そうよ悪役令嬢よ。何か文句あるの?
「ラピダメンテ・グラツィオーソ! よくも僕のマリイ嬢を虐めたな! 否定しても無駄だぞ! 証拠はたっぷりとあるのだから!」
「はあ?」
グラティオーソ侯爵家の長女、ラピダメンテの婚約者であるアルフィオ伯爵家の次男ルスティーコは、グラティオーソ家の一室にて、その腕にマリーツィア男爵家の令嬢、マリイを抱きながらいきなり怒鳴りつけた。
そして机でなにやら書き物をしていたラピダメンテは、その書き物机の前に立つルスティーコをうるさそうに見上げて睨みつけた。それに一瞬ひるんだルスティーコだったが、腕の中のマリイが『こわあい』としがみついたので、自分を奮い立たせて、キッっとラピダメンテを睨みつけた。
「とぼけても無駄だといったろう!」
しかしラピダメンテの眼力に負けて、その声は先ほどよりは小さいし、体も若干及び腰になっているが。
ラピダメンテは面倒くさそうにため息をつくと、右肩の長い髪をバサリと後ろに流し、ゆっくりと立ち上がった。机で隠れていた豪華で上品な濃い赤色のドレスが姿を現す。そのドレスを見てマリイが悔しそうに唇をかむ。
その身じろぎに気が付いたルスティーコが、どうした? と見降ろして聞くと、マリイがうるんだ瞳でルスティーコを見上げて答えた。
「ラピダメンテ様はずるいわ。私が可愛いドレスしかもっていないから、大人っぽいドレスを譲ってくださいとお願いしたのに、お願いを聞いてくださらなくて、なのに今、それをわざわざ着て見せつけているのよ」
はらはらと涙を流しながらのその言葉に、ルスティーコは『ああなんとかわいそうに』とその涙を口づけでぬぐい、ラピダメンテを睨みつけた。
「そういう! 身勝手な! 意地悪さが! 私は許せない!」
「だから、なんですか?」
「だから! お前との婚約を破棄する!」
「はあ?」
「拒否なんてさせないぞ! こちらにはお前の悪行の数々、暴力の証拠があるんだからな!」
「そうよ、ラピダメンテ様が私を虐めた証拠があるのよ!」
「お前がそんな悪人だとは思いたくなかったがな! お前は、いわゆる悪役令嬢だ!」
ビシッとラピダメンテを指さし、内心キマった……! と悦にいっているルスティーコだったが、直後にラピダメンテがバン! と机を叩いた音で我に返って彼女を見た。
彼女は一枚の紙を引き出しから取り出し、ペンを持ってルスティーコに近づく。思わず体が逃げそうになるのを、マリイを抱きしめることで踏ん張った。
ゆらりと近づいたラピダメンテは、その紙を机の、ルスティーコの前に叩きつけた。ベシッ、という音にまた体が小さく揺れる。
そのルスティーコを下からねめつけるラピダメンテは、低い声で言った。
「それならこれにサインしなさいな」
「なななななな、なぜそんなものに」
「なんですって?」
至近距離でラピダメンテの大きな目で睨みつけられると、背筋にゾワリと寒いものが走った。
「「ヒィッ!」」
「さっさとサインしなさい! ほら!」
ラピダメンテはルスティーコの襟元を掴み、机まで連れて行った。たった2歩だが、よろけるルスティーコ。マリイはその隙に腕から逃げ出して、更に後ろに下がった。
「な、なにを……! 令嬢がこんなことをしていいと思って」
「わたくしは暴力令嬢なんでしょう!?」
「ち、違います、悪役れい」
「誰が答えなさいと言いましたか!?」
ガツン、と机に頭をぶつけられる。そして利き手である左手にペンを握らされた。
「さっさと署名しなさい!」
「は、はいぃぃ」
書類を見る暇もない。ルスティーコは急いでラピダメンテに指さされた場所に震える手でサインをした。それを確認するとすぐさま書類を取り上げ、先ほどまでラピダメンテが座っていた場所の後ろに控えていた従僕にそれを差し出す。そしてさらに取り出してあった書類を手前に出して、今度はマリイを見た。
マリイは可愛らしく両手を握って口元に付けている。そしてこわあい、と言った。
「そうやって、いつでも暴力をふるって! 私が可愛いからって意地悪するんでしょう!?」
涙目で金切り声を上げれば、サインをしてから腑抜けていたルスティーコが復活してすぐにマリイの元に駆け付け、ようとしたところで足がもつれて、床に無様に転んだ。
「ルスティ! 大丈夫!? 酷いわ、ラピダメンテ様! ルスティを転ばせるなんて!」
そう言いながらもマリイはルスティーコの元には駆けつけないで、周りを見回す。
この部屋にはラピダメンテの従僕と、メイドが3人、そしてルスティーコをここまで案内してきた屋敷の執事がそれぞれ壁際や扉の側に控えている。彼らにわかりやすくマリイはアピールした。
「いつだって暴力では何も解決しないのよ!」
「黙りなさい」
「ほらそうやって、私に意地悪を」
バシィ!!
