二.揺れるハーモニー
この度は【人魚姫(仮)】の第2話 【揺れるハーモニー】をお手に取っていただきまして、誠にありがとうございます!
前話。音楽室で出会った 千波 紫音と、白波 茜。2人はいつの間にか、毎朝一緒にいる関係になりました。
2人の関係はこれからどう発展していくのか…
第2話、お楽しみください!
春休みが明けてから、土日以外は毎朝音楽室で自主練をしている僕。去年までは1人で伸び伸びと練習していたのだけれど、今年は少し違う。僕だけの演奏会場だったはずの音楽室には、たった1人だけ観客がいる。
白波 茜。2年1組文系クラス。真っ黒で綺麗な長髪を持ち、整った顔立ちをしている。はっきり言って美人だ。常に崩れないその笑顔は明るく、僕まで笑顔になってしまう。
そんな The・一軍 みたいな女子に演奏を聴かれているこの僕、千波 紫音。癖のつかないストレートの短髪に、ねむぼったい目。唯一の取り柄はフルート。ピアノも弾けるけど上手くはない。教室では真顔で本を読んでいる、いわゆる三軍…いや四軍かもしれない。
どうしてこんな僕の演奏を聴いてくれるのか。まったく理解ができない。そんな疑問を持ちつつ、一通りの演奏をする。
キリのいいところでチャイムが鳴り、今日の演奏会も終わり。フルートをしまう僕を横目に、散らかった荷物を片付ける彼女。
「別に聴くだけなんだから、わざわざそんなに広げなきゃいいのに。」
「やっぱ音楽聴くなら、環境も大事っしょ!」
「音楽鑑賞にお菓子は必要ないでしょ…」
そんな会話を交わしながら、互いの片付けを終わらせる。ふと、さっきの疑問を本人にぶつけてみた。
「なんで僕の自主練なんか、聴きにくるの?」
「なんでって……聴きたいから?」
「うーんと…そういうことじゃなくて……」
「そういうことじゃない…?じゃあどういうこと?」
彼女の大きな、黒曜石のような瞳に見つめられ、つい目を逸らす。そのまま誤魔化して教室に向かおうとした時。
「そうだなぁ。千波くんの演奏って、歌ってるみたいで好きなんだよね!」
とびきりの笑顔でそう言ってくる彼女。
「歌ってるみたい?」
「そう!のびのびーってしてて、なんかこう…楽しそうだなぁって。私、歌うの大好きだからさ!」
彼女には僕の姿がそんな風に映っているのか。少し驚いた僕が見つめていると、ふいに彼女が歌い出した。その歌声は、まるで女神のようで。僕はフルートの音色に惚れたその日と、まったく同じ感情を、彼女の歌声に抱いた。
一番まで歌い終わったところで、ちょっと照れたようにはにかむ彼女。
「もっと聴きたかったな。」
何も考えずに出たこの言葉を、彼女は聞き逃さなかった。
「えっ!?本当!?嬉しい!!」
まるで兎みたいにピョコピョコ飛んで喜ぶ姿に、僕も自然と笑みが零れる。微笑ましく見ていると
「じゃあ、今日の放課後、カラオケ行こうよ!」
僕はその勢いに負けて、了承してしまった。
「はい!これ私のLIMEね!詳しくは放課後話そ!」
流れで渡された紙には、彼女の連絡先。クラスの友達ともLIME交換なんてしたことなかった僕は、軽く混乱していた。
自分のクラス…2年3組に向かう。隣には白波 茜。音楽室に近いのは1組なので、僕が送り届けるような形になっていた。普段なら何もなくそのまま自分のクラスに向かうのに。
「じゃあ、千波くん、また後でね!」
「……また。」
“また後で”
いつもの流れでは絶対に出てこない一言。朝しか関わらない僕たちの間で、初めて出てきた言葉。……正直に言おう。僕は少しだけ、いや、かなり、テンションが上がっていた。まさか、その様子をあいつに見られていたとも知らずに…。
