閑話、その一:愉快なやつらのショットガン・デイ
一年C組。
各生徒のキャラの個性度では、赤宮焔や山岸龍華が居る一年B組には劣るが、理不尽なまでの団結力とノリの良さで、この高校の要注意クラスの一つに数えられている。団結力が高い、ノリが良い、なんて言うのは、長所ばかりではないからだ。
そんなC組の、驚異的な団結力の元、というか元凶になっているのが、一人のとある女生徒に恋する男、藤原銀次である。そもそも、この男を応援するため、Cは抜群のチームワークを得たのだ。
しかし、この藤原銀次の意中の女生徒が、他の男子生徒を好いている、と言う重大ニュースがこの週末、C組に駆け巡った。よって、C組名物(元凶不在)の緊急特別会議が、月曜の朝も早から開かれた。件の男は、家が近いせいか、いつもHRギリギリに登校してくる事が多い。何故か不意をついて早めに登校する時もあるのだが、このクラスはそういう事態にもどうって事がないくらい、早く集まっているのだ。ちなみに、出席率は驚異の100パーセント。一年B組は、「これ絶対狙って編成したろ」と言わんばかりに特殊な生徒がそろっているが、このクラスの場合は、全が一、一が全、と言う特殊な個性になっている。
そして、今、このクラスでは、例の、「藤原銀次の今後会議」、略してフジコンが開かれていた。
「……結局、山岸さんが生徒会に入る、というのは本当なのかしら」
このクラスを纏める、小柄な体型と、青いふちのメガネが特徴の委員長が、尋ねる。なお、彼女のもう一つ特徴である、相変わらず良く切れそうなチェーンソーは、机の横に掛けられている。それはもう自然に。
「それは間違いないよ、雫が言ってたから。『リュウちゃんが生徒会に入るってー』って」
そう答えたのは、生徒会に所属している双子の妹を持つ、美木谷澪だ。普通に見ると、彼女は、このような、周囲から見れば心底どうでも良いいいような会議に出るような性格には思えないような、クールな雰囲気を纏っている。逆に言えば、そんな彼女がわざわざ朝早くに出席する程、このクラスの絆は強いのであった。
「美木谷、それはいつ言っていた?」
「金曜よ」
「……金曜か、……なるほどな」
「何か分かったのか。ヒロ」
ヒロ、と呼ばれた男がしたり顔で頷く。彼は銀次の中学からの同級生で、このなかで一番彼の付き合いが長いだけであり、この会議の御意見番的な存在であった。
「先週の金曜と言えば、何があったか覚えているか?ヤマダ」
「だから俺は……。いやなんでもないです委員長。話の腰を折る気なんてこれっぽちもありませんごめんなさい。……金曜っていや、あれだ。銀次がやけにハッスルしてた時だ」
「つまり、どういうことだってばよ、でござる」
「あの時のギンはそれはもう躁状態だった。いつもの死んだ目が、爛々と輝く程にな。んで、昼休みに意気揚々とクラスから出てった。しかし、戻ってきた時には、ゾンビも真っ青なくらい、死んだ目だった。普段は低いテンションのあいつが、あそこまでアッパーになるのは、龍絡みな時ぐらいだ。つまり、あいつは、朝、龍に呼び出されていて、嬉しくてあんなテンション上げ上げ状態で、そしてその後、ゾンビになって帰ってきた、という訳だ」
「もしかして、告ったの?藤原。そんで振られた、とか」
「いや、チキンのあいつには無理だろう。それに、それだと龍が生徒会に入る話に繋がらない。大方、龍が銀に相談したんだろな、『同じクラスの赤宮が好きなんだけど、どうしたらいいか』とかな。銀は龍の悩み事の相談相手だったらしいから、別に不自然じゃない。それに対して、銀は、まぁ応援、したんだろ。ついでに、そん時に、生徒会に入る後押しをした。『同じ所に所属すれば、もっとコミュニケーションが取れる』とかな。あいつは龍には優しいから。そんで、失恋のショックと、自分のチキン度に絶望して、仮死状態になった……こんなところだろう」
流石御意見番だけあって、なかなか説得力のある説明ではあった。確かにヒロの意見はそれはもう的確だった。しかし、銀次は、それに加え、愛する物を両天秤に掛ける事になるかもしれない、と言う未来に怯えていた、という状況下にあったのだが、流石にそこまでは分かるはずもなかった。