叫んでいる途中で、ラピダメンテはマリイの頬を平手で叩いた。
マリイは寸瞬呆け、すぐに打たれた左頬に手を当て、叫んだ。
「殴るなんてひどい」
バシィ!!
マリイの右頬が鳴る。マリイはその場に尻もちをつく形でしゃがみこんだ。
さすがに両頬を叩かれるのは想定外だったようだ。呆けてラピダメンテを見上げる。それを冷たく見下すラピダメンテ。
「だっていつもわたくしに殴られていたのでしょう? 2発くらい今更でしょう?」
「ひ、酷いわ!! 助けてルスティ!」
それに同じように呆けていたルスティーコが慌てて立ち上がり、マリイの両肩を掴み、その赤くなった頬を確認する。
「なんて暴力女なんだ! この悪の令嬢め! お前との婚約なんて破棄だ!」
「いいですわよ」
「何を言っても無駄だからな! 何があろうと破棄してやる!」
「それならその令嬢、これにサインなさい」
「嫌よ!」
しゃがみこんだままだが、顎の近くで両手を握ったまま、イヤイヤと手と頭を振るマリイを、ラピダメンテは腰をかがめ、その両腕の間から右手を差し入れドレスの胸倉をつかんた。あまりの状況にさすがのマリイも動きを止める。そのままラピダメンテはぐっと力を入れて、あっという間にマリイを立たせてしまった。そうして机まで移動させ、その目の前に先ほどの書類を叩きつける。
バシィという音にマリイの体が竦む。
「サインを、しなさい」
「いy」
「はやく」
拒否しようとしたマリイの眼前に、ラピダメンテの迫力のある顔が迫り、マリイは思わず渡されたペンを取り、震える手でサインをした。
何の書類かわからないが、無理やり暴力でサインをさせられたのだ。自分に不利な書類ならばその事実を訴えれば無効にできる。それにここには目撃者もいるのだから、大丈夫だろうと自分に言い聞かせながら。
書き終わるとラピダメンテはその書類をまた従僕に渡した。
解放されたマリイの元にルスティーコが駆け寄り、抱きしめる。
「ルスティ、怖かったよぅ!」
「ああ、僕のマリイ、かわいそうに!! ラピダメンテ! 何をさせたいのか知らないが、今の暴力沙汰をお父様に言って、お前との婚約を破棄してもらうからな! 謝っても許してやらないからな!」
「そうよ! 私を叩いたのも、許さないわ!」
おおかわいそうに、酷いわあ、とふたりで抱きしめあう二人に、ラピダメンテは冷たい目をむけた。
「婚約ならもう解消されました。用事がそれなら、もうお帰りあそばせ?」
「だから! お前が何と言おうと! 婚約を破棄」
「しました」
「するからな! 絶対にだ!」
「耳が聞こえないのかしら? 婚約は解消しました。わたくしとはもう無関係です。さっさとおかえりあそばせ?」
「そんなこと言って追い出しても無駄だ! 絶対に婚約は!」
「しつこいですわよ」
「はき……? した……?」
ようやくラピダメンテの言葉が脳に到達したルスティーコが口をポカンと開けたまま黙ると、マリイも目を丸くしてラピダメンテを見た。
ラピダメンテは従僕に合図をすると、彼が先ほどの書類を見せるように持つ。
「アルフィオ伯爵令息。先ほどあなたがサインしたのは、婚約解消に同意する書類です」
「え? あ? 本当に……?」
マリイから手を離し、机越しに提示されている書類を見れば、確かに一段目に『婚約解消に関する同意書』とあり、内容もそのままで、最後にラピダメンテと自分のサインが入っている。
ルスティーコは思わず書類とラピダメンテを何度も見た。
ラピダメンテは腕を組み、わずかに背が高いルスティーコをあざけるような目つきで見返した。
「あなたのお望み通り、婚約は無事に解消されました。さっさとそのうるさい女を連れて、出てお行きなさい」
「うるさいって何よ! 婚約を解消したって、私への暴力とか絶対に許さないんだからね!」
「そ、そうだ! マリイに対する慰謝料を払ってもらう必要がある!」
マリイの発言にルスティーコは元気を取り戻して、ラピダメンテを攻めようとした。
「慰謝料? 何の事かしら?」
「さっきも言っただろう! お前が彼女にしたことはすべて証拠があるんだ! 彼女のドレスを汚したり、彼女が欲しがったドレスをお前が横取りしたり、彼女を茶会に呼ばなかったばかりか、参加した彼女を無視しただろう!」
