第八話:廻る笑
とまぁ、格好着けたのはいいいけど、やっぱり僕は未練たらたらである。そりゃ、十年近くも彼女を想っていたのに、それが完全に吹っ切れた、なんて、誰が信じようか。少なくとも、僕は、信じられない。
『……怒って、ますか?』
「ないよ。お前らは良かれと思って、やったんだろ?そこまでしてくれて、結局何も出来なかった、ヘタレの僕が悪いのさ。多分な」
誰が悪くて、誰が正しいのか、そんな問答には、意味がない。物事の本質を一方的な側面だけで判断するのは、馬鹿な奴のすることだ。
でも、僕は馬鹿だから、とりあえず、悪いのは僕、という事にしておく。こうすることによって、一応何も悪いことをしていない赤宮や、僕の事を思って独断専行で能力を行使したジャック、ナンシー、キャシー、それに龍華本人に恨みを抱かずに済む。予防線を張って置く、ということさ。僕が悪くて、他は正しい。それがこの世の摂理である、と考えれば、なんとなく心が晴れる気がする。自分を乏しめるのが、ここまで楽しいと思わなかった。どうしようもないくらい、卑怯で、臆病で、卑屈な僕。そりゃ、龍華も振り向かないさ。だから、彼女は正しい。僕は、悪い。
『正直、主がここまでヘタレだとは思いませんでした。というか全然アプローチしていないじゃないですか』
「調子に乗んな」
笑いながら、ジャックにそう返す。特に楽しい訳じゃない、とりあえずの笑み。
「苦羅威死巣や苦露弐駆琉のことだって、結局言い訳にしか過ぎなかったんだよな。そもそも、龍華の家の近くの公園で赤宮と龍華が会ったってことは、近所に住む僕にもチャンスがあった、ってことだし。だから、ナンシーの能力云々というよりかは、僕のチキン度が問題だったってことか。やっぱりヘタレだな、僕は」
僕は笑う。今度は楽しくて、自然と笑みが浮かんだ。自分を嘲る事で生まれる、非生産的で、後ろ向きな暗い笑みであったろうが、笑えているのならば、問題ない。
詰まる所、僕は諦めたのである。彼女のこと、ではない。彼女が僕を好きになること、をだ。幼馴染の関係に加え、僕に色恋沙汰(といえるほど深い話ではなかったが)の相談を持ちかけた事実から、少なくともLikeの感情はあるだろう。だが、そこまでだ。それ以上の関係には、なれない。今度の件で、それがはっきりと分かった。もしかして、遠い未来で、妥協かなんかで僕を選らんでくれるかもしれない。その可能性はある。たが、他は、ない。だから、僕は。
雨はもう、すっかりと止み、雲も薄れてきた。目の前の、増水した川の慌ただしく流れる音だけが、この場に流れる。
『それで、主は今後、どうするのですか?』
「どうって?」
『新しい恋(笑)を見つけるとか』
「お前、今絶対僕のこと馬鹿にしたろ」
『滅相も御座いません』
「……まぁいいや。新しい恋、ねぇ……。今まで龍華龍華って言ってたのに、いきなり他の奴を好きになるってのも……な」
『……やはり、未練が?』
「それもある。つーか大半は未練だ。でも、それ以上に、今、龍華のことをすっぱりと諦めました、なんて言ったら、僕が不誠実な感じがするだろ?女の子の側にしたって、例えば、昨日別の女の子に告って振られて、そんで、今日、そいつが、好きだって言って来たら、信用できるか?私を妥協で選んだのってなるだろ?」
実際問題、僕なら龍華限定でバッチ来いだ。妥協だろうが、失恋したことによる一時の気の迷いだろうが、どうだっていい。彼女の事ならば、なんだって受け入れらる。たが、他の人達が全部これに当てはまるのか、と聞かれたら、どうなのか。恐らく、僕はマイノリティーな方ではあろう。
と、ここで、あることを一つ思いだした。それは、僕にとっても、ジャック、ナンシー、キャシーにとっても、重要なことだったし、龍華だって、赤宮だって、というよりも色んな人の今後が関わる問題でもあった。順を追って説明する為に、僕のハートブレイカー・ストーリーを先に説明したが、重要度で言えば、こっちの方が高い気がする。
「赤宮さ、どうやら、生徒会に入っているらしいんだよねぇ」
『生徒会と言うと、確か……』
「そ。確証は無いけど、恐らく神器を狙っている連中。もしかしたら、龍華も入るかも、しれない。兄貴も生徒会にいるし、なにより龍華の姉の龍姫さんが、会長だもんなぁ」
『……兄上殿と、もう十年近く、同じ屋根の下にいた我々が、今更存在が露呈して、捕まるとは、思えませんが……』
「まぁそうなんだけどさー」
我が高の生徒会が、神器に絡んでいる、と知ったのは去年の12月頃の話だ。
去年の12月、若い女の子ばかりを狙った殺人事件が、この界隈で起こった。そもそも、この殺人事件は、今まで、全国でその地域を転々としながら起こっていたが、この付近でその事件が起こった時、僕はついに来たか、と思った。全国的に起こる連続殺人事件。警察はこれを同一犯の犯行とし、僕はこの事件に興味を持った。何故か?
