第九話:廻る妹
藤原 珊瑚。
藤原家の長女にして三人兄妹の末妹。スポーツ万能で頭もいい。おまけに顔もいい。特に彼氏がいる訳ではないが、その抜群の容姿とサバサバした性格のおかげで、男女ともに非常にモテるらしい。ここポイント。女からもモテます。剣道部に所属しており、その実力は折紙付きである。ただいま中学二年生。物凄い速さで竹刀を振るうその様から、「裂光の剣士」と呼ばれているらしい。何と言う中二病。あ、中二だったっけ?なら良いか。……良いのか?
世の人は彼女を天才と呼ぶ。まぁ実際そうだろうし、僕だってそう思っている。だけど、それだけじゃないのも知っている。彼女は暇さえあれば一日中竹刀や木刀を振りまわしているし、朝早くにランニングもしている。テスト前には、きちんと勉強までこなしている。無論、日々のトレーニングと並行して、だ。何をしても駄目な僕は凡人で。何もしなくても何でも出来る兄は天才で。努力をして何でも出来る様になる妹は……何だろうか。少なくとも、ただバッサリと「天才だから」という言葉で切り捨てたくはない。言ってしまえば、主人公体質、と言うやつだろうか。
そんな我が妹は今何をしているのだろうか?
……こんな有様だよっ!
『クハハ!最高だ、アンタ最高だよ!こんなに早く俺を使いこなせるとは!クハハ!最高に最高な気分だ!』
「あははは!凄い!凄い凄い凄い!これが……あれば!あたしは!あたしも!……あたしにだって!……兄さんにだって!」
『クハハ!クハハハハ!』
「あはは!あはははは!」
……確かに家の庭は広いし、近隣からは死角になっているので他人からは何をしているかは分からない。おまけに、この家には今自分しかいない……と、珊瑚は思っているのだろう。
だけど、これはねぇよ……。イタいぐらいにアッパーなテンションな妹と、振り回されながらも最高最高と五月蠅いデカイ日本刀。あれ絶対神器だよなぁ……。おまけに、家の庭を覆わんばかりの馬鹿みたいな雷がバチバチしているのを眺めて、僕は頭を抱える。何なのコレ。
「……『嫌な予感』はしたんだよなぁ」
まさかこうなるとは思えなかったけどな!ホント使えない能力だよ。おぇっ。今になって吐き気がして来た。寒気もする。僕の肌には鳥肌まで立っている。明らかに寒気だけが原因じゃない。面倒くさいもうなんなのさっさと帰ってベッドで寝たい。ナンシー!助けてー!
『ここにはナンシーはいないわよ』
『大丈夫です。小生達が付いております』
もうー!なんでこいつらを連れて来たんだ、僕は!……ぶっちゃけナンシーは今はベッドにくっ付かせてはいるが、ナンシーこと『デザイア・デザイン』は無定形神器であり、『神器』の癖に『器』がない。よって、僕の服に付けて連れて来る、と言う方法もあるのだが、まぁ今回はその必要はないだろうと踏んだのだ。
「もう嫌だ……地球割れてしまえばいいのに」
『やりましょうか?』
「……そうか、ジャック。お前はそういう事が出来たな。あはは、いっそしちゃおうか」
『因果刻輪、きど……』
「冗談だっつの!僕も死んじゃうわ!」
そもそも、僕がこの性悪神器達を持っているのは、放課後にやって来た『嫌な予感』を引っ提げて家に帰ると、……何やら庭の方からおかしな音が聞こえて来たからだ。こんな早くに家に誰も居る筈がないし、僕の百発百中の『嫌な予感』もあった。とりあえず様子を見ようと、こうして庭にやって来て、陰から見ている訳なのだ。……なのだが……正直、この展開は予想外だった。そう言えば、珊瑚は「明日からテスト期間で部活ないから」と昨日言っていたなぁ……と僕はこの状況で思いだした。現実逃避じゃないよ?ホントだよ?
……ただ様子を見に来たのに、わざわざ神器を持ってきているのは、万が一に備えるためだ。別に僕がチキンだとか、一人じゃ怖かったとか、そんな理由ではない。断じてないのである。ちなみに、この様な状況では、ナンシーを持って行っても意味がないので、彼女はお留守番だ。
「……どうしよか、この状況。つーか、アイツあんなキャラだっけ……?」
『くっ、さては神器の持つ狂気に呑まれたか!』
「神器にそんな能力が!?」
ジャックの言葉に、僕は驚きを隠せないでいた。珊瑚の余りにも普段と掛け離れた今の姿はそう言う事なのか。こいつらとは長年一緒に居るが、まさか神器にそんな能力が……!