「そうよそうよ! 今だって頬を叩いたわ! お茶会でも私がルスティと親しくしているのに嫉妬して、殴ったじゃない!」
ギャアギャアと喚く二人を冷めた目で見たラピダメンテは、ズイとマリイの前に立った。思わず二人とも口をつぐむ。
「うるさい女だこと。お前の名など知らないし、顔を見たのも今日が初めてよ?」
「そ、そう言っていつも意地悪ばかり!」
「黙りなさい。発言を許してないわ」
「なによ! 何が発言を許すよ! そんなの関係な」
ズム、とラピダメンテがマリイの頬を片手でつかんだ。そして顔を近づけて静かに、迫力のある声で言う。
「男爵家ごときが、侯爵家の者に無断で口を開くとは言語道断」
「っ……」
そのままぐるんと顔を隣のルスティーコに向ける。
「伯爵令息。この女を黙らせなさい。さもないと、お前の父親を呼びつけるわよ」
「そ……、そんな事、出来るわけが」
「執事、アルフィオ伯爵を呼びなさい」
「かしこまりました」
「待て待て! 待ってくれ!」
父親を呼ばれるのはあまりよろしくない。ルスティーコは急いで止めた。そしてマリイを抱き寄せて小声で言った。
「マリイ、少しの間だけ口をつぐんでくれ」
「なんでよ!! 私は自分の思った事を!」
「男爵家が侯爵家に話しかけてはいけない、それは確かにこの国の決まりだ、だから、今は口をつぐんでくれ!」
マリイは全く納得しなかったが、ルスティーコの拝み倒すような態度を見て、口を尖らせたものの喋るのはやめた。
それを確認してラピダメンテは姿勢を戻す。そして再び従僕に合図をすると、彼はもう一枚の紙を見えるように提示した。
「この女がこのわたくしに暴言を吐いたのは事実よね?」
「暴言を吐いたのはあんたでしょう!」
あっという間にマリイは制止を忘れて叫んだ。途端にラピダメンテからの平手が頬に飛ぶ。ルスティーコが支えているから避けようもなく叩かれた。
「あなたが先ほどサインした書類は、男爵令嬢が侯爵令嬢にした、無礼の数々を認めるというものよ」
叩かれた事でまた叫びそうだったマリイの口を間一髪でルスティーコがふさぎ、そのまま書類を見れば確かにそう書かれたものにマリイのサインが入っている。
「そんなの、無理やり暴力で書かせたんだから、無効だわ!」
「執事、マリーツィア男爵を呼びなさい」
「かしこまりました」
「お父様を呼びつけようなんて、卑怯よ! それにお父様はお忙しいの! 来るわけがないでしょう!」
「マリィ、口を慎んでくれ!」
「なんでよ! 身分っていうのなら、ルスティだって伯爵家なんだから口をきけない事になってしまうじゃない!」
「僕は婚約者だから、対等なんだ」
「もう婚約者ではありませんことよ」
「うっ!」
ラピダメンテは二人から離れて、腕を組んで言った。
「先ほど言われていたわたくしの行動とやらの証拠があるというのなら、裁判所に提出しなさい。裁判でわたくしが悪いと判決が出たら、その時は慰謝料を払いましょう」
「裁判って……」
「いや、そこまでしなくても……」
「しないのであれば証拠はないとみなしますよ」
「しょ、証拠は、あるわ!」
「そうだとも!」
「ならば次は裁判所で会いましょう。でもそれが嘘なら……覚悟なさいな?」
ス、と目を細めるラピダメンテに、二人は一瞬息を呑んだが、すぐにマリイが喚く。
「嘘じゃないもの! そのドレスだって! 私にくれるって!」
「言うわけがないわ」
「そうやって意地悪を!」
「このドレスは」
バサリ、と扇を広げた音としぐさでマリイが息を飲む。
「わたくしがお抱えデザイナーに、わたくしが生地を選んで、わたくしの寸法で作らせたもの。その女が着られるわけがないし、男爵令嬢が着るドレスでもありませんことよ」
「そうやって意地悪を言うのよ! 何よ私が着るドレスって! 差別じゃない!」
「だってわたくし、悪役令嬢ですもの。このくらい言って当たり前よね?」
扇のバサリという音だけで、ラピダメンテはマリイを黙らせた。
「このドレスは、侯爵家以上が着用できるデザインと生地を使用しています。それが悔しければご自分も侯爵家の一員になるしかないわね? まあ、あなたがこれをどうしても買い取りたいというのであれば、購入金額で売ってあげなくもないけれど?」