それは、被害者の女の子の死因が、皆、凍死、であったからだ。
去年の9月から発生した、この特殊な事件は、それはもう大変なニュースになり、被害者の年齢がおおよそ中学生から高校生ぐらいに集中していた事も加わって、学生の夜間外出禁止令が全国的に出された。まぁ拘束力は殆どないし、遊び盛りの高校生に「夜中に出歩くな」とは「死ね」と同義である。そのため、親や見回りに来る警察官などの目を欺いて外出する子は少なからず、居た。勿論、被害は一向に収まらなかった。
僕はその犯人がこの辺りに来たと聞いた時、待ってましたと言わんばかりに(実際、言った。それはもう大きな声で)喜び勇んで夜の帳に突っ込んでいったものだ。その理由、それは、犯人が十中八九神器を所有しているから、ではない。確かにキャシーから『これは間違いなく神器の仕業だピョン』と言われたが(彼女はたまに己のアイデンティティーを見失いキャラが迷走する。今のは少し気だるそうな口調で電波は入っていない。ジャック曰く、たまにでもいいから、能力を使ってやらないとこうなる、らしい)別に神器の所有者同士で争う必要もないし、勿論慣れ合うつもりもない。だから、もし、その犯人の狙いが若い女の子じゃ無かったら。犯人が、僕の住んでいる地域に来なかったら。僕は、何もしなかったろう。僕は正義の味方でもない。悪人でもない。物事に余計な関心をしないのが、僕のスタンスだ。
だけど、僕は、龍華の味方、であった。
そんな彼女の味方が、彼女の住む地域に凶悪犯が来た、と知ったらどうなるか?答えは明らかだ。彼女のナイトを気取る、馬鹿でアホな僕は、ジャックとキャシーを持って、その犯人退治に出かけたのであった。彼女は、その類稀なる身体能力と、自分とそう変わらない年代の子の命が絶たれることによる、純粋な怒りを持っていたため、彼女自身が「犯人退治してくる」と言い出すのも時間の問題であった。事実、「俺があんなやつブチ殺してやるのに」と言ってたから、もしかしたら僕の預かり知らぬところで彼女は犯人を探していたのかもしれない。
つまり、僕は彼女が犯人と接触する前に、相手をどうにかするつもりであった。
と言うか、殺すつもりだった。
別に、「悪人は生きている必要なし」と独善的な正義感を振りまわしたかった訳じゃない。ただ、ここで犯人を殺しておかなければ、いずれ、龍華に被害がおよぶかもしれないと思うと、いてもたってもいられなかった。よって、あまりに物騒過ぎて日常生活においてあまり使いどころのないジャックとキャシーを持ちだす程、僕は本気だった。あいつらがあれば、隙さえ見せなければ確実に相手を屠れることが出来る。勝算は、あった。
だが結局、最初にこの地域で起きた一件以降、被害は出ず、何と犯人も捕まった。それについて、龍華は勿論、僕も何もしなかった。ただ、僕は、その犯人捕縛の様子を見ている。
その時の様子は、実を言うと、はっきり分からなかった。結構遠目であったし、夜中だっからだ。加えて、そこは、街灯が無い、暗い路地だった。ただ、兄貴と、龍姫さんが犯人であろう人を二人で取り囲み、その上、龍姫さんがブツブツと何かを唱えていたのは分かった。犯人は多分気絶していたのだろうが、その際『やめろ』とか『あそこには行きたくない』とかそんな風な声が聞こえた。恐らく、犯人が所有していた神器のものであろう。そうして、何か、キラッと、一筋の光が犯人の懐に入り、神器の声も、龍姫さんの念仏じみた声も、止んだ。
そこで、僕は、一目散に、迷わず家に帰った。多分、馬鹿な僕の人生において、数少ない賢い選択だったろう。