『ある訳がない』
テメェぶち壊すぞ。今はそんなノリじゃねーんだよ。シリアスなんだよ。
『そう言う神器もあるにはあるけど、アレにそんな能力は無いわね』
『まぁ一時のテンションに身を任せているだけでしょうな』
「ん?お前ら、あの神器を知っているのか?」
通常、神器同士には繋がりは無いらしい。しかし、ナンシーが初めて家に来た時、ナンシーはどうやらジャックとキャシーの事を知っていた様だったし……僕に会う前に、前の所有者同士で繋がりがあったのだろうか。僕の様な複数所持は稀らしいし。
『知っているも何も……あいつ、かなり有名よ。名前は、「雷貫光」だったかしら』
『人間の基準ですが、「超要注意神器~こいつはヤベぇぜ~」に入っています』
マジか。そんな危険なヤツがよりによって珊瑚のもとに来たのか。つーかなんだその基準。例の神器を狙っている連中が付けたのだろうか。随分愉快な基準だな。
『ちなみに、私もその「超要注意神器~こいつはヤベぇぜ~」に入ってるわよ』
『小生もです』
……だろうな。お前らの能力って馬鹿みたいに強力だもんな。そりゃナンシーも知っているよな!あんな雷を飛ばすやつなんて、目じゃないもんな!そりゃ変な基準設けられるよな!
『照れますなぁ……』
『恥ずかしいピョン』
褒めてる訳じゃねぇよ!キャシーはなんか前のキャラに戻っているし。
『クハハ!よう珊瑚。この最高な力で、何もかも貫いてしまおうぜ!最高な俺と最高なお前なら、きっと最高な結果が待ってる筈だ!』
「うん……この力があれば……あたしは……!」
僕たちが何時も通りの漫才を繰り広げている中、何やら物騒な事を言い始めた珊瑚達。さて、どうしようか……
『……止めないの?』
「……何を?」
『何って……妹さんを、よ。お兄さんが危ないんじゃないの?』
「……僕にそんな義理は無いし、義務も無い」
ここで最もベストな選択は、見て見ぬふりをする事だ。
下手に突っ込んで、ジャックやキャシー達の事が家族、引いては神器を封印している奴らに知れたら……龍姫さんや兄貴はともかく、龍華も出てくるかも知れない。そしたら、僕は……どうするべきなのか。僕と龍華が敵対することもあり得る。となると、それを避ける為には……
「無駄なリスクは負うべきじゃない。変に干渉する必要はないよ」
これがいい。幸い、向こうはこちらに気付いていないようだ。珊瑚はどうやら兄貴を狙っているらしいので、恐らく龍華には害はない。今のテンションから見るに、兄貴が帰宅したらケリを付けるつもりだろう。その後は勝手に自滅する筈だ。兄貴をどうにかしてしまえば、当然、龍姫さんも出てくる。龍姫さんが対神器においてどれくらいの実力があるかは分からないが、誰も彼もを敵にして廻り続けられる程、この世界は甘くない。そう、それがいい。ここは放って置く。そうするべきだ。
『……銀次はそれで良いの?』
「……良いも悪いもない。しかるべき時に、ベストな選択を。それが今必要なことだ」
『……このままだと、妹君は兄上を手に掛けてしまうのでは?』
「……」
『それに、妹さんも例の神器を追っている連中に狙われる事になるわよ』
「……っ!」
僕は兄貴の生死なんてどうでもいい。嫌いな訳じゃない。別に生きていても良い。でも、死んでもいい。僕は、自分の天秤をどう傾けるべきか分かっている。傾くべきは、僕自身とジャック、キャシー、ナンシー。そして龍華。片方にはそれ以外が乗っていて、僕にとってはどうでもいい存在だ。生きようが死のうが、どうでも良いのだ。どうでも良いのに。無駄な干渉は、控えるべきなのに。
「……クソっ!」
僕は悪態を付き、髪を掻き毟る。どうしようもないくらい弱い、どうしようもない僕。その弱さに反吐が出そうだった。と言うか、反吐が出る。これ程この言葉が会う心情も珍しい。
優先順位がはっきりしている筈なのに。僕はジャック達を守るべきなのに。……守るべき物以外は、切り捨てるべきなのに。
僕は妹を、珊瑚を。見捨てられない。見捨てられないのだ。
今こそ、珊瑚は僕を呼び捨てで呼んでいるが、昔はそれこそ兄貴以上に、僕の事を「銀にぃ」と呼び、慕っていたのだ。
