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第十二話:廻る涙


 さて、現実逃避も見て見ぬ振りも出来ないこの状況。流石にいつまでも泣いている珊瑚を放って置く訳には行かない。その左手からは未だ血が出ているし、泣き止んでくれないと話がいつまで立っても進まない。


 泣いている女の子に対する声の掛け方、なんて物は勿論知らない僕である。こういう時に気の効いた事が言えれば良いのだろうが、残念ながら僕はそんなイケメンスキルは持ってない。なので、僕は無言のまま机の引き出しから救急セットを取りだし、珊瑚の左手の治療をする事にした。珊瑚は僕に為されるがままに、相変わらずひんひんと泣いている。



「……っひん……ったし……だってぇ……っくひっ……」

「あん?」


 左手の止血が済んで、僕が包帯を巻こうとした時に、まだひんひん言っていた珊瑚が、何やら意味のありそうな言葉を発していた。僕はそれをきちんと聞き出そうと、珊瑚の口元に耳を寄せる。……何か無駄にいい匂いがする。


「……んなっ……わかっ……ひくっ……ひん……」

「……そうか」



「……でもっ……かちっ……ひうっ……」

「分かるよ」



「……あたっ……ぐすっ……えらばれぇう……っひ……」

「……うん」



「なのにっ……銀……っえう……がぁ……ちか……くやしぃ……てぇ……」

「……そう、だったのか」



「……あ、あた……いっぱ……ぐしゅ……ひくっ……どうし……」

「……ああ」



「……きん……にあ……はぅ……いぅ……」

「うるせぇよ」




 これだけだと何が何だが解らないだろうから、かいつまんで説明すると、つまりこう言う事だ。




 珊瑚だって自分が馬鹿な事をしている、しようとしている、と言うことは分かっていた。




 しかし、雷貫光と言う、強大過ぎる力が珊瑚の元にやって来て――珊瑚の言葉を借りるなら『選ばれた』らしい――、これなら、この力なら、兄貴に勝てると、珊瑚は望んだのだ。






 僕からしたら、兄貴も珊瑚も同じ天才だ。僕視点で言えば、富士山もチョモランマも高過ぎる山で、その峰は遥か遠い。しかし、富士山視点から言えば、チョモランマの距離は、遠過ぎる。


 要はたとえ天才同士でもその才能には優劣があり、珊瑚は兄貴との埋まらない距離に日々苛立っていたのだ。僕はそんな事なぞ露知らなかった。兄貴と珊瑚との能力に、距離があるのは大まかには分かっていたが、珊瑚はそんな事実は物ともせずに、粛々と努力を重ねている――僕はそう思っていた。やっぱり、馬鹿で駄目な兄だな、僕は。




 閑話休題。そして珊瑚はこの力で、ある種パラメーターがバグっている兄貴をコテンパンにしてやろうと思ったそうだ。


 そこでまさかの僕参上。珊瑚みたいなスパルタンな努力する事が生き甲斐な奴から見れば、普段からのらりくらり生きている僕なんて、全く努力も何もしてないように見えるのだろう。……真実はどうあれ、珊瑚がそう思うなら、それは彼女にとっての真実なのだ。


 そんな僕が珊瑚と同じ、あるいはそれ以上の力を持っているのを見て、彼女はそれはもうショックを受けたそうだ。珊瑚は、馬鹿みたいに滅茶苦茶な強さを持っている兄貴に勝てる力を得て、有頂天になっていた。そこに凡人代表の僕が、インチキ臭い力を持って登場。何の力も持ってないはずのもう一人のヘタレの兄が、十年も前からそんな力を秘めていて、かつ言っている事は正論でなんか説教染みている。……珊瑚はそんな僕を見て、益々正常な精神状態でいられなかった。珊瑚はこの訳の分からない状況に、頭の中がパンク状態で、内にあるのは、どうしようもないくらい平凡な筈の僕が圧倒的な力を隠し持っていた事による、嫉妬と悔しさ。もしかして、あいつは何の力も持たない振りをして、無駄な努力を繰り返す自分を、嘲笑っていたのではないか――そう思ったらしい。