僕はジャックから、一つの話を聞いていた。この世には、神器を封印して廻る奴がいる、と。通常、神器は所有者が死ぬと、自動的に次の所有者の所に行くらしい。つまり、神器は永遠に現世にと止まり続け、所有者の欲望のため使用され続けたり、目の死んだアホな少年の話相手になったり、を繰り返すそうだ。しかし、そういった理を無視して、神器を封印することでその連鎖を断ち切っている奴らがいる。そんな話だ。
まぁそれが実の兄と、昔から知る近所のお姉さんだったとは、思いもよらなかったけど。
あれ以来、僕は兄と龍姫さんを警戒するようになった。無論僕は、神器をつかって疚しいことは、何もしていない。ナンシーの能力だって、誰も不幸にしていない訳だし。
あっ、僕は不幸になったか。ハートブレークで。
でもこれはナンシーは関係ないだろう。僕の「龍華が好きな気持ち」だって、奥底にあろうが、溢れ出てようが、それが僕のものならば、結果的に心に負うダメージは変わらない、筈だ。
それはいいとして。いや、良くないけど。ともかく、よくよく調べると、生徒会は当時、既に会長だった龍姫さんと、副会長の兄貴の、二人しかいない、という事が分かった。二人で生徒会の仕事が出来んのか、と思ったが、まぁ出来ているのであろう。兄貴も龍姫さんもハイスペックな人間であるから。二人は今三年生だ。生徒会に二年は、いない。一年はそこそこいた筈。これから鑑みるに、明らかに我が高校の生徒会は選別を行っている、ということだ。何故かといえば、会長、副会長もそうだが、今いる一年生の生徒会役員はそれはもうハイスペックなのだ。万能中二高校生、赤宮を筆頭に、龍華とタイマンをはれる空手部の美木谷さん(ちなみに彼女には双子の姉がいる。その子は僕と同じクラスだ。生徒会には入っていない)、一年にして陸上部の超エース、中学生の全国記録も持っている、桐原さん、学年トップの成績を誇る、小柴くん。いずれも呆れる程の天才達だ。しかも全員同じクラス。正直狙ってるだろ。
高校に入るちょっと前、龍華が言っていた。
「姉貴が生徒会に入れ、と五月蠅い」と。ちなみに僕は兄貴からお呼びが掛からなかった。龍華は少なくとも当時は、部活に専念してぇ、と言っていた。
さらに僕と同じクラスのオセロ君が生徒会に入ろうとし、門前払いを食らったらしい。オセロ君はまぁこれと言って特殊な才能があるとは思えない人間ではあったが、彼の明るく、誰にでも話しかける社交性は、生徒会に向いていない、とは思えない。
以上の観点から、分かることは、
・龍姫さんと兄貴は、神器を封印している。
・二人は生徒会の会長と副会長。
・生徒会は必要以上に優秀な人材を集めており、一般人はお呼びでない。
恐らく、生徒会は神器を狙っている。これが僕の出した結論。
ちなみに、なんで僕がわざわざそんな神器を狙っている人と同じ高校に居るかと言うと、「龍華が行くから」以上。それ以上も、それ以下の理由もありません。
「だからさ、もしかしたら生徒会と僕が一戦交えることも、あるかもしれないじゃないか。ぶっちゃけ、お前らの為なら、僕は実の兄だろうがなんだろうが、殺せる。その自信もあるし、安っぽいけど、覚悟もある。でも、龍華は……」
殺せない。僕はそう呟く。家族以上に家族と思っている奴らと、かつて昔、僕に希望をくれた憧れの、最愛の、人。どちらを選べばいいのか、今の僕には、選べない。
「ま、今はそうならないようにするしか、ないか」
『……すぐに二者択一をする必要はありません。昔からこう言うじゃありませんか』