先ほども言ったが、珊瑚は大変な努力家だ。努力する才能を持つ者を天才と言うのならば、彼女は正しく天才である。特に何もしてない様に見えるのに、幼少の頃から天才剣士と呼ばれた兄貴とは大違いであり、しかも、珊瑚はその兄貴を超えようとしていた。僕は凡才な自分をあっさりと見限って、さっさと諦めたのに。……珊瑚が僕の事を呼び捨てで呼んでいるのも、その辺に関係しているのかもしれない。僕とも大違いである果てしないほどに努力家な珊瑚。……兄貴は、その天才の名に相応しく、どこまでも天才で、剣道の全国大会で優勝している程だ。その頃にはもう、生徒会の仕事をしていた筈なのに。
はっきり言って、神器無しで兄貴に珊瑚が勝てるとは思えない。兄貴は異常だ。だから兄貴は神器を封印する、という事が出来ているのだろうか。しかし、彼女は諦めず今も兄貴に挑戦し続けている。僕はそんなどこまでも諦めない妹に、どこか龍華に似た太陽の様な眩しさを、見出していた。
正直に言おう。僕は珊瑚を死なせたくないし、僕とは違い心優しいあいつに、家族殺しの咎を負わせたくない。
なにより、神器と言うインチキを使って、彼女の目標を達成してほしくないのだ。
神器は物にもよるが、強力無比だ。だから、神器を封印する連中が出来たのだろう。過ぎたる力は、過ぎたる結果に繋がる。僕でも、ジャックを使えば兄貴ごときどうにでもなる。しかし、彼女には己の力で兄貴に勝って欲しい。そうじゃなければ、今までの努力は何だったのか。手をマメだらけにして、木刀を振り続けた日々は何だったのか。これまでの事は、全部無意味だったのか。……違う。違うはずだ。
こう思うのは、僕のエゴなのだろうか。エゴなんだろうな。
『……何もかも拾えばいいじゃない』
「……あ?」
『捨てるのが嫌なら、拾えばいいのよ。あなたには、その力がある』
「キャシー……」
『妹君を止めたいのならば、そうすべきです。だけれでも、主はそうすることで小生達が白日のも元に晒されるのを恐れている。じゃあいっそ、妹君に全てを話せばいいのです』
「いいのです……って。ジャック、そんな簡単にだな……」
『私達を使って妹さんを止める。そして、神器の事と、お兄さんが神器を狙っている事を話す。その後に、きっちり口止めをする。それだけでいいのよ?』
『そうです。妹君は賢い人なのでしょう?冷静になれば、己の愚行に気付くでしょう。……その後も、きっと賢明な行動を取ってくれる筈です』
「……すまん」
『謝らないでよ。私達はあなたの物。あなたの理想を叶える物。それこそが、私達の存在理由よ』
キャシーはそう言ってくれたけど、すまん、と僕は心の中でもう一度謝る。どんな力を持っていても、あれもこれもと拾い続けてしまえば、いつかは破綻してしまう。解っている。だけど。
「ジャック、キャシー。……力を、貸してくれ」
僕にだって、譲れないものがあるのだ。破綻すると解っていても、貫きたい意地があるのだ。
矛盾する想い。相反する意思。有るのか無いのかも分からない、ちっぽけな僕のプライド。僕はそれらを背負う。結果、どうなるのかは解らない。だけど。それでも。僕は。僕にだって。
『委細承知!』
『おっしゃー!久しぶりの私の出番よ!』
「最初はジャックを突き付けて様子を見る。それで降参してくれるかもしれないからな」
『了解しました』
『なん……だと……?』
とりあえず、腹を括る事にする。これ以上考えると、どうしようもないほど弱い僕はあっさりと楽な結末を選んでしまうかもしれないから。僕は庭の陰から飛び出し、珊瑚に姿を見せる。
「さて、そこのイタい少女。とりあえず落ち着きなさい」
「!?……ぎん、じ……!?」
颯爽とした(主観だけどな)僕の登場に、狼狽をする珊瑚。まぁ今は困惑だけが前に来ているが、そのうちあのアッパーな黒歴史が見られていた事を恥じて、近い将来にベッドに顔を埋めること請け合いである。ざまーみろ。
『おうおう!何だ、このにーちゃんは!珊瑚!アンタの最高に倒したい奴は、こいつか?』
「ち、違っ……!?」
「残念ながら、僕は違うよ。こいつの目標は僕の兄貴、つまり長男だ。僕は珊瑚の兄だけど、次男。所謂駄目な方の兄、って奴さ」
『クハハ!最高に面白い奴だな、アンタ!……んで、アンタは最高な俺らに、何か用かい?』
「……止めに来た」
僕やたら五月蠅い日本刀(雷貫光、だっけか)が、僕に問いかける。僕の答えは決まっていたが、珊瑚はそんな僕を驚いたような顔で見つめて来た。人畜無害を気取っていて、この様な非常識で非日常な物とは縁がなさそうな僕が、突然の「止めに来た」発言。これは驚くだろう。色々と突っ込みたい事がある筈だ。
