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第十一話:廻る声


『因果刻輪、起動』


 いくら僕の目が死んでいるって言っても、僕自身が死ぬのは御免である。よって、ここは抵抗させてもらうことにする。僕にだって、理不尽な暴力に抗う権利ぐらいはあるのだ。


 ジャックが起動し、僕の目の前まで来ていた八条の雷の槍は、それこそ何事も無かった様に、その姿を消した。



「え……?」

『……』




 驚き、と言うより戸惑いの声を出す珊瑚。そして何も喋らない雷貫光。多分、雷貫光はこの結果を予測していたのだろう。『因果刻輪』に真正面から向かうなんて、正気の沙汰じゃない。神器が所有者の願いを叶えると言っても、限度があるし、所有者を諌める事だって、出来ない訳じゃない。でも、あえてそれをしない雷貫光。こいつにも、何か考えがあるのだろう。


「雷なら、神器から出た物なら、斬れない、とでも思ったか? 甘いんだよ」


 これがジャックの真骨頂。僕が斬れると想えば、それが雷だろうが、何だろうが、お構いなしだ。「地球も斬れる」と言うキャッチコピーは伊達でないのだ。まぁ実は『神器』の『器』は斬れないんだけど、それは今は関係無いだろう。


 僕は手にあるジャックを珊瑚に向ける。珊瑚はそれに対し、ビクッと体を震わせたが、手に持つ日本刀は未だ僕に切っ先を向けている。まだ諦めないつもりなのだろうか、憎々しげな目で僕を見ている。アレか。僕はお前の両親の仇か何かなのか。兄妹なのにな。その目は止めて欲しいんだけどな。そして、あの日本刀からは、相変わらず何のリアクションも無い。


 さて、どうしたものか。


 またキャシーを使って無力化する、と言う方法もあるが、それじゃあ先ほどの二番煎じだ。きっと、珊瑚は諦めない。例え、時間を止めて雷貫光を奪ったとしても、あいつは迷いなく無手で僕に突っ込んで来るだろう。僕の手にあるジャックを無視して。それぐらい、今の彼女は興奮状態にある。自分が何をしているか分かっていない、と言うより、これが今、自分の信念に則った行動なのだと言い聞かせている、と言う感じだ。本人も、落とし所が分からないでいる。


 ……しょうがない。出来れば無傷で終わらせたかったが、ここは少し痛い目にあって貰おう。痛みと言うものは気付けになる。これで、あいつも冷静になるだろう。



 ここは、ジャックを使おう。


「ジャック」

『嫌です』



 即答だった。





 



 …………え?





 ああ、イヤデスってアレだろ? 神器言語で「iyadesu」だろ?確か「Yes sir!」と同じ意味なんだろ? 喜んでやります、って事なんだろ?







 

 そんな訳ない。つーか何だ、神器言語って。



 …………



 ちょ、ちょっと待て。何でだ。ここは断る場面じゃないだろ。ジャックなら、僕の今の考えが分かるはずだ。言葉を交わさなくても、この状況と僕と十年来の絆があるならば、理解できるはずだろ。まさか、珊瑚を傷つけたくないとかそんな理由なのか。だけど、今はそんな甘い事を言える状況じゃないとジャックなら解りそうなものなんだが。





『……を』

「あん?」

『技名を、仰ってください』





 ……そうだよな。お前そんなヤツだよな。珊瑚を傷つけたくない(笑)。十年来の絆(笑)。そんなことを考える僕が馬鹿なだけだよな。でも、今だけは自重して欲しかった。





 僕は今どんな顔をしているだろうか。アホ面を晒しているのだろうな、きっと。珊瑚だって、口をポカーンと開けている。うん、その気持ちは僕も分かる。と言うか雷貫光を含む全ての神器が『分かる分かる』みたいな雰囲気を出しているのが僕の苛立ちを加速させている。そう、全ての神器が、だ。……ナンシー、君だけは信じていたのに。今、僕はブルータスにも裏切られたユリウス・カエサルの気持ちを味わっていた。




『技名を所有者に言って貰うのは、小生達「神器」の望みなのです。さあ主、存分に叫んで下さい!』

「……あの名前、気に入らなかったんじゃないのか?」




 うるせぇよ馬鹿とか、死ねとかそう言った言葉を全力で呑みこんで僕はジャックに問うた。こいつら、そう、ナンシーでさえも、神器は何故か『技名』に拘る。その事については既に知っていた。それに、思い返してみれば、あの雨の日、僕が気まぐれでジャックの起動時に所謂『技名』を付けてやったら、本人はその名前に文句タラタラだったのだが、いざ家に帰るとそれをナンシーとキャシーに自慢するわ、あいつらがそれを羨ましがるわ、『私達にも技名を付けて』と煩いわで、色々面倒だった記憶がある。ここ最近(と言ってもまだジャックに技名を付けてから2、3日しか経っていないのだが)はそれについては触れて来なかったので、もうどうでも良くなったのかな、と思っていたのだが……