ヒロの説明に、なるほど、と感心した様な雰囲気がクラスに流れる。だが、同時に、呆れた溜息も流れた。余りにもあんまりな、銀次のチキン・ハートに、全員がガッガリしたのだ。今なら、全米もガッカリするだろ。これじゃあ、公益収入もガッカリに違いない。
「ハアー……」
「なんだよアイツ。どんだけチキンだよ」
「どうせなら当って玉砕すればいいのにね」
「アタシ女だけど、こんな男にはついて行けないと思う」
「アタシ男だけど、正直それには同意する」
「ギンジェ……」
「お前ホント忍者が好きな」
「でもさ、他の男が好き、っていう子に、実は好きだ、とか言うって、スゲぇ拷問だと思うんだけど」
「確かにな。しかも相手の好きな奴は、あの赤宮だぜ」
こっからハイパー赤宮タイム
「ウチの生徒会に入っているってだけで、もう凄いのに」
「成績優秀」
「スポーツ万能」
「高身長」
「ルックス」
「イケメン」
「クールな性格。だけど優しい」
「それはもうモテる。老若男女に」
「待て、男にもか」
「男にもだ」
「パネェ」
「アタシ女だけど、赤宮を見てると濡れ……」
「だ、駄目ぇ!。それ以上は言っちゃ駄目ぇ!」
「アタシ男だけど、赤宮を見てると勃って……」
「お前黙れ。出来れば永遠に」
「あと、赤目で赤髪。あれ、地眼で地毛らしいぜ」
「マジで?」
「マジで」
「ペルー人とカナダ人のハーフのミゲルでさえ、あそこまで中二な感じじゃないのに」
「サスガの拙者も、あれはムリでござる。拙者はfaceのホリが深いイガイはJapaneseとあまり変わらないでござるからな」
「いや、口調も大分日本人離れしてるぞ。ある意味」
「マジでござるか?」
「マジでござる」
終了。以下、ハイパー銀次タイム。
「それに比べて銀次は……」
「成績は」
「まぁ普通だな。中の中」
「運動神経は?」
「悪くは無い。普通。あ、少しだけ足が速い」
「身長も普通」
「ルックス」
「フツメン」
「性格は……まぁ付き合う分には飽きないんじゃね?」
「お、おう。面白い性格だと思うぞ」
「大分まろやかに表現したわね」
「それでも、赤宮に勝ってるか、と言えば……」
「首を横に振らざるをえない」
「髪は茶色いけどな」
「けど、あれは染色だろ。あっちは天然色。しかも赤」
「アタシ女だけど」
「も、もういいよっ」
「アタシ男だけど」
「お前ももういい」
「つーか、赤宮が持ってなくて、銀次が持っている物って、あるか?」
「死んだ目」
「眠そうな顔」
「飯が携帯食料」
「……出来れば長所で」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……無いのか」
「いや、あいつバイク持ってる」
「え、嘘、マジ?」
「免許持ってんのか」
「あいつ四月一日生まれだから」
「正直バイクよりもそっちに驚いた」
「つーか、いいなぁーバイク。そういえば、あいつバイク雑誌読んでたな」
「……うーん、でもバイク、かぁ」
「まぁ、プラス要素にはなるわな」
「でも、それで、赤宮に勝てるかと言うと」
「無理。つーか、このクラスの男子全員が……」
「言うな。虚しくなる」
以上。なんだか悲しくなるハイパー銀次タイムが終了した。正直、これはどうしようもない、という空気がクラスに充満する。換気は、勿論不可だ。
「山岸は赤宮の何処に惚れたんだ?」
「山岸さんは恋愛事には興味がないって言ってたらしいけど」
「赤宮なら何しても惚れさせることが出来そうだな」
「優しい言葉を掛けたり」
「頭を撫でたり」
「笑ったりで」
「ポッ、と女の子の顔が赤くなる」
「なんなんのアイツ」
「あ、本人は相手のそういう感情には鈍感らしいよ」
「漫画かなんかの主人公か」
「殺意が止まらない」
「女子の観点から見ても、流石にイラッとくる」
「つーか、銀次、大丈夫なのか」
「大丈夫って、何が?」
「いや、金曜の様子から見て、もしかして……」
「何だよ」
「自殺、とか」
「おいおいおいおい、勘弁してくれよ」
