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第2話 フラックス

パート1 ― スクリーン


夜は長かった。

……長すぎた。


時間の長さじゃない。

ここには時計も、太陽の位置もない。

ただ、一瞬一瞬が、鼓面に張られた緊張した糸のように震え、永遠に続くかのように感じられた。


眠れなかった。

恐怖が、意識の端で獣のようにうろついていた。


こんなに何もない砂漠では、目を閉じた瞬間に何かが砂の中から這い出してくる――そんな錯覚に襲われる。


やがて、太陽が昇った。

その熱は容赦がなかった。

熱風が砂丘を横切り、肌を焼くように吹き抜ける。

夜の冷たく乾いた空気とは違う。今は、まるで火を吸い込むようだ。舌が上顎に張りつく。


「はぁ……どこへ行けばいいんだ……」


見渡す限りの砂。

死んだような地平線。


――そのとき。

音がした。


反射的に顔を上げる。

風でも、動物でもない。

それは――「グリッチ」だった。

古いテレビや壊れたモニターのような、ノイズ混じりの音。


ありえない。

電気も、人も、ラクダさえいない。

ここは、死んだ砂漠のはずだ。


サハラ……?

スマホで見たあの果てしない黄金の砂の海に似ている。


だが――


チカッ。

空中に、黒いスクリーンが現れた。


黒曜石の板のような黒。表面は微かに光を反射し、縁には青い静電が走る。

宙に浮かび、俺の目線の高さで揺らめいていた。


首を動かすと、それも一緒に動く。まるで俺の視線に呼応しているかのようだ。

ノイズは低く唸り、何かの言葉を形にしようとしている。


「なんだこれ……」

震える手を伸ばす。


触れると、ひんやりとして滑らかだった。指先が波紋を残す。まるで水面のようだ。

左にスワイプすると画面が流れ、右に戻すと元に戻る。


アイコンも文字もない。ただ、黒い静寂にノイズが漂っている。


次の瞬間――文字が浮かび上がった。

白いナイフのように鋭いフォントで。


【画面】:名前を入力してください


……名前?

名前を……つけろ?


「スクリーン」じゃ味気ない。

「タブレット」も違う。

「ウイルス」なんて縁起が悪い。


スクリーンが小さく点滅する。まるで「早くしろ」とでも言いたげだ。


「……フラックス。」

思わず口から出た。

「フラックス。短くて鋭い……生きてる感じがする。」


ノイズが一瞬弾け、画面上に文字が流れた。


【画面】:今より、私は『フラックス』です


[ フラックス ] :会話方法を選択してください


画面上の文字


頭の中の声


あるいはその両方

×この設定は変更できません



……両方でいい。


[ フラックス ] :了解。これからは、あなたの脳内と画面の両方で会話します。

[ フラックス ] :私の声は、あなたにしか聞こえません。


その声は――冷たく、それでいて心地よい女性の声だった。


[ フラックス ] :私について質問があるなら、今のうちにどうぞ。システムの処理が完了するまで答えられます。


彼女――フラックスは、まるでこちらを観察しているようだった。視線の奥に意志がある。


[ フラックス ] :処理が完了すると、私は質問に答えません。その代わり、あなたに“任務”を与えます。

それを達成すれば、あなたは強くなる。

失敗すれば……結果が待っています。


汗が頬を伝う。

「……結果?」

喉の奥で乾いた声が漏れた。

「どんなシステムなんだ……」



*****


パート2 ― 任務


任務? そんなの聞いてない。

喉は焼けつくように乾ききっていた。


「いいか、教えてくれ。ここはどこなんだ? お前は……何なんだ?」


[ フラックス ] :私は言ったはずです。あなたを導く存在――

(音声が一瞬乱れる)

【Flux】:……生き残るための補助。力を得る手段。それだけです。


「はぁ……水は、ないのか……?」


[ フラックス ] :処理中……83%


「……ロードしてるのかよ」

「もういい。じゃあこの砂漠から出る方法を教えてくれ。人間はどこにいる?」


[ フラックス ] :北――ザンベラ州の首都『ザンベラ・シティ』。

南――他州の小さな村。


画面が再び明滅し、処理完了の文字が浮かぶ。


[ フラックス ] :本日の任務を生成しました――


20回の腕立て伏せ


25回のランジ


30回のスクワット


45秒プランク×5セット

×警告:30分以内に完了しない場合、“罰”が与えられます



「は……? 冗談だろ……」

立つだけでもやっとなのに、筋トレ?

