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第七話:廻る雨



赤宮 焔


龍華と同じクラス。高身長でクールな性格。成績優秀、スポーツ万能、明らかに日本人なのに赤目赤髪のハイスペックな中二設定野郎(高一だけど)。ルックスもイケメンだ。


あと、モテる。もうお腹いっぱいなんだけど。


 

僕は自分に関わらない人にはあまり興味が沸かない。僕にクラスメイトの全員をちゃんと覚えているか、と聞かれると首を横に振らざるを得ない。勿論、顔とか名字ぐらいならギリギリ覚えているかも知れないが、よそのクラスの男のことなんて、普通は見向きもしないであろう。そう、普通ならば。


 

 赤宮は前述の通りの滅茶苦茶なスペックを有している。ヤマダ君が「天は二物を与えないって嘘だ。あいつ、ちょっと持ちすぎだろ。持ちすぎてその重さに押しつぶされやがれええええ!」って嫉妬満点の愚痴を溢していた。まぁ気持はわかる。


 


 つまるところ彼は、こんな僕でも知っている様な有名人で、




「持っている人」なのだ。


 そして彼が、龍華の、想い人。





……


…………


………………




 暴発寸前だった分厚い雲は、今やその堰を切ったように、待ってましたと、雨の滴を流していた。


 僕はバイクのスイッチを入れる。途端、緩い排気ガスとともに、ドコドコ、と僕にとっては心地良いエンジン音が流れる。外は雨だ。勿論道路も濡れている。危ないのは承知だし、そもそもバイクを走らせる意味も、特にない。だけれでも、そんなの関係ない。


 とにかく、走りたかった。何もかもをぶっ飛ばしたかった。雨がなんだ。もし、それで事故ったとしても、そこで、僕が死んでも、どうでも良かった。


 死にたい訳じゃない。死んでもいい。そういう気分だった。

 痛いのはもちろん嫌だ。しかし、目の前に安楽死の装置があっても、多分僕は使わない。

 怖いからだ。死ぬのは、怖い。ただ、成り行きの上で死ぬのならばそれでも良かった。


 要は自殺する勇気がないだけ。どうしようもなく臆病で、卑怯な僕。

 死んでしまえばいいのに。死にたくないけど。



 バイクに跨り、クラッチを切って、ギアを入れる。緩やかに進むバイクと僕。さぁ何処に行こうか。




 ――何処でもいいや







………………


…………


……




「ちょっと前にさ、部活の時に、俺、ちょっとドジって足をヤッちゃってさ。別にそれくらいどうってことないんだけど、家に帰る途中でさ、ダンダン足が腫れて来たのよ。んでさ、家の近くにさ、公園あんじゃん。もう少し行けばほとんど家だったんだけどな、なんか痛みが酷くなって、そこで休憩がてら、水道の水で足を冷やそうと思ったんだよ」


 そういえば、一か月前に、彼女は足を怪我していたな、と、ふと思いだした。

 その理由は、間違ってコンクリートを蹴った、というものだった事も思い出した。

 ついでに蹴ったコンクリートは粉々になった、というのも思い出した。



 彼女は大切な何かを眺めている様な表情で、ゆっくりと、語った。淀みなく話すその様を見て、僕は、彼女は何度も当時の事を反芻していたのだろう、と当りをつけた。


「んで、しばらく水に当ててさ、まぁ痛みが引いてきたんだよ。で、もう大丈夫かな、と思って、靴履いて、家に帰ろうとしたんだよ。そしたら、まだ、早かったのかな、バランスを崩してさ、転んじゃったんだよ。そこでさ」


 

 彼女のあんな表情初めて見た。



 僕は「龍華の事なら何でも知っている!身長、体重、スリーサイズ。なんでもござれ!」なんて言うつもりもない。所詮僕は幼馴染で、龍華の僕が知らないこと何て、腐るほどあるだろう。彼女の事を全部知っていると言うほど、僕はそこまで傲慢ではないし、信じてもいない。身長、体重、スリーサイズは知っているけど。


 あんな、恋する乙女のような表情。こんな顔が龍華に出来るなんて知らなかった。

 そこで僕は、彼女は「ような」ではなくて、「恋する乙女」そのもの、ということに気付いた。


「……あいつに、会ったんだぁ……」


 死にたくなった。そんな気も無い癖にね。結局のところ、僕は「死にたい気分」に浸りたいだけなのだ。


 僕はそんなを自分の弱い心を感じて、笑おうとした。だけど、頬の筋肉がピクピクと歪んだだけだった。





……


…………


………………




 天から降り注ぐ滴は、相変わらずのペースで降り続けていた。豪雨、とまではいかないが、十人いたら十人は傘を持って出かけるであろうレベルの雨だった。



 そして、こんな日に、川原で流れゆく水の動きを座って見ているような馬鹿は僕だけであろう。傘もささず、近くにあるのはバイクだけ。


 


 まぁ、一人では、ないのだけれども。


『あなたは馬鹿ですか、主』

「それは多分僕が一番知っているよ、ジャック」


『主は一体何がしたいのですか。この増水している川にでも飛び込みたいのですか。いっそ飛び込め』

「僕にそんな勇気はないよ。ただただ、死にたい気分に浸っているだけ。川に捨てるぞ」



 雨に濡れたくない、という理由で僕の懐に入っているデカいナイフ。じゃあ着いてくんなよ、と言いたい。おかげで、僕は雨の日に傘もささず独り言を呟くヤバい奴にしか見えない。まぁ人気はないし、そもそも、この状況でナイフに話しかけていた方がヤバい気もする。