『バレなきゃ、何も悪くない』
「バレなきゃ、何も悪くない……だろ?」
見事なまでに、同時であった。
『……』
決め台詞がまさかの被りで、ジャックから無言の抗議の波動がヒシヒシと伝わる。
だって、お前、それ昔僕がお前に向けて言った台詞じゃん。著作権取るぞ。
バレなきゃ、何も悪くない、そうか。そうだよな。このまま、この不条理も非合成も無意識も、何もかも巻き込む、この糞ったれな世界と、いつまでも廻り続けようか。それはもう、くるくると。
よしっ、と僕は立ちあがる。雨は止んで、太陽が顔を出しても。僕の服は相も変わらずびしょ濡れだ。そりゃ、あんなに雨に当ればしょうがないか。僕は笑う。その笑みの意味なんて、もうどうでも良かった。
「話を聞いてくれた褒美だ、ジャック。なんでも好きな奴を斬らしてやる。人以外な」
『マジですか。主マジ太っ腹。じゃあ川が斬りたいです。目の前の川を』
「いいよ。ついでに技名を付けてやろう。好きなんだろ?お前ら、こういうの」
『……おおぅ。いつもは、恥ずかしくてそんなの言ってらんない、とか仰ってた主が……必殺技を叫ぶのは我ら神器の様式美なのです。是非、カッコいいのを……!』
「任せとけ」
言って、僕はナイフを握る。未だ未練はタラタラで、僕には捨てられないものが多すぎる。だけど、だけど。
「いつか、なにもかも、すっぱりと絶ち斬れたら、いいな……こんなっ風、にっ!」
手に持ったナイフを頭上に掲げ、その場で一気に振り下ろす。ホントは、こんなオーバーアクションは必要ないんだけど、今日はサービスだ。
『因果刻輪、起動』
「ハート・ブレイカーっ!」
僕の叫びと、ジャックの起動音声が辺りに流れる。人がいないのは確認済みだが、流石に少し、恥ずかしい。
目の前の川は、僕の視認出来る範囲で、ポカンと、まるで最初から何も無かった様に、剥き出しの地面を表した。だがそれも一瞬のことで、僕が見えていなかった範囲の水が、たちまち、その地面を埋めてしまった。結局、川は何も変わらず、優雅に流れている。
「……どうだ?気にいったか?名前」
『……いや、名前も何も、それ只の主の心情ではないですか。何ですか、[傷心]って。もっと小生らしいといいますか、相応しい名前があるのでなないかと小生は思うのですがね!?』
僕は、ジャックの余りにも必死な様子を見て、笑う。これ以上は五月蠅いので、懐に戻しておこう。
「はっ、はははは」
笑いが、収まらない。もう何で笑うかとか、理由をこじつけるのは、止めにしよう。笑いたいときに、笑えばいいのだ。
「ははははははっあはははははははっ」
――世界はただ廻る、悲しみも喜びも、愛も憎しみも、日常も超常も、全部ごちゃ混ぜにして。
ただ、その中で、笑っていられのならば。くるくるくるくる廻る世界で、くるくるくるくる廻る僕が、笑えるのならば。
それは、それで、悪くない。そう思った。
「あっははははあははははははははっ、ははははははははははははははははははー!あはははははははははははははっ!はははははははははははははははははははははっっっー!」
雨上がりの夕暮れ時、狂ったように笑う僕。それはいつまでも、いつまでも川原に響き渡っていた……
なんて、ここで終われば格好良かったんだけど、何で、そこに人が来ちゃうかなぁ。しかも、クラスメイト。
「ふ、藤原、君?」
「いや、あのですね、これはなんというかですねちょっと気晴らしというか。決して狂った訳じゃないんですよホントですよ信じて下さい!」
ホント、馬鹿な僕。