『せっかく技名を頂いたのに、主はちっとも仰ってくれない! 小生はストライキを起こします! 技名を仰る、いや、叫んで頂けるまで、小生は起動しません!』



 どうやら、諦めていなかったらしい。しかも、ただ言うだけじゃなく、何やら技名を叫ばなきゃいけないらしい。ハードルが上がった。ふざけんな。……まぁ恐らく、僕の身に危険が迫ったら起動はしてくれるのだろうが……


 先程までは明らかにシリアスなシーンだった筈が、今やすっかりギャグ空間になってしまったこの状況に、流石の珊瑚も……あれ? 雷球が2、4、……マジかよ……


「……ねぇ、あたしも何か叫ばないと駄目?」

『クハハ。今はいい。後で最高な技名を付けてくれりゃ、それでいいさ』

「……うん。……行くよ!」

『応っ。雷貫光、起動!』


 何その会話。出会って十年の僕らよりよっぽどコミュニケーションが取れているじゃん。特に、雷貫光の台詞とかカッコ良過ぎ。


『……因果刻輪、起動』


 そしてまたもや僕を襲う九条の雷の槍。さっきより地味に一条多い。拙い、珊瑚が慣れてきている。しかし、これまたその雷槍は、僕の眼前でたちまち消滅した。やはり、ジャックが対応してくれたが、このままではその内この部屋ごと雷の槍で貫きかねない。


「……くそっ! まだ駄目か……!」

『……』


 もう嫌だこの状況。いや、なんだかんだで僕にも原因の一端があるのは理解できるよ? 恐らく珊瑚をこの精神状態にしたのは、僕が地雷原を突っ切った所為だろうし。

 

 でもさぁ……ここまで来たらさぁ……誰かしらが何かしらの妥協点を見出すべきでしょ。ジャックが素直に起動するとかさ、珊瑚がきちんと話し合いに応じるとかさ、多分一回珊瑚に痛い目にあって冷静になって貰おうと考えているであろう雷貫光が、珊瑚を諭すとかさぁ……だが、この土壇場に置いても、ジャックは訳の分からない駄々を捏ねているし、未だ珊瑚は感情をコントロール出来ていないし、雷貫光はほぼ静観状態だ。……雷貫光に至っては、要するに僕に丸投げしただけじゃないか。


 しかも、この面倒くさい状況は、僕が技名を叫べば解決する、とか言う僕にとっては罰ゲーム的な状態なのだ。もうなんなのホント。


 ……しょうがない。この際、恥ずかしいやら四の五の言っている場合じゃない。ここは僕が折れるべきだ。僕が、大人になるべきなのだ。



「……はーと・ぶれいかー」

『聞こえんませんな』


 うるせぇよお前即答するって事はぜってぇ聞こえてただろ死ねよ。なんて、言うだけ無駄だと分かっている。神器的感覚では所有者の熱い叫びが大事なのだろう。なんかもう聞かなくても分かる。

 


 あああああああ、なんで僕はあの時技名なんか付けちゃったんだ? やっぱり、格好付けていても、僕は普通の精神状態じゃなかったんだな、あの時。僕は、当時の事を富士山ぐらいの大きさで後悔していた。しかし、後悔は先に立たず、覆水は盆に返らない。


 



 ……ここで大事なのは、開き直ることだ。


 


 すうーと、息を思いきり吸う。こうなりゃヤケクソだ。僕の肺活量を全て駆使して叫んでやる。



「……っハッァーーートッ・ブレイクァァアアアアアアッーー!!」

『因果刻輪、起動!』

 


 僕はそれはもう人生これ以上ないって言うぐらいの声で叫んだ。最後の方なんか、ただの絶叫である。妹の前で適当に付けた技名を叫ぶとか、どんな罰ゲームだよ。


 だが、ジャックはきちんと起動してくれた。僕が狙ったのは日本刀を持っている珊瑚の手だ。その両の手の内、珊瑚の聞き手の右手は避け、左手に意識を向ける。勿論、左手をバッサリ斬る、なんて真似はしない。ただちょっとだけ、左手の体表面の皮を、そう、ホンのちょびっとだけ斬るだけだ。ただし、なるべく派手に見える様に十ヵ所程。


 結果、何の音もせず、ピカッと光ったり変な模様が浮き出たり、なんて事は一切ない。ただ珊瑚の左手表面が十ヵ所程裂けて、そこから血が流れる。まぁ大した深さではないので、傷も残らないだろうし、痛みもそこまであるまい。声の大きさの割には地味な結果である。今更になって恥ずかしくなって来た。良く考えればあそこまで大きな声で叫ぶ必要はなかったんじゃないか……?




