第四話:廻る夜
あれからヤマダくんがピンピンして授業を受けていたり、委員長がそれを見て闘志を燃やしていたり、帰りのホームルームで先生が異様に僕を警戒していたりと色々あったけどなんだかんだで学校終了。部活にも入っていない、バイトもしていない僕は真っ直ぐにゴーホーム。
ちなみに龍華は空手部に所属しているため帰りも会えない。出待ち、という手もあるっちゃあるんだけど、苦羅威死巣やら苦露弐駆琉の連中も当然のように出待ちしているため下手に藪をつつくと舞っ血義離で夜露死苦な目になりかねない。つーかなる。そんな訳で僕はさっさと家に帰ることにする。シーユー龍華。また明日。
「おう、また明日なー」
うっさいヒロ。君に言ったんじゃない。
「皆!聞いてくれ!俺の名前はヤマダじゃなくて――」
「はぁ!」
ざしゅざしゅざしゅ。
おお、相変わらず良い切れ味のチェーンソーだね、委員長。
という訳で……
あっ!
という間に我が家の我が部屋。親父とお袋は仕事。兄貴と妹は学校の部活動。よってこの結構広い家には僕だけしかいない。
まぁ『人』は、ね。
「ただいま、皆」
誰もいない筈の部屋に、僕は声を掛ける。確かに誰も居なくてもただいま、ぐらいは言うことかもあるかもしれない。だけど『皆』、という単語はこの場にはあわないだろう。
前述の通り、今、この部屋、この家には僕以外の人は誰もいないのだから。そう『人』は。
『おかえり、ギンジ』
『今日も早いですね』
『そういってやるな、ナンシー。主はなにもする事がない暇人なのだ』
誰も居ない筈なのに、返事が返ってくる。それは目覚まし時計、ベッド、そして机……の中から。
というか、うっせぇジャック。燃やすぞ。
「うっせぇジャック。燃やすぞ」
あ、声に出しちゃった。
『燃やす、とはまた酷いことを。幼少のころよりの付き合いの小生を見捨てるとは……』
と、セリフとは裏腹の楽しそうな低い男の声が机から、いや、机の中から聞こえてきた。
僕はその机の引き出しを開けて、刃渡り15センチ程の黒い刀身の―所持しているだけで警察のお世話になりそうな―ごついナイフに声をかける。
「だったら少しは僕を敬えよ、切りたがり。それに僕とお前の関係は付き合いじゃなくて憑き会いだろうが」
しかも、このナイフの一方的な。
『いやはや、なんでこんな可愛げのない男になってしまわれたのだ、主は。昔はもっと、こう……、なんていうか……、……あれ?あんまり変わってないか』
「うっせぇよ!どうせ僕は昔からこんなんだよ!死んだ魚の目だよ!」
『主、正確には、スーパーの鮮魚売り場で100円引きのシールを張られた魚の目よりも濁った泥沼の底の様な腐った目、です』
「喧嘩売ってんのか、テメェ!」
『喧嘩なんて滅相もございません。所詮小生はやたら目が死んでいる男が所有しているナイフにしか過ぎませんので』
「おい、ナンシー、次のゴミの日いつだっけ?コイツ燃えそうにないから粗大ごみでだすわ」
『え。えーと確か明後日だったかと……。じゃ、じゃなくて!い、いけませんよ銀次さん!神器を捨てるだなんて!ジャックさんの冗談じゃないですか!ほ、ほら、ジャックさんも早く謝って……』
『主。メンゴ』
「はっはー。そうかそうか。そんなゴミとお仲間になりたいか。じゃあ明後日とは言わず今すぐジャンクにしてやる。その刀身をぶち折ってなあ!」
『やって見やがれ、この貧弱主!その程度の筋力で小生を折ろうとは肩腹いたいわ!』
減らず口を、この腐れナイフ……!昔の僕と同じだと思うなよ!
「ふんぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」
『ハッ、弱い、弱いぞ!主ぃぃぃいいい!』
『あ、あわわわわわわ。ふ、二人ともやめて下さーい!というか銀二さん!素手でナイフの刀身を持ったら怪我しちゃいますよー!』
『心配する必要なんかないわ、ナンシー』
『キャ、キャシーさん?で、でも……』
『あの二人のじゃれ合いはいつものことじゃない。というかたかが人間の筋力では神器は折れないし、『所有者』のギンジもジャックの刃じゃ傷つかない。それに……』
「っはぁ、はぁ……くっ、流石は神器……!びくともしないか……やるな、ジャック……!」
『いえ、主もなかなかの力でした。……強くなられましたな、主。小生はとても嬉しゅうございます……!』
「ジャック!」
『主!』
がばっ!
『……ほらね?』
『……そういえばこのやり取り一昨日にも見た気がします』
『この二人は定期的にこういうことをやらないと気がすまないのよ』
傍から見ると、今の僕はナイフを抱きしめながら目覚まし時計とベッドに呆れられている人、という風に映るだろう。
間違いなく変態だ。まぁ変態というのは否定したいが変人には違いない。なんせ『神器』を三つも所有しているのだから。
『神器』
それは神々が作りたもうた奇跡の道具。これを持つものは世界でさえも手に入れる事が出来る……!
