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優雅なるひと時

 この紅茶によりつくられた素晴らしい社会を守らねば。


 どこまでも続く赤い水平線を眺め見る。


 淹れたての鮮やかな紅茶のような太陽が大いなる紅茶の海に溶けてゆく。豊かなこの世界の繁栄を象徴する光景だ。


 かつては生命の故郷という意味で母なる海などと称されていたそうだが、文化や技術の発展に貢献した偉人が父と呼ばれるように今を生きる現代人にとっては海とは父である。


「……素晴らしい光景だ。空と海が紅に染まり天地が紅茶で包まれているような心現れる景色。」


 美しい色に染まる水平線を見ながら呟く。


「お前たちも、そう思うだろう?」


 この神秘的な光景に混じるノイズのように俺の足元で苦しそうに水面を叩き藻掻く男たちに問いかける。


 足の下で頭を水中に抑えつけられ苦しそうに呼吸をしようと暴れて顔を水面まで上げて、必死に息を吸うたびに紅茶が流れ込み血相を変えてより激しく暴れている。

 限界が近いのか真っ赤に染まった顔色は彼らを苦しめているこの海そっくりだった。


「全く、どうしてこの素晴らしさがわからず自ら身を滅ぼすのか。お前たちのような反社会的な輩の考えることは理解できないな。あの豆粒がそれほど魅力的か?こんなものに未来はないとわかっているのに?」


 男たちから接収した黒い豆粒を摘まみ上げ太陽に透かすように観察する。

 鮮やかで複雑で、見る角度でいくつもの表情を見せる紅茶とは正反対に全てを飲み込みどこから見てもほかの色を塗りつぶしてしまう深い黒一色の豆。


 見ているだけでおぞましく、こんなものを体に取り入れようという精神性は紛れもなく異常そのものだ。


 この世界の邪悪を形にしたような忌々しい違法珈琲豆を懐の管理容器に封じ胸ポケットにしまい込んで、先程よりも抵抗が弱々しくなった男を引き上げる。

 もう片方はもうピクリとも動かない。事切れているようだ。


「どうだい。珈琲を摂取したその体には随分と堪えただろう。この豆をどこで手に入れた?見たところお前たちは”出涸らし”だろう。」


 問いただしてみるが、動く気力もないのか荒い息で肩を震わせているが大人しく吐くつもりはないようで反抗的な目を向けるばかりだ。


 出涸らしに忠誠心などあるはずもない。

 片割れが事切れたのを見て助からないと判断し搾りかすのような憎悪を向けているだけのこと。出涸らしにふさわしい下らない態度だ。


 出涸らしの腹を内ポケットから取り出したナイフで引き裂き海に放り投げる。

 特殊な製法で作られた紅茶党上級構成員専用の簡易武装で、その刀身には紅茶のエネルギーが凝縮されている。

 一般人にはよく切れるだけのナイフだが珈琲を摂取した犯罪者には猛毒だ。


「その穢れた体を浄化してやったんだ。有難く思うことだな。」


 返事は返ってこない。返ってくるとも思っていない。

 一仕事終えたところで息抜きにティータイムにしようと茶器を取り出したところで連絡用通信機が鳴る。


「……こちらエドワード。」


「エディ、いつも言っているはずよ。任務が終わったらすぐに報告をすること。これで何回目?」


「これからするつもりだった。」


「それもいつも聞いているわ。ティータイムの前に連絡をすること。……あなたに実績がなければとっくに処罰を受けているところよ。」


「でも、そうじゃない。」


 通信機の向こうで大きなため息が聞こえる。本部でオペレーターを務めるジェニファーは柔軟性が足りていない。任務に忠実なのは良いが少々堅すぎる。

 報告なんて些事は紅茶一杯分の時間の前後でどうなるというものでもないだろう。任務自体はすでに終わっているのだし。


「それで、どうだった?」


切り替えた様子でジェニファーが尋ねる。


「いつも通りだ。カップの底で寝かせてある。今回もハズレだな。常習犯でもなく追い詰められた末に手を出しただけの出涸らしだった。」


「そう。まぁそうでしょうね。リストにも載っていないし大したこともしてなさそうだったし……。豆は?」


「こっちは、当たりかもな。出涸らしにしては多少手応えがあったし豆の方の色も濃い。やはり、近いかもしれないね。」


 先程しまい込んだ珈琲豆をもう一度取り出し仰ぎ見る。


 違法珈琲豆にも当然等級があり、上質なもの……つまり内包エネルギーが高く危険性の高いものほど大きく濃い黒色をしている。

 今回の豆は標準的なサイズではあるが色は濃く太陽の光も海の反射を飲み込み塗りつぶしてしまう。こっちは出涸らしではないようだ。


「わかったわ。引き続き周囲の調査を継続して頂戴。豆はすぐに回収班を向かわせるから万が一にも人目に触れないように注意して。」


「了解。報告を終わる。」


「ええ、お疲れ様。ティータイムの邪魔して悪かったわね。」


 プツリと通信が途切れる。彼女はお堅い女性ではあるが、気が回らないわけでもない。任務とは別にこういった一言が言えるから優秀なのだろう。


 さて、ようやく息抜きができる。

軽く息を吐きだし力を抜く。慣れた手つきで設営を完了させ湯を沸かす。沸くまでの間は特に何をするでもなくリラックスしさざ波の揺れる音や風の囁きに耳を貸し時の流れに身を任せる。


 やがてぽこぽこと湯が沸き始めたところでまずはポットとカップに注ぎ温める。湯が冷める前に温めたポットのお湯を捨て密封された上質な茶葉を入れてからすぐに湯を注ぎ、蓋をして蒸らす。

 蒸らしている間は豊かな香りに身を任せる。蒸らし終わったところで最高級の香りを楽しみながらさっとひと混ぜし、茶を越してカップに注ぐ。


ベストドロップ。最後の一滴まで余さず注ぎきることが重要だ。


 準備を終えたところでカップを手に取り全身に香りを巡らせ、うちに広がる波紋ひとつ立たない穏やかな海を眺めその色合いを心で感じ取る。すでにテイスティングは始まっている。


 十分に目と耳で堪能したところで、まだ眺めていたい名残惜しい気持ちをグッとこらえ口元に運ぶ。この瞬間が最も心躍る時だ。


……。


 ゆらり、とカップの中に小さく波紋が揺れる。


 ひとつ小さく憂鬱を吐きだしうんざりした気分のままカップを口に運び豊かな風味を確かめる。


「……やれやれ、だ。」


 この風味をもっと心の底から穏やかに楽しめたはずなのに。


 数瞬遅れて遠くから轟音が轟く。重い腰を上げてその場から飛び立ち轟音の下へ急行する。

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