 言わずもがな、僕にそんな気持ちは全くない。ただ、珊瑚がそう思うのなら、そうなのだ、彼女の中では、そう映ったのだ。




 そして内に湧き上がる激情に任せて、雷貫光を起動。しかし、それさえもあっさり返り討ち。我に返って、自分のやった事の愚かしさと、僕に全く歯が立たない事による悔しさに、呆然として、知らず知らずに涙が流れた……こういう訳だ。





 あと、僕の金髪は全然似合っていないらしい。だからうるせぇよ。……クラスメイト達からも言われたけど、そんな似合わないのかな?



 色々言いたいことがあるが、とりあえず珊瑚の左手の治療を終えた僕は、机の上にあるティッシュをとり、彼女の涙を拭ってやる。あーあ。鼻水も垂れているよ。これ、珊瑚に憧れている人たちが見たらどう思うんだろうな。僕は珊瑚の鼻にティッシュを付ける。ほら、ちーん。


「……ぐしゅっ……びぃっー」



 ……うわ、ちょっと手に付いた。




 *****




 「……お前の気持ちや、言いたいことは、大体分かった」


 大分落ち着いた珊瑚を尻目に、僕は切り出す。今は泣き止んだ彼女は目を赤くし、僕を見ている。その目からは、すっかり敵意や戦意は感じられない。


「でもな、これはお前の感情だけで突っ走っていい問題じゃないんだよ。下手したらお前の命にも関わるかもしれないし、兄貴にその日本刀の存在が知れたら、間違いなく封印さるだろうよ。……二度と日の目の見ることない、深い暗闇にな」


 珊瑚は僕の言葉に身動ぎした。こいつは優しい奴だ。出会って間もない雷貫光でさえ、恐らく彼女は見捨てることは出来ない。それくらいは、いかに馬鹿な僕だって分かる。


「……今後、お前がどうするのかは知らん。だけどな、これだけは言っておくぞ。……お前の我侭に、関係ない奴を巻き込むのは止めろ。色んな人が無意味に傷付くだろうし、何より、お前がその事実に耐えられるのか? ……違うだろ? そんな事をしてまで無理やり目標を達成したい訳じゃないだろ?……お前は、優しい子だからな」


 最後は僕の出来る限りの優しい声で、珊瑚に語りかけた。僕は内心、「あんたに何が分かる!」とまた言われるのではないかとヒヤヒヤだったのだが、彼女は目を伏せて、ゆっくりと、


「………………うん」


 と、これだけ言った。やれやれ、これで……


『最高に一件落着だな!』


 うるせぇよ、今まで何も言わなかった癖に、僕に全部丸投げした癖に、僕の台詞を取るなよ。




 *****




 とりあえず、珊瑚は兄貴や龍姫さんに神器を所有している事を気付かせないために、大人しくする事を確約してくれた。今後どうするのかは分からないが、日本にある『御遣い団』と接触する事が出来たら、それに協力することもやぶさかでは無いらしい。せっかくの力なのだから、何かの役に立ちたい、仮に兄貴に敵対することになろうとも、自分のやるべき事を、やれる事を見つけたい、との事だ。それについては、僕は何も言わない。落ち着いている今の珊瑚が決めたのならば僕に言うことは何も無いのだ。ちなみに、雷貫光の話では一度『御遣い団』に所属していたのならば、前の所有者が死んで、次の所有者の下にその神器が行っても、多少時間がかかるが、特定することが出来るらしい。そういう神器がある、と雷貫光は言っていた。無論僕の事は、『御遣い団』には内緒にするように言った。雷貫光は、それに同意したが、珊瑚は、納得出来ない、という感じを出して、僕に問うた。


