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閑話、その三:加速する世界のゴーズ・オン


 あっと言う間に昼休み。授業中の出来事は、特筆すべきことが無かったので割愛させて頂く。そもそも、学生の本領は、休み時間にこそ発揮されるものなのだ。

 

 学生特有の姦しさで賑わうこの時間。この1年C組もご多分に漏れず、いや、下手したらよそのクラスよりも遥かに賑やかであった。と言うより、ただ五月蠅いだけかも知れないが。


「あ、ヤマダ君、これ、この間のお詫び。貰ってよ」

「お、おお。この間がいつかは解らんが、貰っとくよ……何だこれ」

「安い・栄養満点・安い、が自慢の携帯食料、カロリーめ~いと。山羊のマークが目印」

「安いが重複しとる!何これ初めて見るんだけど!?」

「そう?僕はいつもこれ食べているけど、おいしいよ」

「……そ、そうか。んで、これ何味?」

「カオティック・ミラージュ味」

「何味なの!?」

「レア度高いんだよ、それ」


 何やらヤマダは銀次に謎の食料を渡されていた。銀次の言う「この間」とは、例の「金曜日にアッパッパー」の事で、銀次はとばっちりを受けたヤマダに詫びをしているつもりなのだが、そもそもヤマダは主に銀次関連で様々な不利益を被っているので、いつの事で詫びているのか解らないヤマダであった。……と言うか、この様な訳の解らない食い物を渡されて、本当に詫びをされているのかも解らないヤマダであった。ちなみに銀次は至って真剣である。



「いやー食った。食った。おろ?美木谷、そのミートボール食わないの?食っていい?」

「拒否する」

「あ、遠藤さん。私のから揚げ、食べる?今日のは自信作なんだけど……」

「お、マジ!?サンキュー大屋!どこかの冷血女とは大違いだね!……美味いっ!」

「誰が冷血女か……大屋、私にも頂戴」

「うん、いいよ」

「しっかし大屋もマメだね~。毎日自分の弁当を作ってくるなんて」

「う、うん……料理は趣味だから」

「おおー。良いお嫁さんになるよー、大屋は。どれ。胸を……」

「ふぇっ!?」

「やめんか」



 自由奔放、痴女の遠藤。クールな美木谷。少々引っ込み思案の大屋。性格がそれぞれバラバラの三人であったが、意外なことに仲が良く、こうして一緒に昼食を食べる程であった。そして遠藤が大屋にセクシャルハラスメントを仕掛けるのも、仕様であった。それを美木谷が止めるのも、今や様式美みたいなものである。委員長曰く、「遠藤さんをセクハラで訴えたら、賠償金で家が建てられる」らしい。自重と言う言葉は彼女の辞書には無いのだ。そして自嘲もしない。呆れるほどにポジティブな輩である。






「……」

「ん、銀次どうした?大屋の方を見て」

「……いや、何でもないよ……」

「……っ!」


 

 ヤマダはゾクッと、何か背中に冷たいものを入られた様なそんな悪寒を感じた。これだけ、たったこれだけの会話で、だ。何か思わせぶりな事を言った訳ではないし、おかしな行動を取った訳でもない。銀次はただ大屋を、いや、大屋の居る方向を見ていただけである。これだけでヤマダは、銀次に対し何か得体の知れない恐怖感を感じたのだ。一瞬、そう一瞬だけ、銀次の表情がまるで能面の様な、人間味を感じさせない冷たい顔になったのをヤマダは見逃さなかった。だが、あっと言う間に、いつもの眠そうな顔に戻る銀次。ヤマダは、見間違いかな、と思う事にした。


 分かっている。


 本当は、間違いなく一瞬だけ銀次が冷たい顔になったのは、流石のヤマダにも分かっているのだ。ただ、この馬鹿馬鹿しいクラスにおいて、一番馬鹿馬鹿しい事をしている銀次がたとえ一瞬でも、そんな顔をした理由がヤマダには理解出来なかったのだ。失恋をしたのなら、悲しい表情をすればいい。なんなら相手を憎む、なんて言うのも選択肢の一つだ。大屋に川原での出来事を見られた事を気にしているのならば、恥ずかしそうにすればいい。どちらにしても、何らかの感情を出せばいいのだ。だが、あの顔は。今までは、何事も無かった様に普通の表情をしていたのに、とたんに、あの人形の様な、感情をゼロにした様なあんな顔をする理由は……ヤマダには解らなかった。


 ……解らない事は知らん振りをするに限る。結局、ヤマダはそうすることにした。


 この事は、無かった事に。 


「……下手に突っ込んで、また委員長にアレな制裁を受けるのも、な……」

「んあ?何か言った?ヤマダ君」

「い、いや、何でもない」






 


 そんなこんなで放課後である。昼休みが終わった後の午後の授業なんて、学生からして見れば最早一日のオマケでしかないのだ。無論、特筆すべき事なんて何もない。


「さーてと、帰るかな」

「お、帰りか、銀」

「うん。何もすることないしね。ヒロは?今日バイト?」

「いんや、今日は無い。もう少ししたら帰るよ」


 またいつもと同じように、さっさと帰る準備をする銀次。だが、その一挙手一投足をラス全員に見られているとは、気付けなかった。クラスが注目している理由は、銀次が帰らないと第二回フジコンが開けないからである。