「やらない。水が先だ。」


だが、フラックスは沈黙した。文字は消え、ノイズだけが残った。

俺は北を見つめた。

そこに街があるなら――水も、人も、希望もあるかもしれない。

砂を踏みしめ、歩き出した。



*****


パート3 ― 罰


歩き始めて二十七分ほど。

唇は裂け、足は鉛のように重い。

頭上を――影が横切った。


鳥だ。

だが……大きすぎる。

翼が太陽を覆うほどの巨体。

その鳴き声は雷鳴のように砂丘を震わせた。


やがて、遠くに街が見えた。

熱気の向こうで揺らめく壁、牙のように伸びる塔。

五、六キロ先――文明だ。

生き延びた……!


「助かった……!」


その瞬間、画面が再び点灯した。


[ フラックス ] :30分が経過。任務未完了。――罰を開始します。


「な――」


痛みが爆発した。

心臓が握りつぶされる。

口の中に鉄の味が広がる。

「――っああああああ!」


[ フラックス ] :20秒間、生存せよ。グッドラック。


二十秒?

息もできない。

視界が赤に染まり、喉から悲鳴が漏れる。


「やめてくれ……やる! やるから! 全部やる!」


[ フラックス ] :残り10秒。


十秒が永遠に感じられた。

体内を灼けた鉄が流れるような痛み。

これはシステムじゃない――捕食者だ。


そして――


[ フラックス ] :生存を確認。よく頑張りました。

もう一度だけ、任務を完了するチャンスを与えます。


肺が焼けるように痛い。

息を吸い、吐く。

砂に手をつき、震える声で呟いた。


「……これが……死ぬってことか……」


迷いは、もうなかった。

俺は腕立てを始めた。

罰を受けるくらいなら、地獄でもやってやる。


*****


パート4 ― 報酬と街の門


全身が悲鳴を上げていた。

砂の上に倒れ込み、息を荒げながら、俺は笑った。

……やりきった。全部。


フラックスの文字が再び浮かび上がる。


[ フラックス ] :本日の任務、完了。経験値を獲得しました。お疲れさま。


安堵の息が漏れる。

だが、続けて新しいメッセージが現れた。


[ フラックス ] :攻撃力が5%上昇しました。


「攻撃力……?」

脳がまだ疲れでぼやけていたが、確かに“力”が湧いている気がした。


[ フラックス ] :報酬を選択してください。


1. 冷水2リットルとアルセスの肉



2. 走行速度10%上昇



3. 明日の任務免除




喉が焼ける。水だ……だが、街まで行けば手に入るかもしれない。

距離は五、六キロ。太陽は――待ってはくれない。


走行速度か、水か……

明日の免除なんて、今は意味がない。


「……水にする。」


[ フラックス ] :了解。冷水2リットルを生成します。もう一つの報酬(アルセスの肉)はストレージに保管しました。

ストレージシステムの説明を行いますか?


「後だ。今は……水だけ。」


[ フラックス ] :了解。――報酬を転送します。


空中に、銀色の鍋のようなものが現れた。

中には氷のように冷たい水が揺れている。

落ちる前に掴み取り、口をつけた。


冷たい――生き返る。

喉を伝い、体中に広がる感覚。

「……はぁ……っ……」

涙が滲むほどの安堵だった。


残りの水を砂に捨て、立ち上がる。

再び歩き出す。遠く、街の門が見えた。


鋭い塔、重い壁。

その入り口には二人の衛兵。

陽光を反射する剣が、不吉に光っている。


俺は二百メートルほど離れた岩陰に身を潜めた。

友好的か、敵対的か……まだわからない。


一つの判断ミスで、死ぬ。


深呼吸。拳を握る。

恐怖よりも、生きる意志が勝った。


「行くしかない。」


砂を蹴り、岩陰を出した。

最初の展開は、よくある異世界ものを思い出させるかもしれません――それは意図的です。

ですが、第1巻以降、この物語は「力の代償」「罪悪感」「そして犠牲」というテーマへと深く踏み込んでいきます。

ぜひ第8章まで読んでみてください。きっと、ただの異世界物だとは思わなくなるはずです。

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