 ……深くは考えない様にしよう。




 しかし、その分効果は抜群であった。珊瑚は突然発生した左手の出血と痛みに驚き、手に持った日本刀をその場に落とした。あまり考えたくないが、僕の魂のシャウト(笑)にも驚いたのかもしれない。だって僕が叫んだ瞬間、珊瑚の体がビクッて跳ねたし。ビクッて。


 ま、どちらにしろ結果オーライだ。珊瑚はその場にペタンと座りこんで、茫然としている。すぐ近くにある雷貫光には目もくれず、その視線は宙を彷徨っていた。




 よしよし、とりあえずはこれでいい。多少僕らしくないバイオレンスな方法を取ってしまったが、あそこまで拗れた状況に陥ってしまったのだから、いたしかたあるまい。


 僕はやっとこれで話が進められる、と言う安堵感を胸に抱いて、珊瑚の左手の治療をする為に、ベッドの上から飛び降りて、机の引き出しにある救急セットを取りに行った。いくら傷が浅いと言っても、血が出ているのだ。止血をする必要があるだろう。



 これは余談になるが、僕はバイクが趣味で良く乗り回している。だが、免許を取ってからあまり日が経っていないので、派手な事故とかは今の所無いが、よく立ちゴケしたりする。それにより、結構色々な部位を擦りむいたりしているのだ。よって、僕の部屋には救急セットが常備されていて、ドライブする時には欠かさず持っていくのである。繰り返すようだが、これは余談である。



 何故これを今言うのか、というと、一つの仮説の証明の為だ。



『人は予想外の事に遭遇すると、割かしどうでもいい事を考える』







 例えば、交通事故にあった時にレンタルビデオの返却期限を思いだしたり。

 例えば、ひったくりにあった時に家のガスの元栓が気になったり。

 例えば、妹が突然泣き出したのに救急セットの事を考えたり。










「……ひっ……っひぅ……っえぅ……っひぐ……っひ……」





『……む?』

『……ん?』

『……え?』

『……お?』

「………………………………は?」



 上からジャック、キャシー、ナンシー、雷貫光、そして僕の順番だ。

 



 ……え? 何これ? ドッキリ? もしかして僕を油断させる為の演技?


 違う。珊瑚にそんな器用な真似は出来ない。じゃあ何で何で? Why?


 僕は嘗てないぐらいにテンパっていた。それは僕がこの様な突発的なアクシデントを殆ど経験していないからである。いや、経験していないと言う訳ではないのだが、今までのアクシデント達は、全て予測出来ていたのだ。だから、肝心な所で冷静で居られたのである。


 そう、僕の『嫌な予感』だ。これはそのアクシデントや降りかかる不幸の内容までは解らないので、その対処は出来ないが、心構えは出来る。これによって、僕は今までもテンパらずにいられた訳だ。事実、龍華の時だって、ショックこそ受けたが、とり乱す事も無かった。


 だが、今回はそれが無い。不幸の直前に起きる吐き気すらなかったのだ。そりゃ僕も慌てるさ。何でよりによって今回は無いんだ。アレか? 今日は既に二回発動しているから回数制限があるのか? それとも、目の前で妹が泣くのはアクシデントに入らないっていうのか? ざけんな。充分不幸だっつーの!



 僕の記憶を辿ると、物心付いた後の珊瑚の泣き顔なんて一回も見た事が無かった。そりゃ、僕の知らない所で泣いていた、という事もあるかもしれないが、僕はそれを目撃してはいないし、第一、そうそう泣く様なやつにも見えない。



 え? マジで何で? もしかして傷が痛むのではないかと考えたが。すぐさま思い直した。珊瑚はトレーニングと称して数々の生傷を作っているし、毎日の様に兄貴と木刀でぶつかり合っているからだ。兄貴のクッションをも斬り裂く剣閃をやすやすと受け止めるのに、ちょっと左手から血が出ているぐらいで泣くなんてどういうことだ。あり得ない。

 




 だが、一つだけ分かっている事がある。




『泣かしましたな』

『泣かしたわね』

『泣かしてしまいましたね』

『……泣かしたな?』


「……っひっ……ひぐ……えぅっ……ひんっ……ひぅっ……」


 



 この状況が、僕の所為だって事。





 神器達の非難の声と、珊瑚のすすり泣く声をBGMにして、僕は茫然と立ちすくんでいた。



 いったい僕はどうすればいいんだ?

















 あ、明日英語の小テストだった。


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