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ティータイム

 現場は大きく破壊され瓦礫が散乱している。

暗がりの路地裏で幸いにも人通りはなかったようで怪我人などはいないようだった。


 代わりに人影がひとつ。荒い息を立てながら嬌声のようにうなり声をあげている。


 人というより野獣か猛獣の方が近いかもしれない。筋肉が肥大し血管が浮き上がった醜い容貌は珈琲がこの世に存在を許されてはいけないものなのだと再認識させてくれる。


「どうやら、出涸らしではなさそうだな。当たりか?」


 けたたましい不愉快な背中に叩きつけるように言葉を投げかけると、気配に気づいた異形が振り向き血走った目でこちらを捉える。


 向き直るや否やググっと押し潰れるように体を収縮させ、異形が大声を上げる。路地を破壊しながら見えない波が押し寄せるがふわりと飛び上がり避ける。


 なるほど、今回は【音】か。声に破壊力を乗せているようだ。


 このように、先程の出涸らし程度では上質な豆を使ってもせいぜい身体能力が強化される程度だが適性のあるものや適性を持たされたもの、特に上等な改良(良とは言いたくないが)が施された豆を使用したものなどは個々に応じた特殊能力を発現させる。


 しかし、随分と派手だが隙だらけだ。これは適性者の変態というよりは実験的に強力な豆を投与された暴走体というべきだろう。


刃は通るだろうか?


 そんなことを考えながら鈍重な動きの獣をすれ違いざまにナイフで切りつける。


硬い。


 手ごたえはとても良いとは言えなかった。改めて獣の体を見るが傷はなく微かに痕が残った程度だ。これはこのままでは厳しそうだ。はて、どうしたものか。


 何度か切りつけつつ観察をしているとタイミングよく通信機が鳴る。


「こちらエドワード。手短に頼む。」


 通信機から聞こえるのは先程と同じくジェニファーの声だ。少々緊迫しているが至って冷静な口調をしている。


「エディ、お休み中のところ申し訳ないけどすぐそばでもう一件……」


「ああ。現在で対応に当たっている。」


投げつけられた瓦礫を躱しながら応える。


「……さすがね。その様子だと承認が必要かしら。」


 通信越しのジェニファーは少し驚いたが、説明するまでもなく状況を把握してくれたようだ。話が早くて助かる。


「ああ。窮してはいないが少々堅い。刃は立つが通らないな。」


「わかったわ。要請に応じて武装を承認。コードネーム【エドワード】の≪ティータイム≫の開会を許可します。ご武運を。」


「感謝する。ではまた後程。」


 通信を切ると同時に、先程設営したまま置いてきた茶器とは別の茶器を取り出す。


 何も入っていない深紅のポットを同じく空の深紅のカップに傾けると赤く透き通ったエネルギーが流れ込みたちまち俺の体を立ち上る湯気が包み込む。


 煙に驚いた様子で獣が巨大な質量を揺らしながら凄まじい勢いで襲い掛かってくるのを湯気から突き出した腕で殴りつけ吹き飛ばす。


「さあ、ティーパーティーを始めようか。」


 立ち込める湯気を掻き分け、壁に叩きつけられた異形の前に姿を現す。

 一目すればスーツやタキシードのようにも見える礼服風の戦闘衣を纏い、紅い外套を翻すスタイルは紅茶党の特殊制圧部隊のみに許された姿。紅茶の秩序を乱す闇を取り締まり粛清するための戦闘スタイルである。

 ただし、今回は部分武装。実際には右肩から先のみを換装している為私服の右腕だけが礼服のような衣装に変化し外套も纏ってはいない。


 ガラガラと身を起こす異形に指を鳴らし出現させたナイフを飛ばし突き立てる。


 いとも容易く身を切り裂かれた異形はナイフから迸る高濃度の紅茶の激痛にのた打ち回る。


「さて、早く終わらせてしまおう。折角の紅茶が冷める前に。」


 異形を次々に出現させたナイフで磔にし、「ティーブレイク」と呟く。


 右手で銃の形を作り中指を少し立てようなポーズを取り指先を異形の野獣に向ける。


 指先から放たれた小さな紅い雫が異形に向け射出される。雫は障害物に接触すると小規模な爆発を起こし内包された超高エネルギーがその場を包み込み破壊の嵐を巻き起こす。


「……邪魔が入ったな。招かれざる客。いや、想定外の来賓といったところか。」


 爆発の煙が晴れると異形は衝撃で気を失っているものの傷は負っておらずその前には立ちふさがるように漆黒のドレス風の衣装を纏い仮面で目元を隠した黒髪の女が立っている。この女に今の技は防がれてしまったようだ。


「君は誰かな?俺が主催したパーティーに君を招待した記憶はないが。」


 当然ながら女は何も応えない。ただ威圧的な瞳が仮面の奥から凄まじいプレッシャーを放っている。だが戦意や殺意はあまり感じない。今回は回収が彼女の任務らしい。


「仮面舞踏会では名前を聞くのはご法度だったな。失礼した。だが、俺は仮面をつけていないのでね。ブラックローストの淑女さん?」


 戦意を向けてみるがこちらも今は部分武装だ。このレベルを相手取るには厳しいものがある。


「交戦の意思はない。が、回収はさせてもらう。」


 彼女は意にも介さず一方的にこちらに向けて告げると転移術らしき術を発動し黒い弾ける光の中に異形もろとも消えていく。


 牽制がわりにナイフを撃ち込むが容易く光に掻き消されてしまう。


 そのまま、何事もなかったように光は消え失せ崩壊した瓦礫の山とクレーターだけが残される。逃げられたようだ。


「……まったく、部分武装で遭遇するとはな。肝が冷える思いだ。」


起動させていた通信機に向かって呟く。


「ご苦労様。映像を得られただけ上出来よ。無事でよかったわ。」


 通信機の向こうのジェニファーがねぎらいの言葉を寄越す。


「招待していない来賓なんてご遠慮願いたいね。今のは?」


「ブラックロータスの幹部の女ね。最近頻発している異形の暴走の現場で何度か現れているから回収係といったところかしら。今のところ交戦データはなかったけど、部分武装とはいえあなたのティーブレイクを受け止めるなんてね。」


「全くだ。俺はまだ休息の方のティータイムも済ませていないというのに。」


 わざとらしく肩を落としボヤいてみせるが、彼女は苦笑いをしながら次の指令を言い渡す。


「あはは……ごめんなさいね。でも、今の一件の報告と聞き取りが必要だから本部に戻るよう指示が出ているわ。ティータイムはこっちで用意をしておくから至急戻ってきてちょうだい。」


「はぁ……。まったく、やれやれだな。」


 返事代わりに肩を落として首を振ると通信を切り、設営したままの茶道具を片付けに向かうのだった。

なんなんですかねこれ。

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