「お古なのに新品価格とかありえない! けれど、売りたいというのなら、買ってあげなくもないわ。ね、ルスティ、あのドレス、ラピダメンテ様よりも私のが似合うでしょう? 買って?」
「あ、ああ……いいけど、今月の小遣いはもう使い果たしてしまったから、来月分を前借しないと」
「何をぶつぶつ言っているの? 買ってくれるんでしょう?」
甘い声ですり寄られて、ルスティーコは頷いた。
「分かったよ。 ……ラピダメンテ、幾らだ?」
「アルフィオ伯爵令息、あなたがわたくしの名を呼ぶ資格はないのだけれど?」
そう言いながらラピダメンテが告げた金額に、二人の口がパカリと開いた。
「なに……その金額……」
「俺の、一年分の小遣いでも足りない……?」
ラピダメンテは扇で口元を隠し、二人を目を細めてみやる。
「それが侯爵家、侯爵家令嬢が着るにふさわしいドレスというものよ。男爵令嬢、あなたの家格にふさわしいドレスがあるでしょう? それで満足なさい」
「そうやって馬鹿にして、私のドレスを破いたのね!」
「あなたのドレスには全く興味がないけれど、どこかのデザイナーが一生懸命に作ったものをワザと汚したり壊したりなど、わたくしは絶対にしないわ。ああ、でもその証拠があるのよね? だからこその悪役令嬢だものね? ふふ、裁判所でその証拠を見るのが楽しみだわ」
「うっ!」
マリイは悔しそうに顔を歪めた。
それを見てラピダメンテは優雅に裾を翻して机の奥の椅子に戻る。
「執事、お二人に帰ってもらって」
「かしこまりました」
「おい! まだ話は終わってない!」
「アルフィオ伯爵令息、あなたとの婚約は解消しました。そちらの男爵令嬢には、わたくしは全く話す必要がありません。それ以上何かあるのなら、裁判所を通してください」
「ぐっ……! 覚えてろ!!」
「そうよ! その時に謝ったって許してやらなんだから! この悪役令嬢! お前なんて追放されちゃえ!」
「さあさあお二人とも、部屋から出てください、ご案内しますよ」
ギャアギャアと喚く二人を、執事はあっさりと部屋から連れ出し、ようやく部屋に静寂が戻った。
ラピダメンテは小さくため息をつくと、閉まった扉に向けて満面の笑みを浮かべた。
「ようやくあの男との婚約を解消出来たわ。お父様が酔った勢いで結んでしまった婚約。何度も解消を持ち掛けていたのに、アルフィオ伯爵が拒否していたからできなかったけれど、本人が了承したのだから、覆せないわね」
従僕が恭しく同意する。
「サインを戴いた書類には、子息の『不貞による』解消であると明記されていますしね」
「あのうるさい娘の方にも、『侯爵令嬢の婚約者であると知りながら、その婚約者を誘惑し』と書いてあったしね。ふふ、両家の今後が見ものだわ。それにしても悪役令嬢とは。最近市井で流行っている小説に出てくる令嬢よね? 身分が下の者が勝手に身分が上の者に話しかけたり、同じ行動を勝手に取ろうとするなど許されることではないのに、庶民から見るとそれを諫める行動が悪役に見えてしまうのね」
「嘆かわしい事です」
「身分というものを知らなければ、そう見えるのも仕方がないわね。高位貴族だからといってよい事ばかりではないのに」
自由恋愛など許されない。親が決めた相手を拒否することなど出来ない。それがいかに大嫌いな相手でも、だ。
「でもよかったわ。これであの男の顔を見なくて済む。あんなのが旦那様とか、それこそ家から追放された方がましだったから」
ガサツで高慢で、そのくせ学もなければ体術もなにも取り柄がない。そんな男と誰が結婚したいだろうか。しかも女癖が悪い。だから何度も何度も婚約解消を打診していたのに、今日までサインをしてもらえなかった。酔った勢いとはいえ父親も正式な書類を交わしていたから、こちらの都合で解消はしにくかったのだ。
それでもあまりにもラピダメンテが無理というのなら、莫大な慰謝料を払ってでも婚約を解消してもいいと父親は言っていた。しかし領地民が苦労して働いてくれたお金を、無駄な事に使いたくない。自分が我慢すればいいのならと、穏便に別れられる機会を探りながらも今日まで来ていたのだ。
