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閑話、その二:とある事象のクラスター・ハイ

「皆、おはよー」


 どこか気の抜けた声と共に教室に入ってきたのは、このクラスにおいて(ある意味)一番影響力を持っている男、藤原銀次である。


「お、銀か。おは……!?」


 会議が終わり、結局いつも通りの時間にやって来た銀次に、ヒロが挨拶を返す。だが、そこで彼は何かに驚いたように言葉に詰まってしまった。クラス中が思わず銀次に注目する。




 眠そうな顔に、死んだ目。まぁいつも通りである。しかし、


「ふ、藤原……?」

「か、髪が……」

「なん……だと……?」




『金髪になってるー!?』


 クラス全員の綺麗なハモりであった。こんなところでも無駄にチームワークの良い彼らである。



 茶色だった髪はすっかり金色に染め上げられており、かつての「青春映画に出て来そうなやられ役の不良B」から、「主人公にちょっかいを出す頭の悪いヤンキ―役A」にランクアップだ。……ランクダウンかもしれないが。ちなみに、髪の毛が金色だからと言って、別に逆立ってはいない。穏やかな心を持ちながら、激しい怒りを経て金髪になった訳ではないのだ。勿論、銀次は戦闘民族ではない。


「な、なに?そこまで驚かなくてもいいじゃない」


 銀次があまりにもクラスメイトが注目し驚愕しているこの状況を見て、若干の困惑の呈を見せた。本人基準で見れば、彼はどこにでも溢れている極平凡な少年であったから、親しい何人かはともかく、大した有名人ではない(と思っている)自分に対し、クラス全員にそこまでのオーバーリアクションを取られるとは、予想外であった。


「な、何があったでござるか?ギンジ」

「いや、ちょっと気晴らしって言うか、イメチェンでね。ど、どう?似合っている?」



 と、些かはにかんだ顔で問う銀次。だが、クラスメイト達は、そんな髪型が似合っているとか、どうとか、そんな物よりも重要な事に気付いた。それは先ほどの銀次の台詞。



 気晴らし。

 イメチェン。





 そもそも、彼らC組が何故「藤原銀次の意中の女生徒が、他の男子生徒を好いている」と言うニュースをいち早く知れたのか。それは、山岸龍華公認ファンクラブ、「苦羅威死巣」と「苦露弐駆琉」の所為である。彼ら及び彼女らは総勢600人超。C組にはそれらの構成員は居ないが、龍華の所属クラスのB組には、若干名存在している。そして、その構成員達は、龍華の微妙な変化に、勿論気付いていた。「赤宮焔を目で追っている」、と言う事に。しかも、目があったら顔を赤くし背ける。そんな龍華が赤宮が所属している生徒会に入る。しかも、姉から散々勧誘されていたのを断り続けていたのに、だ。両ファンクラブはこの事実に対し、上へ下への大騒ぎを演じ、緊急会議も開かれた。当初は「赤宮許すまじ」と過激な意見も出たが……


「……他の男ならともかく、赤宮なら許せるんじゃないか」

「……確かにアイツなら釣り合うかも」

「むしろアイツ以外に龍華さんと釣り合う様な奴は……」

「それに今まで私たちがシメて来た奴らって、一方的な片思いだったでしょ?」

「今回は龍華さんが赤宮に惚れている……かもしれない」

「いやあれは決定的だぜ。恋する乙女の顔だな。ありゃ」

「それを無理やり引き裂くってのもな」

「んじゃ、どーんすんのよ」

「……応援、とまでは行かなくても、見守るぐらいはした方がいいんじゃないか」

「そだな。正直癪だけど、あの二人が横に並ぶと絵になってる気がする」

「美男美女のカップルでな」

「まぁ、龍華さんを泣かしたり、傷物にしてくれた暁には……」

「そりゃ私達名物、600人フルボッコ劇場でしょ」

「……決まりだな」


 とまぁこのような会議を経て、両ファンクラブは「とりあえず見守ろう」と言う、彼ららしくない無難な結果を出したのであった。無論この事に対し、緘口令を布いた彼らではあったが、火のない所に煙は立たずと言うか、人の口に戸は立てられないと言うべきか、この事は、あっさりとC組連中に知られてしまったのであった。



 しかし、C組の連中も、その情報を素直に鵜呑みに出来なかったのである。情報が構成員の主観を多量に孕んでいて、肝心の龍華本人の気持ちが分からずじまいであるし、何より銀次が不憫過ぎるからだ。が、朝の会議でのヒロの仮説である「金曜の銀次がアッパッパーからゾンビになった理由」と合わせて、前述の銀次の台詞がC組にとっての決定打になった。

 

 銀次は元々、染色をして茶髪であるが、寝癖がついたまま登校してくるなど、あまりファッションに気を使っている様には見えない。なんなら、制服が無い、と言うのを利用して寝巻のまま学校に来る事もある。そんな彼がイメチェン?キャラじゃない。


 ――昔からよくある事だが、失恋した女の子は髪を切る、と言う。もしかしたら似たような意味で彼は金髪にしたのだろうか。


 そして『気晴らし』。気晴らし、と言う事は、気を晴らさなければいけない事があって、つまりそれは……



 クラスメイト達による一瞬のアイキャッチ。この時点で、彼らは銀次に言うべきことと、やるべきことを完璧に把握していた。ここで行うべきことは、ある程度いつも通りに対応することである。適度に茶化し、その上で様子を見る、と言うことだ。


「な、なんだよー。金髪って。ビックリしたなー。もー」

「ギャハハハハ、似合わねー」

「どんなイメチェンだよー」

「そうそう、そういう派手な髪色はイケメンに限るんだぜ」

(あ、馬鹿、ヤマダ!)



