第一話:廻る話
ジリリリリリリリリリリリリリ……
と些かステレオタイプな目覚まし時計が僕を起こそうと甲高い産声を上げる。
中学生から今まで変わらず同じ時間に産まれるその鳴き声は最早僕の相棒のようなものだ。
リリリリリリリ……ッリン!
「フッ、その様なもので僕の安眠を妨害しようなんて百年早いわ」
が、とりあえず僕はその相棒の息の根を止めてマイスイートであるベッドに潜り込んだ。
御免よキャシー(時計の名前)、君の気持には答えられない。僕はナンシー(ベッドの名前)を愛しているんだ。ナンシーとは高校からの付き合いだけど、僕は彼女を愛しているんだ。必要なのは時間じゃない!愛の深さなんだ!だから御免、キャシー。そしてお休み。そのうち誰か君を愛してくれる人が見つかるさ……
ドバンッグラッシャン!
「あんたが三十分遅い!」
と、僕の部屋のドアを明らかに必要以上の力で開け……いやあれは蹴破るって表現した方がいいな。ということでドアを蹴破って部屋に入ってきたのはマイマザー。
あーあー、そんな扱いをしたらドアが壊れるでしょ。やれやれ困った人だ……。幸い僕の部屋のドアはなんとか一命を取り留めてはいるが、それも時間の問題だろう。
まったく、誰が修理すると思っているんだか。
「あ・ん・た・が!いつまでたっても起きないからでしょ!今何時だと思ってんの!?
あといつもドアを直しているのはお父さんでしょ!最近家のものが壊れ過ぎてお父さんそこらの大工より修理が巧くなっているんだから!定年後もこれで仕事に困らないわね!ってやかましいわ!」
おお、ノリツッコミ。朝から元気だね。それと僕は家のものを壊したことは無いよ?
大抵の原因はマイシスターとマイブラザーのハイパー☆ドS大戦じゃないか。
そこで僕はチラリとキャシーを見る。なんだ。まだ余裕じゃない。これくらい僕の超健脚を駆使すれば遅刻なんてあり得ない。それにいざとなったら……
「ジーちゃんを使えば造作もないさ」
ジーちゃんとは僕の祖父でマッハ8で走る近未来型ウルトラサイボーグである。
もちろん嘘だ。
「バイクで通学したら退学じゃボケエエエ!」
いや、あの高校はなんのかんので甘いから注意ぐらいで済むでしょ。悪くても停学。
ちなみにジーちゃんとはYAMAHAのバイク、FZX250:ジールの愛称だ。僕の正妻である。ナンシーはどうしたのかって?彼女は愛人。つまり二号さん。キャシーはそんな僕に好意を抱いているけど、僕には三人を愛する甲斐性は無いから彼女には泣いてもらうことにする。毎朝同じ時間に。
おっこれは上手い。ヤマダくーん、座布団あるだけ持ってきて。
「くだらないこと言ってないで早く着替えてご飯たべなさ……って早ッ!」
マイマザーが僕に催促をするが、……遅い、そんなんじゃ遅いよ。この世の中速さ早さ疾さが全てなのさ(ん?起きるのが遅いって?睡眠は別腹さ)
そう!マイマザーが部屋に突入してから僕が脳内で愛と憎しみの劇場を繰り広げている間に着替えは完了しているのさ。
まぁ私服だから早いのは当然だけど。本当、制服がない高校で良かった。この高校を選んで正解だった。家からも近いし。理由はそれだけじゃないんだけどね。
ちなみに今の僕は携帯食料、カロリーめぇ~いとを口にいれている。山羊のマークが目印さ。
ぶっちゃけマイマザーの作るご飯は美味しくない。つーか不味い。っていうか『甘い』。夜ご飯は強制的に食卓に着かされるけど、朝ぐらいはお断りしたい。そんな訳で僕の朝食は携帯食料。マイマザーはなんとか僕に朝食を食べさせようとするけど、時間がない、という建前でお断りしている。ちなみに僕以外の家族は毎朝あの朝食(笑)を腹に入れているらしい。合唱。
「そんじゃ、行ってきます」
カロリーめェ~いと・ギャラクシーオメガスター味を即効で完食した僕は鞄を掴んで颯爽と部屋から出る。僕の超絶!早着替え&早食いに茫然としているマイマザーを尻目に、階段を下りて玄関を開けた。六月の中旬だというのに天気は快晴。まるで僕の心のように清らかだ。
「さーて、いっちょ行きますか!」
と気合を入れ僕は走り出す。そうまだまだ僕の道は続いている。だって僕は駈け出したばかりなのだから。この果てしない通学路をよ…
まぁご愛読ありがとうございました的な展開はあるはずもなく、また果てしない通学路なんてものも存在しない。
という訳であっ!という間に校門前。流石僕、ジーちゃんを使わなくともなんともないぜ。通学に使う気もないけど。高校生活二ヶ月目で問題を起こすのは不味い。しかも原因は「遅刻しそうだったから」多分僕はそのあと「反省も後悔してない、あ、でも航海はしたい。先生、ちょっと海賊になってきます」と言うだろう。そして担任にゴッドハンドを食らう。うん、見事な流れだ。
「何を朝っぱらからブツブツ言っているんだ、テメェは」
僕はその声を聞いた瞬間ドキッとした。と言ってもなにも相手がカツアゲ上等の不良少年、という事じゃない。むしろこちらからお金を差し上げたい。財布の中には七百六十円しか入ってないけど。
それはともかく、なぜならこの明らかに柄の悪そうな声の持ち主は……
「おはよう、龍華」
「ああ、おはよ」
僕が、恋焦がれている、幼馴染の、山岸龍華だったからだ。