『クハハ!止めに来た、ってか!最高に面白ぇ!やってみろよ!最高な俺達を!止めてみろよ!』
「……邪魔、しないで。あたしは……兄さんを……!」
……もうこれは止まらないな。確かに珊瑚は今尋常では無いテンションだが、それを際引いたとしても、僕の薄っぺらい言葉だけでは止まらないだろう。しょうがない……か。僕は懐に入れていたジャックを取りだす。ちなみに、もう一つの切り札、キャシーは後ろ手に隠している。出来ればキャシーは使わないい方がいい。ジャックを見せつけてやれば……
『っ!?……珊瑚、俺を構えろ!』
今まで余裕をぶっこいていた日本刀が、初めてうろたえた声をだした。よしよし、とりあえずは予定通りだ。だが、構えろと言った事から未だ抵抗をするつもりらしい。
「やっぱ有名人だな、お前」
『照れますな』
僕の持ったナイフが喋ったのを見て、珊瑚はますます驚愕の表情を浮かべた。基本、神器は所有者が許可しないと能力は使えない。まぁ例外もあるが。ともかく、所有者の意思がないと神器はその力を発揮出来ないのだ。これで珊瑚がビビって、冷静になれば、楽に話し合いが出来るんだけど……
「……銀次も選ばれていたんだ……」
「……選ばれた訳じゃない。運が良かっただけだ」
「……違う」
「珊瑚……?」
「違う、違う違う!選ばれたんだ!あたしは、この力に!選ばれたんだ!」
「……だから落ち着けって……」
……なんだか雲行きが怪しくなって来た。珊瑚はその目に闘志を映して、日本刀を僕に向けている。おいおい、それで僕に斬りかかるつもりじゃないよな?もしくは、さっきの雷で黒こげにするつもりか。どちらにしても御免被る。
「……五月蠅い!あたしは、これで!この力で!兄さんを倒すんだ!」
『クハハ!最高だ!最高だぜ、珊瑚!お前と俺なら、どこまでも最高にイケるぜ!』
『……妹君。小生達はあなた達に危害を加えるつもりはない。どうかその矛を収めては貰えないだろうか』
『クハハ!アンタの能力は知っているぞ!最高最悪の神器、「因果刻輪」!……アンタの力は最高に強力過ぎる。……ギンジとか言ったな、アンタ。その力を珊瑚に向けて使えるのかい?』
駄目だ、会話が全く噛み合って無い。あーあ。結局こうなったか。確かにジャックの力は人に向けては使いづらい。しかし、何だか珊瑚がヤル気満々だな。普通、兄が突然喋るナイフを持って来たら、もっとその事について関心を持つだろ。少なくとも、今の自分の状況を客観的に見ることが出来る筈だ。だけど、未だ彼女はイタいテンションだ。もしかして僕、地雷踏んじゃった……?選んだとかどうとか言ってたし。珊瑚は珊瑚なりに、何か重い物を抱えているのかもしれない。まぁこうなったら仕方無い。キャシーを使うか。
『雷貫光、と言ったな。主は、確かにヘタレだし、目も死んでいる。おまけに馬鹿だ』
「お前喧嘩売ってんのか」
『滅相もございません。……しかし、そんな主はそれはもう規格外なお方なのだ』
『なっ!?……珊瑚ぉ!』
……納得は行かないが、まぁそう言うことだ。僕はずっと後ろ手に隠してたキャシーを取りだす。いきなり出て来た目覚まし時計に、珊瑚は戸惑いを隠せない様であったが、あの日本刀は知っていたらしい。こいつも有名だな。何にしても、もう遅い。
「キャシー」
『イーッヤッフー!停葬回廊、起動!』
久々の起動に、やたら高いテンションのキャシー。
そして止まる時間。
確か5秒間だっけか。短く思えるが、意外と余裕を持って動ける。
僕は珊瑚との距離を一気に詰め、手に持った日本刀を叩き落とす。そして、落ちた日本刀は僕の蹴りによって、カラカラと地味な音を奏でながら遠くに転がって行った。
ふぅ……これで一安心。
「そして時は動き出す……ってか」
そして動き出す時間。おっ今のは格好良かったんじゃないか?まぁ時間が止まっていたから、誰も見ていなかった訳だが。突然の出来事に茫然とする珊瑚。まぁ目覚まし時計が突然出てきたと思ったら、いきなり僕が目の前に居て、おまけに手に持っていた筈の日本刀が遠くに行ってたら、そりゃああなるな。
はぁ……でも、未だ終わりじゃないんだよなぁ。これから面倒くさい話をしなきゃならないし。ま、何にしても、だ。
「ちょっとお兄ちゃんとお話しよーか」