 と、ここでヤマダがうっかり失言をしてしまう。


 派手な髪色。

 イケメン。


 否が応にも赤宮を意識してしまうキーワードであった。もし、これが赤髪を持つ赤宮への対抗心から来るものであったら……それこそ彼を傷つけてしまうであろう。あ、委員長がチェーンソーに手を掛けた。


「いいだろー別に。それにイケメンになったって評判なんだぜ。僕の中で」


 しかし、彼はどこまでも普通の彼だった。地雷を踏んだか、と一瞬緊張に包まれたクラスであったが、どうやら杞憂であったようだ。ついでに、命拾いをしたヤマダであった。ホッとするクラスとヤマダ。だがチェーンソーから手を離さない委員長。恐らく彼は制裁を受けるであろう。今すぐ。あ、ヤマダが委員長に教室の端に連れて行かれた。アーメン。


「お前の中でかよ」

「そりゃ評判いいわな」

「安心しろ。顔は変わってない」

「マックスにいつも通りだぞ」

「鏡見たか?」

「いや、『自宅の鏡だとイケメンに見える法則』を使ったんだろ」

「だれか鏡持ってない?」

「ほい」

「Niceでこざる。カワダ」

「どうだ、何か変わってるか?」

「この鏡壊れてるよ河田さん。なんか目の死んだ奴が映っているんだけど」

「河田良かったな。いい鏡持ってるじゃないか」

「でしょー。高かったんだ。それ」

「みんな酷くない?」

『あはははははは』



「ってか金髪って、大丈夫か?校則」

「ウチの校則ってあってないようなモンでしょ」

「轟や遠藤も金髪だしな」

「そういやそうだな」

「性癖が色々おかしい轟に、痴女の遠藤。それに目が死んでる銀次か」

「何という豪華メンツ」

「金髪には碌な奴がいないな」

「アタシ男だけど、なんか乏しめられると下腹部が疼く」

「アタシ女だけど、アタシも上に同じ」

「僕男だけど、正直この人達と一緒にされたくない」

「なんだーい。藤原ー。この遠藤様と一緒だぜい?光栄に思えよー。胸揉むぞ。大屋の」

「え。え。えっ、ええっ?わ、私?な、なんで?」

「んー。気分」

「ゴメン、大屋さん。ここは一つ犠牲になってくれない?」

「ふ、藤原君!?あうっ……やっ……やめてっ……!?……んんっ」


 

 犠牲も何も、そもそも一切悪い事はしていない大屋である。このクラスで一番遠藤の被害が多いのは彼女であった。性的な意味で。



「また絶好調だな、あいつ」

「美木谷ー。任せたー」

「任された。てい」

「あいたっ」

「めでたし、めでたしってか」

「でも、金髪三人かー。なんか目がチカチカするな」

「ちょうどいい。三人並んでみろよ」



 何がちょうどいいのか分からないが、とりあえず並んでみる、轟、遠藤、銀次。なにやら三人で肩を組み、ピースやらポーズやらを取っている。なんやかんや言いながらも、まんざらでもない銀次であった。そしてその写メを取るクラスメイト。


 

 『金髪三兄妹参上!』

 ユニット名も決まった様だ。この間一分。



「ノリ良すぎでしょ……」

「これがウチのクラスだ。参ったか」

「いや、あたしもこのクラスだし」

「それはそうと、いっそ銀髪にすれば良かったのにな」

「名前と合わせてか」

「僕もそうしようと思ったんだけどさー。銀色って流石に派手すぎるでしょ。」



 何気なくそう答える銀次。少なくとも表向きは元気そうではある。会議時、大屋が言っていた「川原で銀次大笑いの巻き」の時も彼は気晴らしで笑っていたらしい。そして未練を断ち切る為か、突然の頭髪の染色。とりあえず、実らない恋を悲観して自殺、なんて方法はとらないようだ。クラスメイト達はそう結論づけた。無論、アイキャッチで。


「おはよう、朝のホームルームだ。席に着け。……む、藤原。その髪はどうした」

「朝起きたらこうなってました」

「そうか。なら仕方ないな」



 クラス担任の踝鉄心に、明らかな嘘を吐く銀次。そしてそれをあっさり通す教師。鉄心教諭は授業の妨害や邪魔な生徒には愛の鞭を容赦なく振り下ろすが、それ以外なら割と寛容であった。


 

「それではホームルームを始める」




 また、一日が始まる。日々を楽しく生きるのが人生の目的と言ってもいい高校生達にとっては、長いようで短い、そんな日が。


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