字は一緒なのに、読み方が違うだけで意味合いが違う。そんな感覚だな。ものは一緒、だが、人に害をなすか、人の願いをかなえるか。どちらか。同位体だよ。ふたつは」
確かにわかりやすいかもしれない。鬼も神も一緒であり、それが害をなすかどうか。簡単になってしまったその言葉に深くうなずいてその次の言葉を待った。まだ、脳の回転スピードはついていっている。
「まあ、本当のあの世の官吏の仕事をしているやつは他にもいるんだが、俺はその一端を担がされている。それが、昨夜の戦闘だな。刀ぶっ放して鬼をぶっ殺していただけのもの」
ぶっ殺すだけじゃないでしょと突っ込みたくなったがそれをいっては彼を否定するだろう。どこか感覚がずれているのも彼なのだ。
「要は、鬼が霊を集めて人襲ってる、つまり、自分が介入できなくなった分、元人間の下等な霊を集めて人を困らせて遊んでる鬼に成敗を下すことを俺がやってるんだ。あと、あの世に帰れなくなってしまった霊を返してやったりしてる。それぐらいだけだね。別にぶっ殺してるんじゃなくて、あの世に送還しているだけだからな。まあ、某国の国境にいる警察官みたいな感じだ」
よく、日曜日のニュース番組で特集が組まれているような内容のことをあの世のものに関してやっているらしい。