『……それで、その後、山岸龍華と、赤宮焔はどうなったのですか?』

「どうもしない。どうもしてないんだよ」


 そう、別に特別な事はなにも無かったのだ。


 同じクラスとは言え、二人はそれまでは特に会話をした事が無かったらしい。


 だが、二人は顔見知りではあった。赤宮は怪我をしている龍華を気遣い、公園から五分と経たない所にある龍華の家まで肩を貸した。


 これぐらいなら誰でも出来るだろう。クラスメイトのよしみ、というのもある。


 龍華は、最初、手助けは要らない、と突っぱねたらしいが、赤宮があまりにもしつこいので、世話になることにした。


 そこで、龍華に肩を貸して歩く赤宮が、一言。



「女の子なんだから、もう少し自分の体に気をつけろ、だって。それでフォーリンラヴ」


『マジですか』

「マジ、らしいよ。ていうか、本当はもっと長ったらしい話だったんだけど、要約するとこんな感じになる。大分惚気が入っていたよ、アレ」

『随分と簡単に攻略された様ですな……』

「攻略とか言うな。女の子扱いされたのは初めてだ、とかなんとかゴニャゴニャ言ってたな。正直凄い可愛かったんだが、よりによってそれが別の奴を想っている時とかね。もうね」



 思えば彼女は、ずっと女の子扱いされてはいなかった。ある時は無敵のヒーローで、ある時は凶暴な殲滅龍。龍華の家族でさえも、彼女を女の子扱いはしていなかった。というよりも、彼女本人も女の子扱いされるのを嫌がっている節があった。


 結局は、そんなことは無かったんだ。誰も彼もが彼女を特別視だ。


 「殲滅龍も、中身は普通の女の子、か」


 僕も、そうだった。僕にとって龍華は特別で、半ば神格化されていた。龍華はこうに違いない、とか自分勝手な妄想を押しつけていた。女の子扱いをしていなかった訳じゃない。ただ、僕にとっての龍華は、性別以前に、「龍華」だったのだ。性別等関係ない、明るい太陽の様な存在。それが、僕にとっての龍華であった。だが、彼女は特別扱いなんかより、普通に、普通の女の子のように扱ってくれるのを。望んでいた。



「馬鹿だよな。僕は。好きな人の望んでいることも、出来ないなんて。僕は何にも分かっちゃいなかったんだよな」


『……それで、山岸龍華は、主に何を相談したのですか』


 

 僕の自嘲を無視し、ジャックが尋ねる。声はいつもと同じ、低いオッサンの声。でも、その変わらないジャックの声は、僕を安心させるのだ。だから、僕は冷静だ。この雨も、僕の頭を冷やしてくれている。


「誰かを好きになる、なんて初めてだから、どうしたらいいか分からないんだって。相談相手に僕を選んだのは、特に意味はない。家族に説明するのは恥ずかしいし、他の友達に話すと、何処から漏れるかは分からないから、それなりに仲が良く、口の堅い奴を選んだ。それだけ」


『……主は、なんと答えたのですか』


「応援の言葉と、とりあえずもっと赤宮と話しをして、仲良くなったら、っていうアドバイスを送った。言い忘れたけど、龍華は恥ずかしくて、あまり赤宮に話しかけられないんだって。あの龍華が、恥ずかしいだって。笑っちゃうよな」



 断言できる。僕は今、間違いなく笑っていない。



『主はそれで良いのですか』

「良いも悪いも無い。彼女がそう決めたなら、僕にすることは無い。精々、背中を押すくらいだ。それが、この僕の役目だ」



 嘘だ。それはジャックも分かっているだろうし、僕が一番分かっている。しかし、この世にはどうしようもない事が溢れている。これも、僕にはどうしようもないのだ。正確に言えば、どうしようもないのではなく、どうにかする気がない、ということ。



 まぁつまり、どうしようもないのだ。



『……主が望むならば、小生は。いや、小生たちは』

「……やめてくれ。お前らをそんな風に使いたくない」


 ジャックの言葉を遮って、僕は頭を振る。



 ジャックは、僕が部屋に帰って来た時、余りにも僕の顔が酷かったのだろう、普段は家で大人しく待っているのに、この雨中のツーリングに付き合うと言った。キャシーとナンシーはそれを見送っていた。ただ、心配そうな気配は出していた。ナンシーからは、特に。



「お前に会ってから、分かってはいたけど、やっぱり神器にも、個性はあるんだな。特に、ナンシーはお節介だ。いや、それはお前らも同じか?所有者に黙って能力を使うなよ」



『……気付いて、いたのですか』



「気付くよ。中学までは見事に気持ちを抑えていたはずなのに、高校に入ってから、ナンシーが来てから、龍華の事が頭から離れなくなった。今までは、心の奥底に秘めていたのに。普段は、使っていないけど、アイツにはそういう能力があったな。ナントカ・カントカ、だっけ?ナンシーの本当の名前」


『一文字ぐらい当てて下さい。……デザイア・デザイン、です』


「そうそう、それ。使用者の欲望、欲求を自由に上下させる能力。僕は、普段、睡眠欲を増幅したり、食欲を減退させたりぐらいしかしてないけど、これを使って、ナンシー、いや、お前らは、僕の『龍華と付き合いたい』とか、そういう欲求を引き上げたな?ナンシーに龍華の事は話していない。じゃあお前らも共犯だ」


 なんともお節介な奴らだ。僕は笑った。今度は綺麗に笑えている自信がある。吹っ切れた訳ではない、ないが、心が少し、軽くなった気がする。僕は、一人じゃない。今更ながら、そのことを思い出した。こいつらがいるのならば、ハートブレークもなんのその、だ。


 雨はその勢いを弱め、分厚い雲から微かに光が漏れだしている。


 その情景が、僕の心を表しているかは分からないけど、なんとなく、そうだったらいいな、と思った。


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