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第3章 なぜ人々は俺を「地球人」と呼ぶのか?

パート1 ― 大都市の探索


足を動かすたび、身体は粘りつく重さに引きずられた。

一歩ごとに、血と砂の味が肺の奥で蘇る。


門の前に立つ二人の衛兵は、まるで鎧を纏った山のようだった。

六フィートを超える巨体。わずかに動くだけで、金属が擦れる音が響く。

背には眠る獣の背骨のように剣が並んでいた。


三分の二ほど距離を詰めたところで、俺は気配を殺して通り抜けようとした。

だが、左の衛兵の声が鋭く空気を裂いた。


「そこまでだ。」


鋭い視線。

間近で見ると、砂漠の風でも削れないほど硬い眼差しだった。

まるで未知の生物を見つけたかのような、冷たい興味が滲んでいる。


「どうやってこの砂漠を生き延びた?」


喉が焼けるほど乾いて、声が砂利のように出る。

「……わからない。ただ、気づいたら歩いてた。」


衛兵は出来損ないの外套でも検めるように、俺をじっと見た。

もう一人の衛兵が、さらに冷たい声で言う。


「すぐ近くのパーティー局へ行け、地球人。出血がひどい。」


――地球人。


その一言が、胸の奥に石のように沈む。

まるで俺が“この世界の外側”の存在だと告げられたようだった。


問いたくても、恐怖が理性を押し黙らせる。

恐怖は良い教師だ。命令に従うべき時を教えてくれる。


「パーティー局……わかった。」


ふらつきながら歩き出す。

ようやく、この街の中へ足を踏み入れた。


最初に感じたのは――違和感。

壊れているわけじゃない。夢の中のように、見覚えがあるのに時代がずれている奇妙さだ。


石の土台、木の梁、藁葺き屋根。

ネオンも車もない。まるで中世の市場のような街。


それなのに空には、俺の知らない鳥が飛んでいた。

そして――地球人と呼ぶ人々。


高台から見たときはただ広いと思ったが、実際に歩くとスケールの大きさに圧倒される。

砂漠の外には森があり、その先には雪を戴く山々。


まるで複数の世界が一つに折り畳まれて存在しているかのようだった。


――まずは目的を。

パーティー局を探す。

治療を受ける。

水を得る。

死なない。


シンプルなリスト。だが今は、それだけで十分だった。


通りを行き交う人々は、まるで絵画から抜け出したようだった。

男も女も、布のローブやチュニックを着て、腰には剣や杖のような棒を提げている。


子供たちは小さな鎧を着て駆け回る。


髪の色は黒や茶だけじゃない。青、銀、緑――宝石のように光る瞳。

瞳孔が縦長の者もいれば、笑うたびに淡く光る者もいる。


――ここは俺の世界じゃない。


「すみません!」

思わず声が大きく出た。

「パーティー局はどこですか!? 治療を――助けてください!」


数人がちらりとこちらを見る。

だが、誰も足を止めない。

女の一人が針で裾を直しながら、無関心に通り過ぎた。


雑踏の音にかき消され、俺の声は砂に吸われるように消えた。

焦りと痛みで頭がくらくらする。


せめて、話が通じそうな人を――。



*****


パート2 ― 計算違い! そして救いの手


見つけた男は、俺と同じくらいの背丈で、服も皺だらけ。

一見、害のなさそうな顔。しかし近づくと、鼻を突く酒の臭い。


「パーティー局? なんでそんなとこ行く? お前のパーティーはどこだ?」


「……持ってない。ひとりだ。治療を――」


「治療?」

男は薄笑いを浮かべた。

「傷だらけじゃねぇか。……なんで俺がそんな“地球人”を助けなきゃなんねぇんだ。」


その“地球人”という言葉には、憎しみと嘲りが混じっていた。


逃げようとした瞬間、髪をつかまれた。

顔面が石畳に叩きつけられる。

鉄の踵が頬にめり込む。


一撃、二撃、三撃。

痛みが視界を白く染める。


周りの人間は――見ているだけだった。

助ける者はいない。まるで芝居でも見ているかのような無関心な目。


「この野郎! 地球人のくせに! ぶっ殺してやる!」


怒声が響く。

その瞬間――


「やめろ。」


その声は、街全体の鼓動を止めた。

音が、風が、一瞬で消える。


振り向くと、群衆の後ろに一人の男が立っていた。


三十代半ば。腰まで伸びた黒い三つ編み。

無駄のない筋肉。無数の古い傷。


左目と頬を横切る深い爪痕――まるで獣に引き裂かれたかのようだ。


片方の瞳は静かな闇、もう片方は炎のように赤く光る。


男は何のためらいもなく俺の襟をつかみ、軽々と引きずり出した。

酔っ払いが振り返るのも遅い。

男は剣を抜き、冷たい声で言った。


「この王国では、“地球人”を殺すことは禁止されている。」


「ルール? そんなもん知るか!」

酔っ払いは剣を構え、よろけながら叫ぶ。

「俺を無視した! 不敬だ! 首を落としてやる!」


「なら、戦え。」

その言葉は低く、重かった。

「勝てば好きにしろ。負けたら――」


言い終える前に、酔っ払いが突っ込む。剣が閃く――。


しかし男は、素手でその刃を掴み止めた。


金属が悲鳴を上げる。

次の瞬間、剣が“パキン”と音を立てて折れた。


群衆が息を呑む。


男はそのまま相手の首を掴み、持ち上げた。

暴れる足、恐怖に見開かれた目。

次の瞬間――斬撃。

左脚が宙を舞い、血が石畳を染めた。


悲鳴。市場の喧騒が再び爆発するかと思うと、すぐに遠のく。

世界が一点にすぼむ。


男は血の海に捨てられた酔っ払いを一瞥し、静かに言った。


「お前はもう剣士ではない。……この少年に罪はない。」


それから、俺の方を向く。

影が覆いかぶさり、彼の顔がわずかに柔らいだ。


「大丈夫か?」


口を開こうとする。

――ありがとう。

その一言を言いたかった。


だがその瞬間、視界に冷たい光が走る。


[ フラックス ]:警告 ―― 出血量、臨界。

疲労度:87%。


フラックスの文字が頭に響き、鼓動のように点滅する。視界が青く染まる。


男の声が遠くから聞こえた。

「おい、どうした!? 聞こえるか!」


手が俺の肩を支える。

だが、感覚は薄れ、唇は動くのに声が出ない。


[ フラックス ]:意識レベル、低下中――。


最後に見たのは、彼の片目が炎のように揺れていたこと。

その瞳に、確かに“心配”の色が宿っていた。


――ありがとう。


その言葉だけを思いながら、世界が暗闇に溶けていった。





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