「おい紫音!いつから白波と付き合ってんだよ!」
「おまっ…声でかいっ。付き合ってないっ。やめろっ。」
「ホントかぁー?『また後でね』って完全にデートする流れじゃんかよぉ。」
あーー…本当に。なんでこいつに見つかったんだ。面倒くさい。早くどこかに行ってくれないだろうか。
このうるさいやつは真砂 竜青。去年に引き続き同じクラスになった、僕の唯一の友達だ。サッカー部所属の一軍男子。常に声がでかく、とにかくうるさい。騒がしいので基本的にスルーしているが、それでもお構い無しに話しかけてくる。僕なんかと話してて何が楽しいんだ…。
このうるさいやつに、朝のやりとりを見られていたらしい。しまった。油断していた。こうして無視している間も、真砂は質問をやめる気配がない。
「え、いつからそういう関係なん?」
「だから違うって」
「じゃあなんで一緒に登校して来たんだよ?」
「たまたまだよ…」
「たまたまぁ?ならなんで『また後でね』なんだよー!デートの約束でもしたんだろー!」
「やめろようるさいなぁ!」
いつになったら終わるんだこの会話。早く予鈴が鳴ることを祈りながらひたすら流す。流している途中に真砂から出た言葉が、一瞬僕の心に引っかかった。
「…それにしても、白波、変わったよなぁ。」
変わった?どういう意味だ?聞きたかったけど、そこで予鈴が鳴り、真砂は自席に戻ってしまった。
放課後。一日中真砂の質問攻めに付き合わされたせいで、僕は、もう既に満身創痍だった。ボーッと空を見ながら、荷物をモタモタと片付ける。
ようやく教室から出られたその瞬間に、僕のスマホの通知が鳴る。見ると、彼女からLIMEが。
『もう玄関前にいるよー!』
そうだった。真砂のせいで忘れかけていたが、この後は彼女とカラオケに行くんだ。待たせるのも申し訳ないので、足早に玄関へ向かう。玄関の門の前で、その綺麗な髪をくるくるといじりながら、彼女は待っていた。
「ねぇー遅いよー?」
「ごめんごめん。」
一言二言、適当に交わした僕らは、学校近くのカラオケ店へと向かった。
「高校生2人!フリータイムで!」
店内に彼女の楽しそうな声が響く。…ん?フリータイム?
「ちょっ…何時まで歌う気…」
「そりゃ朝まででしょ!」
「高校生で朝帰りはまずいでしょ。すみません、やっぱ2時間コースで。」
「えー!千波くんのケチぃ!」
「ケチとかじゃないから…」
危うく朝まで拘束されるところだった…。無事にコース変更できたことに安堵しながら、指定された個室に向かう。女子と、個室で、2人きり。僕の人生上初めての経験に、ほんの少し、心臓がうるさかった。
…1時間ほど経過しただろうか。僕がほんのり期待していたようなことが起こるわけもなく。彼女はひたすら楽しそうに歌い続けていた。1時間。その間に僕が歌ったのは1曲だけ。あとの時間は彼女の独擅場だ。でも、なぜだか悪い気はしなかった。
「ねぇねぇ!次はこの曲知ってる?」
「ん?あー知ってるけど。」
「これ、デュエット曲なんだよねぇ。」
「…そうだね?」
「一緒に歌お!」
そう言って彼女は僕にマイクを持たせて、立ち上がる。彼女だけを立たせて歌うのも嫌だったので、僕も立ち上がった。
急に始まった僕らのデュエット。彼女のどこにいても聴こえそうな、澄んだ高音と、僕のお世辞にもかっこいいとは言えない低音が重なり、美しいハーモニーを奏でていた。彼女の高音が綺麗だからなのか、それともこの曲が恋愛ソングだからなのか。
気付いたら僕は、彼女に……白波 茜に、恋をしていた。
いかがでしたでしょうか?
次回、第3話【ざわめき】でまたお会いしましょう!