「……ねぇ、何で内緒にするの? そんな凄い力を持っているならさ……」

「面倒くさいことは御免なんだよ」


 珊瑚の問いに、僕はきっぱりと言い放つ。時間を止めたり、地球を斬れたりだとか、人が持つには過ぎるものを持っている僕だ。十中八九、面倒なことに巻き込まれる、そんなのは嫌だ。僕は、こいつらと静かに暮らしたいのだ。


「……さ、これでこの話はお終いだ。当座はあまり雷貫光を使うなよ。その力は派手で目立つ」


 これ以上は何も言うことはない、と僕は珊瑚にそう言い、部屋のドアを指差し、言外に僕の部屋からの退室を促す。珊瑚はそれに対し、何か言いたそうにしていたが、やがて諦めたのか、日本刀を手に掴み、ドアの前まで近づいた。が、そこで、思いついたように、僕に質問をしてきた。


「……一つ、聞きたいことがあるんだけど……」

「……何だ?」

「何で、あたしを止めたの? 面倒な事が嫌なら、関わらなきゃいいじゃん。あたしのことも知らない振りをすればいいじゃん。要らない世話を焼く必要なんてないじゃん」

「……」


 じゃんじゃんじゃんじゃんうるせぇよ。……痛いところを突かれた。その問いに対する僕の答えは、実はもう言っている。具体的には、第十話で。多分、珊瑚は覚えていないのだろう。


 ……正直に言うのは、流石に恥ずかしい。だけど珊瑚は答えを聞くまでは部屋を出ない、と言わんばかりに僕を見ている。


『銀次さんは珊瑚さんの事が大事なんですよ』

『心配なんだ、とも言っていたわ』

『とんだシスコン野郎ですな』




「え……?」





 もうお前ら喋んな。特にジャック。好き勝手な事を言っている僕の神器達に、どこか呆然とした声を出す珊瑚。まぁそうだろうな。僕は他人のことなんかどうでもいい、というスタンスだし、実際、そういう態度を取っていた。それが今更心配だとか、大事だとか、虫のよすぎる話ではある。







 だけど、事実だ。僕は頭を掻き毟り、最早ヤケクソで、言い放つ。今日は僕の精神的に厄日だ。




「……ああそうだよ! 僕はお前のことが大事なんだよ! 心配なんだよ! ……悪いかよ!」



 多分、僕の顔は赤くなっているに違いない。これなんて罰ゲームだ。対する珊瑚は、驚いたように口をポカンと開けている。こんなのは、あまりにも僕のキャラじゃない。



「ねぇ、今度さ……」



 珊瑚が言う。何やら彼女が纏う雰囲気が柔らかくなった印象を受ける。




「バイクの後ろに乗せてね。……銀にぃ」



 この部屋に来てからは初になる、とびっきりの笑顔と、何年ぶりか分からないくらい使われていなかった、僕に対する呼称を言って、珊瑚は部屋から出て行った。


「……免許取ったばかりだから、2ケツは無理なんだけどな」


 負け惜しみのように、珊瑚がいなくなった部屋で呟く僕。不覚にも胸が熱くなった。あそこで、あの笑顔は反則だ。


 ……もしかして、僕はシスコンなのだろうか?



『にやにや』

『くすくす』

『ぶははははははははは』



 そんな僕を見て、わざとらしい声を出すキャシー、ナンシー、ジャック。……粗大ゴミの日って、いつだっけか……




 ……っ!





 ……またか!?




 本日三度目、『嫌な予感』


 これ以上何か起きるのか。やっぱりまだ打ち止めじゃなかったんだな。僕はため息を吐く。とたん、僕の携帯が味気のない電子音を奏でる。……これは、電話だ。



 ディスプレイを見る。発信元は、『山岸龍華』



『嫌な予感』が止まらない。




「もしもし……」

『あ、ぎぎ、銀次か?』

「……どうしたの?」

『……ああ』

「……」


 僕を体内と脳内を駆け巡る寒気と吐き気。正直、なんかもう慣れた。


『……ス、しちまった……』

「……何?」












『赤宮とキスしちまった、って言ったんだよぉ……』




 今日は厄日に違いない。


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