「少なくともニュースになってないから、恐らく生きてはいる」
「じゃあ未遂?」
「縁起悪ぃ。冗談じゃねぇよ」
「そんなキャラでもないしな」
「あ、あの!た、多分、それはないと思うんだけど……」
クラスメイトのネガティブな銀次の未来の展望を否定したのは、自分を前に出すのが苦手な子犬系少女、大屋久美だ。あまり人に注目されのが得意ではない為、先ほどの発言によりクラス中の注目を受け、今は真っ赤な顔をしている。
「ん?どした、大屋」
「あ、あの、私、藤原君に会ってるの。金曜に」
「え、マジ?何処で?スゲぇ雨振ってたじゃん。すぐ止んだけど」
「え、えっと、か、川原で……」
「川原ー?」
「ちょっ、大屋、アンタなんで川原に行ったんだし」
「え、えと、雨上がりに、散歩しようとして……ウチの近くなんだけど……」
「そこに、藤原が居たってか?」
「う、うん」
「よぉーし!大屋、褒めてしんぜよう!頭を撫でてしんぜよう!胸ももんじゃる」
「え。え?やっ。ちょっ、やめっ……あっ……!」
「……エロい」
「ああ、流石、クラス一の痴女、遠藤。全国の遠藤さんに土下座しろ」
「しかし良くやった」
「アタシ男だけど正直勃っ……」
「お前見境ないのな。だか今回は同意してやる」
これ以上は18禁規制を敷かなければならないので、とりあえず美木谷が遠藤の頭を叩く。パーン、と小気味の良い音が教室に響き、遠藤が大屋を解放した。大屋は、クラス中に痴態を朝から見せてしまったため、さらにも増して顔が赤い。しかし、これくらいの事ならば、このクラスでは割と日常茶飯事であった。どんなクラスだ。ちなみに、遠藤は悪びれもせず、「いったいなぁ、頭がおかしくなったらどうすんの」と、美木谷を非難した。
「その心配だけは一生しなくてもいい。で、大屋、その後は?藤原君にあったんでしょ?」
「え?あ、うん。なんか、川のすぐ目の前で……」
「川の前で?」
「笑ってた」
「は?」
「笑ってた?」
「どんな感じで?」
「お、大声で」
「……マジか」
「う、うん。わ、私が川原の上の舗装された道を散歩してたら、なんか笑い声が聞こえてきて、なんだろうと思って、下に降りたら……」
「銀次が笑ってた、ってか」
「何してんのあいつ」
「ついに狂ったか」
「藤原と話しした?」
「う、うん。笑っている時に、私に気付いたみたいで、『これは違う』とか、『ちょっと気晴らしで』って、早口で言ってた。……あ、あと、『狂った訳じゃない』とか、あ、それに、すごく服と髪が濡れてた」
「……それ、何時ぐらい?」
「……えっと、六時前、かな」
「他に、人は?」
ふるふると首を横に振る大屋。今度はC組に何とも言えない、微妙な空気が流れる。先程の、どうしようもない空気は、霧散してしまったが、それは、何とも言えない空気に上書きされただけだった。
「つまり、纏めると、藤原君は……」
「雨上がりの」
「午後六時」
「川原で」
「一人」
「びしょ濡れで」
「かつ大声で」
「笑っていた」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……やばくね?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……大屋、他に、なんて話しした?」
C組全員が、『本当に何とも言えない空気』をそれはもうお腹が膨れる程に、体感してしまった。何かと奇行が多い銀次であったが(本人に自覚は無い)、ここで、彼の本気を垣間見た気分だった。そんな空気を少しでも軽減する為に、美木谷が大屋に質問を投げかけた。教室全体が、なんとなく、ホッとした雰囲気になる。人付き合いが好きではなさそうなオーラを放っているにも関わらず、彼女はかなり他人を気遣えるタイプのようである。
「ん。んー。え、えと、確か……」
……
…………
………………
『えーと、お、大屋さん?だよね』
『は、はいっ。な、何でしょうっ』
『いや、別に敬語じゃなくても……で、どこから見てた?』
『どこって……、えっと、あそこ、からかな?』
『いやいや、場所じゃなくて……なんか、見た?』
