あなたは──
貴方はいつも、険しい表情で私を見つめる。
「お〜い、おはよ〜う! どうしたの〜? もう、おねむかな〜?」
私は貴方から二歩くらいの対面に正座して、両手を自分の顔の横に持ちあげ、貴方の方へ掌を向け、それを左右に繰り返し振ってみる。
貴方は目を逸らさず私を見ている。
少し怪訝な表情で。
眉間に皺寄せちゃって可愛い!
でも、あんまりそんな顔してると、シワシワのブサイクになっちゃうぞ!
そんな感情を、表情筋と身振り手振りを駆使して貴方に伝える。
貴方は他の子達よりおじいちゃんよね……。
私は貴方の健康を考えると、少し心配になる。
貴方はいつも決まって、この畳スペースの上座に、静かに座ってる。
一日中、この席を離れない。
私は店内をぐるりと見回してみる。
他の子も何だか遠慮して、距離を取ってる。
私達の座る場所はいつもポツンと静かだ。
でも、あの子とだけはとっても仲良しね。
あの子、いつも貴方の後ろに座ってる。
貴方の斜め後ろを指差したあと、私は手を振り微笑みかける。
あの子、時々、貴方の事を気にしつつ、目を伏せてじっとしている。
私が貴方に近づくと、決まってあの子が寄ってくる。
「よいしょっと……」
私は腰を上げ、貴方へ距離を詰める。
貴方のおヒゲに、触れようとする。
ほらっ! あの子、さっそくこっちに寄ってきたわ!
私は後ろへと、そそくさと退く。
ほらね! あの子も下がっていく!
あの子は本当に貴方のことが大好きなのね。
きっと、私が貴方の事を独り占めしちゃうって、そう思って嫉妬しているのね!
私が貴方に触れようとすると、すぐに飛びかかってくるもの!
私は定位置に戻り座った。
でも最初は怖かったけど、意外と慣れると平気なものね。
私は入口のドアを向いて思いだす。
この店に私が始めて来た頃から、貴方はここで真っ直ぐ目を逸らさず、いつも一点をじっと見据えてる。
ブレることの無い、そんな貴方の姿を見て……。
私は貴方へと視線を戻す。
強烈に赤が印象的なマントを羽織る。
そんな貴方の姿を見た時から……私の心はもう釘付けなの!
私は右の拳でガッツポーズする。
貴方に一目惚れしたのよ!
私は胸の前で両手を包み込む様に合わせ、目を閉じ、悲しい過去を回想する。
私は小さい頃、全身の毛が長いからって、男の子達から〝ボーボボ〟とかあだ名を付けられて、今でもそれがコンプレックスで……。
貴方は人と違う格好を堂々と着こなして、決して人に合わせようとかしない!
寧ろ、これこそが個性だ! と体現している。
私は目を開いて、貴方を見据える……。
貴方は決して、こんな毛深い私をみても目をそらしたりしない。
私には、貴方しかいないと思ったわ。
私は貴方に微笑みかける。
貴方はいつも素っ気なくって、全然構ってくれない。
でも、そんな無口な態度も私は好きなの!
その私の思い通りにならない所が、信念を持った瞳が、頑なに譲らない姿勢に私は夢中になるの。
貴方は今も微動だにしない。
私、いつも職場で「ニャーニャー、ニャーニャー」理不尽な事を言う上司や顧客のクレームに「ニャンニャン、ニャンニャン」馬鹿みたいに頭下げてる。
貴方は変わらないで……そのままでいて。
そんな貴方に会うだけで、私の心は癒される。
「あっ! そうそう……今日も持ってきたよ!」
私は足元に置いていた紙袋の中から、箱を取り出した。
貴方の片眉がピクリと動く。
今では貴方の扱い方は、私が一番よく知ってる。
「貴方、甘いお菓子が大好きでしょ?」
そう言って、私は貴方の前に箱を差し出す。
お菓子の差し入れを持ってくれば、貴方はいつも満足気な顔に変わるし、そうするとあの子も私を認めてくれる。
貴方は箱を開けて中身を確認し、私に満足そうな表情でうなづいた。
心なしか距離も近い。
だから今ではもう、私達はこんなに仲良し!
そして貴方は、くしゃくしゃに私の頭を撫でる。
私は貴方達の言葉が分からない。
貴方達も他の子達と違って、私たちの言葉、あまり分からないんでしょ?
学者達が「稀に他とは言葉が違うヒトがいるようだ……」そう言っていたのを聞いたことがある。
情報量が少なくて、まだ翻訳が難しいらしい。
「貴方達も大変ね〜」
でも、きっと貴方は喋れるようになっても、あまり喋ってくれそうにはないわね。
貴方達は箱を開け、甘いお菓子を満足そうに食べている。
私はそれを幸せな気持ちで眺めながら、席を立ち、店を後にする。
私は毛深いペルシャ猫。
「吾輩は猫である」
「しっかし! あの者も懲りずによく来るのぉ〜!」
「お前もそう思わんかぁ〜?」
「だがまぁ、何ぞ生きる事に思う所があるのやも知れんな……」
「儂も人間五十年などと謡っておったがのぉ……」
あの日、儂らは燃え盛る炎の中で二人、死を覚悟した。
その刹那! 門と云う物が開き。
今、考えても……真に恐ろしい……。
あれは人の世で殺生し過ぎた儂を、地獄の閻魔が奈落の底へ落とし、このまま地獄の炎で焼いてやろうかと、そうしておるに違いないと、その様に覚悟したものよ。
そして、その穴へ落とされ、気がつけば儂らは、巨大な鉄の城がそびえ、鉄の馬が駆ける、奇天烈な都の中にいた。
周りを見回せば、其処には無数の化猫がいて、やはりここは地獄かと思い、さりとてこの儂も第六天の魔王を名乗っておったゆえ、なればこの化猫共めの首も取ってやろうか! と斬りかかろうとしたその折、この世の奉行人が来て捕縛された。
少々、言葉を話せる通詞により、ある程度はこの世の理を学んだ。
どうやら、日ノ本に帰ることは叶わぬらしい。
まぁ良い! 此処は儂の新たな城よ!
「もっぐ……もっぐっ……うむっ! おい! ちと茶を持って参れ!」
「さりとて、儂も昔は猫などは鷲の餌くらいにしか思っておらんかったが、この世の猫は皆、知能が高く利口なようじゃ!」
「此度の雌猫も、出会った時こそ無礼な猫かと思ったが、ある時を境に、儂に南蛮渡来の砂糖を使った菓子を献上する様になった。」
「毎度、毎度、律儀な猫よ、他の者共には目もくれず、儂の下へとすぐ駆けつける!」
「その忠誠心や良し! 実に可愛らしい猫よ! カッカッカッ! お主もそう思うであろう! のぉ!ランマルよ!」
「儂の名はノブナガ! 仕えるはランマル!」
「吾輩は第六天の魔王である!!」
読んでくださってありがとうございました。