平凡な一日、崩れる日
パート0 ― 白昼夢
四人の女性が夢に現れた。
その顔は光と影にぼやけ、誰か判別できない。
けれど声だけははっきりと、私の周囲で重なり合うように響いていた。
「ヴァシュ……ヴァシュ……ヴァシュ……ヴァシュ……起きて。」
胸の奥が熱く、心臓が早鐘のように打つ。
そして目が覚めた――現実だ。
頬を伝う熱い涙が、肌を濡らしていた。
まばたきを繰り返し、自分を落ち着かせようとする。
ただの夢……それ以上でも以下でもない。
それなのに、どうして涙は止まらないのだろう。
――父のせいだ。
夢の中でさえ、彼の期待、軽蔑、理解のなさから逃げられなかった。
***
パート1 ― 人生の意味とは何か
俺は十八歳。
中流家庭。
問題が絶えない家だ。
金の悩み、終わらない口論、積み重なる学業の失敗。
まるで修正されないバグのように、人生は同じループを繰り返す。
家族は四人。母、父、八歳の妹、そして俺。
俺を本気で気にかけてくれるのは三人。ひとりだけ、違う。
――父だ。
なぜか?
俺がだらしなかったから。
高校を55点という惨めな成績で終えた。
クラスメイトより遥かに低い点。
父の期待からも遥かに下だ。
そして父は、俺を大学へ行かせるつもりがない。
金がないからではない。ただ、俺が何もできない人間だと思っているからだ。
――もしかしたら、その通りかもしれない。
俺は毎日、アニメや恋愛映画に逃げ込む。
国の若い女優との出会いを夢見る。
彼女はまだ二十一歳。
夢の中で俺は彼女の友達で……もしかしたら夫になっている。
現実にはあり得ない妄想だと、心の奥ではわかっている。
脆く、無意味な夢。
俺は……状況に縛られた奴隷に過ぎない。
「状況に縛られる人間もいれば、状況を支配する人間もいる。」
俺はずっと前者だった。
閉じ込められ、無力で、どれだけ変化を望んでも何も起きない。
昨夜、父は俺に相談もせず決めた。
明日から仕事だ。三時間前に見つけてきたという。
最悪だ。責任という名の檻だ。
――それでも行くしかない。家族のために。妹の未来のために。
それなのに、涙が止まらない。
なぜだろう。
俺が画家になりたいと言ったとき、父は聞こうともしなかったからか。
抗議したとき、彼は俺を叩き、重荷だと言った。
人生にとって、世界にとって、父にとっての重荷だと。
俺は部屋へ走った。
母はいつものように慰めようとした。
妹は小さな手で、壊れた俺の心を必死に拾い集めようとした。
「大丈夫、お兄ちゃん。」彼女は囁いた。
「お父さんが本当はどんな人か、知ってるでしょ。」
……ああ、知ってる。嫌というほど。
父は……見た目は良い。
黒い狩人のような目、手入れの甘い髭、長い黒髪、鋭い顔立ち。
中流の町でも、女たちが彼に憧れるほどだ。
それでも……その痛みは消えない。
時々考える。俺は彼にとって、存在する意味があるのだろうか、と。
俺は彼の血を受け継ぎ、目も髪も同じ。
鍛え、働き、強くなろうとしている。彼よりも強くなりたいと願っている。
違うのは……身長だけ。五フィート十一の父に対して、俺は五フィート八。
人生、そういうものだ。
階下から妹が心配そうに覗き込む。
窓の外に目をやった俺は……凍りついた。
***
パート2 ― 現象の始まり
空が……赤い。
夕焼けの柔らかい赤じゃない。
濃く、重く、不自然な深紅。
時計は午後三時を指している。
何かがおかしい。
胸に震えが走る。
一キロ先の十二階建てのビルが揺れ、コンクリートに亀裂が走る。
崩れた。
粉塵、悲鳴、混沌がすべてを飲み込む。
本能が俺を突き動かす。
俺は屋上へ駆け上がった。
そこに、母がいた。青ざめ、震えている。
妹は父にしがみつき、離れたら死ぬかのように。
父は母の手を握り、隠しきれない恐怖を押し殺している。
俺は彼らに手を伸ばした。
だが、大地が俺を裏切った。
空が裂ける。昼と夜が衝突する。
太陽がぎらつき、月が迫り、星――いや、彗星が槍のように地球へ突き刺さる。
建物が崩れ、自分の家も悲鳴を上げる。
「ヴァシュ!」
母の叫びが空気を裂く。
俺は走る――だが、屋上が崩れ落ちた。
三十五秒が永遠に伸びる。
妹の手が虚空に震える。
俺は手を伸ばす……ほとんど間に合わない。
「お兄ちゃん……」
白い光がすべてを呑み込む。
視界も、体も、世界も――消えた。
***
パート3 ― ここはどこだ
……え? 妹? どこにいる?
「お兄ちゃん……」
彼女の声が頭の奥で響く。
俺は目を覚ました。
空は広大で、冷酷で、果てしない。
砂漠がどこまでも続き、音も命もない。
鋭い痛みが体を貫く。
深い傷口から血が滲み、筋肉が悲鳴を上げる。
頭は割れるように痛い。
立ち上がる。足が震え、心が叫ぶ。
目の前には……何もない。
暗い砂が地平線まで続く。
音も命も、何もない。
「……ここは、どこだ?」
風に向かって呟く。
冷たい突風が肌を刺し、骨まで染み込む。
そして――内側から声がする。
柔らかく、 persistentで、どこか人外の声。
「これが……本当に何かの始まりなのか?」
視界の端に、黒い浮遊スクリーンがちらついた。
グリッチのように脈動し、異様な存在感を放つ。
――フラックス。
正体を知る前に、俺はその気配を感じた。
見られている。待たれている。測られている。
ここで生き残るには、脚や肺だけでは足りない。
この世界には……俺の知るものとは違う、奇妙で残酷なルールがある。
そして――俺はそのルールに従わなければならない気がした。