『え、え。え、えっと……すごく、大きな声で、笑っている、ところを……』
『……それだけ?』
『う、うん。な、なんか、ご、ごめんなさいっ』
『……良かった』
『え?』
『いやー、こっちの話。ところで大屋さん、散歩?』
………………
…………
……
「……あとは、少し、当り障りのない話をして、そこで、別れたんだけど……」
と、大屋が、美木谷のパスを受け、銀次との対話の始終を語った。だが、これは下手をすると、美木谷のファインプレーをぐっちゃぐちゃにする、ウレタンで出来た核爆弾並みに危険な話であった。
「良かった……って……」
「いやいや、良くない。全然良くないよ」
「つまり、どういうことだってばよ……」
「あ、それ!拙者の!」
「つまり、あいつは、大屋に会う前に」
「雨上がりの」
「午後六時」
「川原で」
「一人」
「びしょ濡れで」
「かつ大声で」
「笑っていた」
「ことよりも遥かに見られたくないことを、していた、ということか」
「ホント何してんのあいつ……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……いや、だから、やばくね?」
「……まぁ、それは一先ず置いときましょう。正直、私にもこの空気は耐えられないわ。
……ここで重要なのは、そう、藤原君が、『気晴らし』と言っていたことね。そうでしょう、大屋さん」
「……うん、委員長。びしょ濡れで笑っていた事以外は、藤原君は普段通りだったから……多分大丈夫だと思うんだけど……気が、晴れたのかな……?」
「あーなるほどな。そういうことか。ま、こればかりは銀本人が来てみないと、俺らには何にも言えないがな」
「本当に大丈夫なのか?特に頭が」
「こればっかりは信じるしかないっしょ」
「んで、銀次は結局学校に来るのか?」
「あいつは、皆勤賞を狙ってるとか言ってたから、大屋の話だと、来るでしょ」
「おっと、もうHRの十分前だ。とりあえず、今回はこんなところか」
「結局、具体的なあいつの今後については、何一つ話せなかったがな」
「して、イインチョウ、2ndは、いつやるでござる?」
「そうね、とりあえず、放課後に行いましょうか。藤原君は、すぐ家に帰るし。あ、用事があったり部活がある人は勿論そっち優先ね」
「おいおい、インちゃんようー。私らはそんな薄情な人間じゃないんだぜー?」
「インちゃんは止めて。遠藤さん」
「そうそう、インちゃん、俺らは何よりも友情を大切にするわけよ」
「そういうことさ、インちゃん。まぁ、大半の理由は、こんな面白そうな事に首を突っ込まない訳にはいかないって言う、野次馬根性だけどな!」
「違ぇねぇや!」
とたん、今までの空気を全部ぶち壊して、教室に笑い声が起こる。話題が話題だけに、全体的に暗めの雰囲気だった、第一回フジコンだが、どんな話題でも、最後には笑えてしまうのが、このクラスの真骨頂であった。
しかし、そんな空気の中、笑えていない人間が、一名。
ぶーんぶーん。ぎゃりぎゃりぎゃり。ぶーんぶーん。
「だから、インちゃんって……」
ぶん!
「呼ぶなっつてんだろうがー!」
「わー!、委員長が、相変わらず良く切れそうなチェーンソーを起動しているぞ!」
「遠藤ー!言いだしっぺがなんとかしろー!」
「任せて!……必殺、ヤマダガード!」
「俺今回は比較的おとなしめにしていたのにー!あれか、必殺って、俺が必ず殺されるって意味なの……ぶげらっ」
「や、ヤマダー」
「ヤマダくーん」
「……ヤマダ」
『御冥福を、お祈りします』
「生きてるわ!クラス全員でハモんじゃねぇ!」
「ん……なんか、教室が騒がしいな。ま、いつものことか。……皆、おはよー」
さて、ここで、大屋は、銀次との対話している時に、見逃した点がある。と言っても、それはごく自然な動作だったので、気付く方がおかしいのだが。
銀次は、大屋に「どこまで見てた」と問うた時に、
懐に、手を入れていた。
彼は、本当にやる必要があるなら、やってしまう、やる事の出来る、そういう人間なのであった。未だそれを知る人は、いない。無論、銀次の「良かった」に含まれる、本当の意味も。