ライン型幾何学都市1
2095年。
日本。
「総理、あと数年で鉄鉱石の輸入が止まります。マグマ、および海水からの鉄分子の回収は依然として難航が続いております」
報告を受け、総理大臣は頭を抱えた。
「銅が枯渇して早数十年・・・。リサイクルで何とか回してきたが、今度は鉄鉱石か・・・」
「このままではインフラの大規模改修ができません。日本は、いや、日本だけではありませんが、江戸時代の水準まで戻ることになります。地面にべた付きしている道路はかろうじて維持できますが、高架は無くなります。深刻なのは上下水道ガス管です。現状の財政状況と資源のリサイクル率から勘案するに、6%の国民にしか上下水道ガス管を与えることができません」
「・・・ポットン便所か」
「94%の国民はそうなります。残念ながら、ウヲッシュレットも・・・」
政務秘書官は目に涙を浮かべながらそう言った。
「94%汲み取り式になるのか・・・」
「風呂も水風呂になります。1億人もの国民が薪を利用することはできません。森林が破壊されてしまいますので」
「夏場はいいが、冬場はきついな・・・」
総理大臣は遠くを見つめながらそう言った。
「もはや時期は来たかと。ライン型幾何学都市を再検討されてみてはいかがでしょうか?」
政務秘書官は真顔でそう言い、書類の束を机の上に並べた。
「あれか・・・。しかし、あれは雇用問題がな・・・」
総理大臣は難しい表情を浮かべる。
「ピラミッド型の巨大な木造住宅を、厚さ1mのコンクリート壁で覆います。コンクリート内部には繊維を入れておき鉄筋は入れません。これにより3000年間の使用が可能になります」
「本当に3000年間も使用できるのかね?」
「可能性は非常に高いかと。法隆寺の木材や、古代のローマンコンクリートを見ても、少なくとも1000年以上の使用に耐え得るのは明らかかと」
「到底信じられないが・・・」
「しかし総理、ほかにもう選択肢はございません」
「むう・・・」
「厚壁円錐型集合住宅をライン状に並べるだけで、上下水道管の総延長距離も1万キロメートルにまで圧縮することが可能になります。これは現在120万キロある上下水道管の120分の1です。1%以下です」
「そんなに圧縮できるのか・・・」
「一人当たりの土地の専有面積も畳2畳分くらいになり、9万平方キロメートルある我が国の平野部のほぼすべてを農地化することが可能になります。試算では食料自給率は130%を超えるとか」
「そんなにもか・・・」
「広大な土地が手に入るため、家畜や家禽を殺さず、自然に死ぬまで待つことが可能になります。非常に人道的であると言えるでしょう」
「確かにな」
「木材も3000年間使用できるので、森林伐採も無くなるでしょう。コンクリートに関しては、砂と砂を直接融合させる技術が確立されていますので、3000年後の建て替えの際にもそれほど苦労はないかと思われます」
「建て替えも可能と・・・」
「道路の総延長距離も最短化させることが可能です。高架も不要になるでしょう。作物の地産地消が進み、そもそも論として長距離輸送の機会が激減します」
「なるほどな。たしかにそうだ」
「厚壁円錐型集合住宅は一棟建てるのに30億円ほどかかる見込みで、一人当たりの専有面積は約20畳で、3000人が入居できます。それを3000年間使用するわけなので、日割りで計算すると、一人当たり一日0・913円で利用することが可能になります。1日1円以下です」
「20畳を、1円以下、だと・・・?」
「おそらく世界的にも建造が進むと思われます。発展途上国でも問題なく建設されるでしょう。仮にすべての国家がこの都市モデルを採用した場合、現在のような格差は消えてなくなり、人件費などの均一化も生じるようになると思われます」
「それはなぜだね?」
「衣食住にかかる費用が限界まで圧縮されるため、労働人口が減少し、労働時間も減少し、人件費が限界まで高まるためです。結果として衣食住以外の雑貨や家具、旅行などの娯楽費用は跳ね上がることになると思われます。しかし衣食住が満たされている状況には変わりがないため、暴動などは起きないでしょう」
「なるほどな・・・」
「雑貨や家具などの値段が上がれば、国民はそれらを大切に扱うようにもなります。結果としてゴミも少なくなると思われます。非常にエコロジーですね」
「たしかにそうなるな」
「唯一の欠陥は雇用問題です。不動産関係、建築関係、道路工事関係の仕事が激減し、失業率が高まります」
「どう対処する?」
「家具作りや雑貨づくりなどの極端な分業制を禁止し、雇用環境を改善したうえで雇用を生み出すのはいかがでしょうか。他には、野球選手などを10軍選手にまでいくらかの給料を出すようにするようにすれば、スポーツ雇用が創出されます」
「・・・いけそうだな」
「問題は現状の都市を、どのようにして、どのような期限でライン型幾何学都市へ移行するかどうかです。ざっと見た限り、100年はかかるかと」
「100年か・・・。それまでの間、インフラは持つか?」
「都市のコンパクト化と資材のリサイクルで何とか持たせることは可能かと思われます。国民の何割かは、一時的にポットン便所になるかとは思いますが」
「一時的にとは?」
「おそらく20年ほどかと」
「いたし方あるまい。ではさっそく取り掛かるとしよう。予算はどのくらい回せばよい?」
「とりあえず年間400棟ずつ建てるとして、約1.2兆円ですね」
「それだけで済むのか?」
「はい」
「それでは進めるように」
「了解いたしました」
会議を終え、総理大臣はつぶやくように言った。
「・・・というか、なんで今までこれをやらなかったんだろうね?」