という設定は全くない。
ジャックの話によると神が作ったのは確かだけど、その前に『暇つぶしに』という言葉が先に来る、ということ。
それでかなーり危険なものから、これなんに使うの?というそれこそ大小、強弱、奇物、珍物……様々なものが出来上がった。
そして、作りすぎて邪魔になったから捨てた、この世界に。
ふざけんな。
僕は幼い頃から神様なんて嘘臭い存在は信じちゃいなかったが(ジャック曰く、可愛げのない子供。余計なお世話だ)目の間に喋るナイフがあったらそりゃ嫌でも信じざるを得なかった。
なんでも神器はその使い手を選ぶ、という無駄に神秘的な機能を有しているらしく、幼い僕は不幸にもこのヘンテコナイフに『憑かれた』、という訳だ。
それに加えて僕はさらに二つの神器を所有している。先ほど『神器はその使い手を選ぶ』といったがその選考基準は「なんとなく」、だそうだ。神秘もクソもないな。前言撤回。
つまり僕はただ、なんとなく、という酷くいい加減な理由で三つの『神器』に選ばれたのである。
まぁ選ばれたから、なにかをする訳じゃないんだけどね。世界を救え、とか何もかも思い通り……!とかそういう事をする必要はない、ということ。つまるところ僕は本当に『ただ選ばれただけ』なのだ。その後の行動は所有者の自由意思に任せる、とのこと。
そう、僕は別に『特別』なんかじゃない。神器に選ばれようが、それは結局のところ『運』でしかないと僕は思っている。『運』は誰にでもあるものだ。それが良い方向に傾くか、悪い方に傾くか、ということでしかない。僕が神器に選ばれたことは『運』が良かったのか?それとも悪かったのか?僕としては別に悪くないと思っている。ナンシーの能力はとても便利だし、キャシーとジャックは物騒な能力だけど、話相手としては申し分ない。本人達(勿論『人』ではないが、僕はこう認識している)には死んでも言わないが、僕はあいつ等を家族だと思っている。それこそ本物の家族以上に。
とまぁ色々語ってしまったが要は『僕が神器に選ばれたのはあくまで運であり、それは特別なものではないから、僕は平凡な人間である』ということ。
僕は神器からは選ばれたのかもしれないが、神(神器を作ったいい加減な方ではなく、全知全能であると思われている人々の空想上の存在)からは選ばれていない。あらゆる才能がないのだから。
兄貴と妹は天才だ。スポーツをすればなにもかも上手くいき、頭も良く、おまけに顔もいい。
対する僕は凡庸だ、あらゆるスポーツの才能がなく、精々少し足が速いだけ。学力も別段普通。ちょっと油断すると成績は一気に急降下だ。顔も取り立てていう特徴がない。そんな無個性の自分を変えたくて髪を茶髪にしてみたけど、何も世界は変わらなかった。青春映画の序盤に出てくる、やられ役の不良B、といったところだろう。ただただ、世界は廻り続けていた。才能がないのに努力する僕を嘲笑うように。
つまり、世界に無視された僕は能無しで出来損ない、ということさ。
ジャックは、そんな世界を切り刻んでしまえ、と言った。
だけど、僕は断った。
キャシーは、そんな世界を止めてしまえ、と言った。
だけど、僕は断った。
ナンシーは、そんな世界から逃げてしまいましょう、と言った。
それでも、僕は断った。
だってこの世界には彼女がいるから。
山岸龍華。
龍華、君は知らないだろう、僕がどれだけ君に救われたか。
君は才能がある人だけど、僕は何の才能もない人だけど。
それでも、僕は、君を思っている。君の幸せを願っている。
例え君の隣に立つのが僕じゃなくても。
君の幸せを、願っている。
よっし、ハイパーシリアスタイム終了。
「ナンシー、ちょっと寝るわ。ぐっすりコースでお願い」
『なんと、もう寝ると仰るのか……流石主……!』
『帰ってきてからした事といえば、ジャックを折ろうとしただけ。しかも未遂だし』
五月蠅いよ、ジャック、キャシー。僕はナンシーに言ったんだから。
『え、ええ。分かりました。ただお母様が夕飯のためにまた起こしに来ると思うのですが……』
「ああ、そっかぁ。今日もあの飯を食わなきゃならないのか……。食わなきゃ煩いし……。そんじゃ、お袋来たら起こして。んじゃ、よろしく」
『わかりまし』
…………………
ぐー、すぴー。
『も、もう寝ちゃいました。私、まだ発動していないのに……』
『というか、なんで目覚まし時計の私に起こすのを頼まないのよ。アイデンティティーがなくなっちゃいそうよ』
『お主の本分は目覚ましじゃないだろう……』