害虫は害悪らしい
夜が更け、村は静けさに包まれていた。ヒビノはガルドの家の一角を借りて、わずかに残された焚き火の光で手元を照らしていた。村で見たこと、聞いたことをノート代わりの木片に刻むように記録している。
「シュリの実……害虫……小動物……」
ガルドの家は決して広くはないが、狩りで得た獲物の毛皮や武器が整然と並べられており、質実剛健という印象だった。その一角に寝床を作り、疲れた体を横たえながらも、ヒビノの頭は働き続けていた。
「この害虫、何とかならないかな……」
昼間、村人たちが話していたシュリの実を食い荒らす害虫の話。村の収入の大半がシュリの実から作るワインだというのに、その生産量が減っているとなれば、いずれ村全体が大きな影響を受ける。
「村の収入が減れば、食料や生活用品を外部から調達するのも難しくなるだろうし……それに、ガルドさんたちの狩猟も負担が増えるだけだ」
問題の根本を解決しなければ、この村の未来はないかもしれない――そう考えると、いてもたってもいられなかった。
「害虫をどうやって駆除するか……地球なら農薬があるけど、この世界にはそんな便利なものはなさそうだ」
ヒビノは記録した情報を振り返りながら考えを巡らせる。
「まず、害虫がどんな虫なのか分からないとな……観察から始めるべきか」
翌朝、ヒビノは村人たちの手伝いを申し出た。森に出てシュリの実を収穫する作業に同行し、実際に害虫の被害を目にするためだ。
「ヒビノさん、無理しないでね。慣れてないと森で迷うから」
女性たちに釘を刺されながらも、ヒビノは荷物を背負い、森へと向かった。
森の中に分け入ると、木々にたわわに実ったシュリの実が目に入った。濃い赤紫色の実は小ぶりながらも美しく、ほんのりとした甘い香りを漂わせている。
「……おいしそうだな」
ヒビノが感心していると、一緒に作業していた村人がその横で小さくため息をついた。
「おいしそうだろ? けど、これを食べるのは俺たちより虫の方が多いんだよな」
そう言いながら、男はシュリの実に無数の穴が開いているのを指さした。中には細長い幼虫が蠢いている。
「うっ……!」
ヒビノは思わず顔をしかめた。幼虫が実を食い荒らしている光景は、想像以上にグロテスクだった。
「こうして虫にやられた実は使い物にならないんだ。それに、こいつらは実だけじゃなく、枝や葉っぱまで食い尽くす。だから年々収穫量が減ってるんだよ」
村人の説明を聞きながら、ヒビノはしゃがみ込み、幼虫をじっと観察した。
「なるほど……」
幼虫は柔らかい体をくねらせながら動き回り、実の内部に潜り込んでいる。皮を割った果肉部分には無数の細かい穴があり、明らかに幼虫たちの食害の跡が見て取れた。
「こいつらをどうにか駆除できればいいんだけど……」
ヒビノはつぶやきながら、村人たちの作業を手伝い始めた。
作業を終えて村に戻った後、ヒビノは一人、拾ったシュリの実と害虫を持ち帰り、自分なりの「実験」を始めた。
「害虫に直接効くものを作れないか……でも、村には薬品なんてないし……何か代用できるものは?」
ヒビノは村で目にした材料を思い出す。たとえば、森で見つけた青い花の液体(弱酸性)や、炭酸カルシウムを含む白い石。この世界で使える素材を組み合わせれば、害虫を駆除できるものを作れるかもしれない――そう考えた。
「まずは実験だ。効果があるかどうか確認しないと……」
彼は青い花の液体を少量だけ幼虫に垂らしてみた。すると、幼虫はしばらくもがくように動いた後、動きを止めた。
「……効いてる? いや、これはたまたまかもしれないな」
念のため、別の幼虫にも同じ液体を垂らしてみる。結果は同じだった。
「なるほど……この液体には殺虫効果があるのか」
ただし、これを村全体で使うには量が不足している。さらに、効果の強さや安全性も考慮しなければならない。
「もっと効率のいい方法を探さないとな……」
ヒビノは次々と新しい実験案を考え始めた。この世界にある限られた資源をどう使い、村の問題を解決するか――それは彼にとって「化学教師」としての腕が試される挑戦だった。