「ふーん。じゃあ、またあし……っ!?」

「ん?どうした?」

「……いや、何でもない」

「……少し顔色悪いぞ?」



 帰りの挨拶をしようとした銀次であったが、何故か突然その顔色を変えてしまった。

 

 そう言えば、とクラスメイト達はある事を思い出した。


 彼は金曜に雨に打たれまくっていたらしい。そして、びしょ濡れになった体。


 もしかしたら、具合が悪いのだろうか?クラスメイト達はそう思ったのだが、先程まではピンピンしていたのに急に風邪を引いた、と言うのは考えづらい。


「おいおい。大丈夫かよ」

「風邪か?」

「寒気とかするか?」


 口々に心配するクラスメイト達。なんだかんだ言って、彼らは銀次の事が心配なのだ。


「いや、寒気はしないよ。……今は、ね」

「……何だか意味深だな」

「あはは、まぁ風邪じゃないよ。大丈夫」


「……そうか。でも馬鹿は風邪を引かないって言うしな」

「馬鹿扱いしないでよ。まぁ僕は馬鹿だけど」

「だけど藤原が風邪引くぐらいなら、遠藤辺りもやばいんじゃない?」

「ちょっ、酷くない!?」

「僕は個人的に遠藤さんと同列には扱われたくないなぁ」

「藤原まで!……酷い、酷いよ!美木谷、慰めて!」

「藤原君、とりあえずお大事に」

「ああ、ありがと。でも何ともないから」

「スルー!?」


 その後、大屋に慰めを求めた遠藤は、勿論大屋にセクハラを働くのだが、それはまぁどうでもいい。



「よ、よくないよ!だ、誰か……助け……ひうっ!……」




 大屋は犠牲になったのだ。









「えー、では、第二回、藤原銀次の今後会議を始めたいと思います」


 なんやかんやあって、颯爽と帰って行った銀次。その後に、委員長の号令によって始まった第二回フジコン。今回の主なテーマは「今後、私達はどう動くか」である。



「まぁ結局、苦羅威死巣と苦露弐駆琉の情報は正しかったみたいだな」

「でも、喜べはしないな」

「俺たちが、『銀次が山岸の事を好いている』というのを外部、特にあいつらに漏れないようにしていたのに、あいつらは赤宮を容認した訳だからな」

「良くもまぁあんな過激な組織が見逃したもんだ」

「赤宮だからだろ」

「それに、好意を寄せているのは山岸の方だからな」

「でも相手が銀次だったらこうは行かなかったろうな」

「但しイケメンに限る。ってやつだな」


「さて、俺たちは今後どうするべきだ?」

「どうするって……どうしよう?」

「『積極的に行かない藤原君を陰から見守ろう』が私達のコンセプトだったもんね」

「積極的に行かなかったのがこの有様だよ!」

「まぁ過ぎた事はどうしようもあるまい」

「んだな。……赤宮は山岸の事をどう思っているんだ?」

「さぁ?その情報はイマイチ入って来ないな」

「とりあえず、彼女はいないらしい」

「でも、めっちゃ告られてるらしいぜ、老若男女に」

「……男にも、か?」

「男にも、だ」

「逆にちょっと可哀そうに思えて来た」

「でも、全部断っているんだろ、あいつ」

「ああ、それこそ老若男女問わず、だ」

「……まぁ男は当然として」

「勿体ないな……」

「イケメンだからな。何をしても許される」

「俺は許せないがな」

「恋愛には興味ない、とか思ってんのかな」

「断る理由は『俺は他にやることがある。君の気持ちには答えられない』って事らしいぜ」

「やだカッコいい……」

「もうアタシ、ダダ濡れなんだけど」

「頼むから黙ってよ……マジで」

「おっと、美木谷がツッコミ疲れだ」

「み、美木谷さん……頑張って!」



「……これは、チャンスかもしれないな」



 クラスメイトが果てしなく脱線する中、一人、意味深な事を呟くヒロ。彼は先ほどから顎に手を当てながら何やら考えていたらしいのだが、どうやらその考えが纏まったらしい。


「ん?ヒロ、どういうことだ?美木谷がツッコミ疲れした事がチャンスなのか?」

「違ぇよ。……赤宮が山岸の事をどう思っているかは解らないが、少なくとも、今まで赤宮は告白されても全部断っている訳だ」

「『他にやることがある』とか言う訳分からん理由でな」

「ってことは、だ。……龍が赤宮に告白しても、赤宮は断るんじゃないか……?」

「ナルホドでござる……」

「……確かにそうかも知れねぇな……」

「しかし、あんな可愛い子の告白、断るか?普通」

「俺なら断らない。でも、山岸は性格と腕っ節がな……」

「キツイとか強いとか、そういう次元じゃないもんな」

「コンクリートを粉々に出来るらしいぜ」

「マジでか」

「マジでだ」

「ぶっちゃけなんで藤原があそこまで山岸に入れ込んでいるのも良く解らんしな」