あの女には全く見覚えがない。侯爵家の茶会に男爵家が招かれることはないし、もし勝手に来たのだとしたら不法侵入で追い出されるだけだ。接触のない者に意地悪など出来るはずがない。
だが、そんな事を言いふらしている令嬢がいるという話は聞いていた。それなら、それを利用しない手はない。
「だってわたくし、悪役令嬢だものね」
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数時間後に青くなったアルフィオ伯爵がグラティオーソ侯爵家を訪れ、対応した執事がそれはそれは嬉しそうに『アルフィオ伯爵家に用事は無いので、おかえりください。今後二度と当家を訪れないように』と告げ、足元に伯爵に殴られてボコボコになった令息を這わせ、更にその額を地面に叩きつけて、何とか侯爵と面会をと伯爵も頭を下げたが、執事はそのまま踵を返し、伯爵家は二度と侯爵家の扉をくぐる事は出来なくなった。
城に勤めている侯爵に突撃したアルフィオ伯爵だったが、こちらも侯爵の満面の笑顔で「ようやくあなたたちと縁が切れて心の底から喜んでいる。二度と私に声を掛けるな」と言われて、その場に崩れ落ちた。
マリーツィア男爵はグラティオーソ侯爵家から送られた娘のサイン入り書類を読んで、丸1日部屋から出てこなかった。次の日に青い顔でマリイを呼びつけ話を聞いたが、全く反省の色がないマリイに、二度とグラティオーソ侯爵家とラピダメンテ嬢にかかわらないように、話題にも出してはいけないときつく言い聞かせたが、マリイは口をとがらせるだけだった。
そしてマリイは用意しておいた証拠を裁判所に持ち込んだが、『グラティオーソ侯爵家のラピダメンテ嬢に虐められましたあ』と泣きながら提出した書類を、怪訝な顔で受け取り確認した受付嬢は吹き出し、何事かと駆けつけた上司も吹き出し、書類を突き返した。
「裁判所に持ち込む書類は、弁護士に作ってもらってください」
と泣くほど笑いながら言われ、口をとがらせて家に帰り、後日また提出したが、今度は見た人全員に腹を抱えて笑われた。
「『グラティオーソ侯爵家のラピダメンテ嬢が、マリイお嬢様に意地悪をいっぱいしました。ドレスを破かれたり、お茶会に招待してくれなかったり、せっかく家まで行ったのに、入れてももらえませんでした。ラピダメンテ様の婚約者のルスティーコと一緒に行ったら部屋まで入れたけど、そこで頬を殴られたんです。これって犯罪ですよね! 見てた人はいっぱいいます。証拠もあります。よって、損害ばいしょうと、慰謝料を請求します。ラピダメンテさまが謝っても許しません。マリイお嬢様のべんごしより』ってwwwwww べんごしwwwwww」
「何がおかしいのよぅ! 証拠もあるでしょう!」
確かに胸元が切れたドレスも持ってきていたが、どう見ても脱がし方がわからない男が、引きちぎってしまったようにしか見えない。大体女性には無理な引き裂き方だ。
どうにか笑いを収めた上司が、書類は預かるけれどと言いながら伝えた。
「マリイお嬢様のべんごし、ではなく、男爵家が雇った弁護士に書類作成を頼んでください。そしてマリイお嬢様がいらっしゃるのではなく、その弁護士に来てもらってください。いいですね?」
1週間後にマリィお嬢様の弁護士といってマリイと共に現れた男は、顔のあちこちに薄くなったあざがあった。弁護士の証明を見せろというとオドオドしながら忘れてきたという。それならば問い合わせるから所属団体名をと聞くと、それも忘れたと答えた。
次に来るときはそれも持ってきてくださいねと笑いながら言うと、男は顔を真っ赤にしてはい、と答えた。
その後その男は来ることがなかったが、マリイはそのつど違う男を連れてやってきて、毎回追い返されたので4回目に出禁となった。
そんな事をしている間に侯爵家からの慰謝料請求が男爵家に届き、マリイとルスティーコは家から勘当され、噂が広がりに広がって国にもいられなくなり、あんたがお前がと喧嘩別れをしたあとの足取りは、誰も知らないという。
面白かったと思っていただけましたら、イイネをぽちっとお願いします
ラピダメンテはその後、他家の侯爵家令息と恋愛結婚をしましたとさ。