「ふっ、男なんて可愛くて穴があればなんでもいいのよ」

「ヒュー、流石遠藤。絶好調過ぎるぜー」



「まぁ、そこの馬鹿はもう無視するわ……ヒロ君、仮に山岸さんの告白を赤宮君が断ったとして……何がチャンスなの?」


 もういい加減にツッコミが面倒になった美木谷が、ヒロに尋ねる。ちなみに、先ほどの『穴があればなんでもいいのよ』発言をした、絶好調痴女の遠藤の腕の中には大屋がスッポリと収まっている。無論、たまに手を動かして胸を揉むのも忘れない。大屋はやっぱり顔を真っ赤にして「あうあう」と言っている。しかし、碌に抵抗はしていない。……彼女も諦めているようだ。



「龍は今まで色恋沙汰の経験は無いはず。つまり、これがあいつの初恋だ。もし、龍が振られたら、それはもう落ち込むだろ」


「お、成程。要はその傷心気味の所に付け込む、って事か?」


「そう言う事だ。なんだかんだで、同年代の中で銀は龍と近い関係にある。そこで、銀が優しくして、なおかつ積極的にアプローチを掛ければ……」


「フォーリン・ラヴも夢じゃない!……かもしれない」


「でも、そう上手く行く?だいたい、藤原君にそんな積極性があるとは思えないんだけど」



 確かに説得力のある意見ではあったが、中々納得の出来ない委員長。希望的観測が多いし、何より銀次の爆発的なヘタレさを彼女たちは知っているからである。


「まぁ、結構運任せも多いけどな。銀については、アレだ。そこは俺達がハッパをかけるんだよ。今まで俺たちは陰から見守って来たけど、もういいだろ。全面的にバックアップするべきだ。そうなったら、いくらチキンの銀でも、腹括るだろ」


「……そうね。とりあえずはそれしかないわね。じゃあ、今後の私達の動きは、苦露弐駆琉や苦羅威死巣と同じ様に、『待ち』ってことでいいのね」


「そうだな。それで、龍が何らかのアクションを取ったら動けばいい」


「でもさ、あの二人が付き合う、ってこともあり得るじゃん。そしたらどうすんの?」

「ヤマダェ……」

「お前折角議論が纏まりかけたのに、水を差すなよ」

「ホント、期待を裏切らないね」

「ヤマダ君……」

「ひっ!?委員長、それは止め……ぎゃおすっ!?」



「……ま、もしそうなったら、そんときはそんときだろ。俺らも銀も諦めるしかない」

「……出来れば、あいつの恋が実ってくれればいいけどな……」

「……そうだな」

「……そうね」

「……」

「……」

「……」


 何となくしんみりした空気になるC組。やはり物語はハッピーエンドに限る。どんな苦労を経ても、どんな悲しい目にあっても、例えその想いが届かなくても。一途な心を持っている件の少年には、幸せになって欲しい。それが、一年C組の総意なのだ。




「まぁ、もしそうなったら、私が藤原の筆おろしをしちゃる」


 と、そんな空気をぶち壊す馬鹿が1名。言わずもがな、遠藤である。


「お前はまた……」

「筆おろしって……だいたいお前も処女じゃん」

「しょしょしょ処女ちゃうわっ!」

「はいはい。処女乙」


 と、こんな感じで結局グダグダに終わった第二回フジコン。まぁ彼ららしいと言えばらしいが。用は済んだので散り散りになり帰宅する彼ら。ちなみに第三回以降は、龍華、赤宮、銀次の内、誰か、もしくは苦羅威死巣か苦露弐駆琉が何らかの動きを見せたら開く、という風になった。






 









 さて、いつまでも、どうしようも無く廻り続けているこの世界は、時折、理不尽な動きを見せる。それはどこまでも運命的で、情け容赦ない物だ。それがプラスかマイナスかは、誰にも、解らない。


 ――加速する世界。それは、ある少女に『運命』を齎す。



『ハイハーイ!そこのお嬢ちゃーん。オイラと一緒に、世界を感動させちまおーぜ!ひゃっひゃっひゃ!』


「……ふ、ふ。ふふふフライパン、が……しゃ、しゃ喋っ、た……?」


『おーおー、いいねー、そのリアクション。さーて、あなたのお名前なんてーの?』



「……お、大屋久美……」






 

 



 それよりも少し、時は遡る。ここにも、『運命』がまた一つ。



『クハハ!最高に最高で最高だ!アンタなら俺を最高に使えるだろ!こんな世界、最高に貫いちまえ!』



「これがあれば……兄さんにも!」


『クハハ!お、誰か倒したい奴でもいんのかい?よーし、じゃあまずアンタの名前を聞かせて貰おうじゃないか!最高な俺を使う最高なアンタは、何て名前だい?』




「……藤原、珊瑚!」



 ――世界は、止まらない。




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