06. 能力を手に入れた
ぼんやりと目を開けると、まず天蓋が目に入った。
明るく眩しい朝。聞こえてくる鳥たちのさえずり。
ああ、今日も生きて目覚めることができた。
今も昔も、眠るのは怖い。
そのまま目が覚めず死ぬのではないかと不安になるから。
昔は、病気のため。今は、借り物の体だから。
体を起こして周囲を見回す。いまだに慣れない部屋。
まさか自分が異世界に来るなんて思ってもみなかった。これは病院で死にかけている自分が見ている夢なんじゃないかって疑うこともある。
でも、夢というには何もかもがリアルすぎる。
ベッドの横にある靴を履いて立ち上がる。ふらつかないし、動悸や息切れもない。うれしいなあ。
時計を見ると、まだ早朝。朝食までは時間があった。暇つぶしにスマホでもあればと思うけど、あいにくそんなものはない。
せっかく健康になったんだしちょっと散歩でもしてみようかなと、そっと部屋を出る。
早朝のひんやりとした空気が心地いい。
そのまま上機嫌で廊下を歩いて曲がり角まできたところで、女性たちの声が聞こえて足を止めた。
「聖女様が目覚めちゃったから、また大変になるわね」
うわっ、私の話をしてる。
声は角を曲がった先から聞こえる。誰だろう。
「そうよね。今度は誰が専属メイドになるのかしら。私は絶対に嫌だわ」
「もちろん私もよ。でも以前の専属は聖女様に鞭打ちされて逃げ出しちゃったし……」
オ、オリヴィア……鞭打ちって……。
「新人にでも押しつけちゃう? あの子おとなしそうだし」
「それいいわね」
「もう、ずっと目覚めなければよかったのに!」
「まったくだわ。まだ女神様のお傍にいらっしゃればよかったのよ!」
二人の笑い声が聞こえる。
あー、めちゃくちゃ嫌われてるなーっと。私じゃなくオリヴィアが、とはいえ落ち込むわ。
いったい何をしたらこんなに嫌われるの。って、鞭打ちか……。
メイドさんたちも、せめてどこかの部屋の中で悪口大会をしてくれればいいのに。私が本当のオリヴィアならただじゃすまないはず。
小さなため息が漏れる。
このままここにいて彼女たちと鉢合わせしてしまったら、「自分の悪口を聞いてしまったオリヴィア」を演じなければならない。そんな自信はないので、私は静かにその場を去った。
部屋に戻って、しょんぼりとベッドに腰掛ける。
このままだと永遠に落ち込みそうなので、なんとか気分を変えようと別のことを考えることにした。
別のこと、別のこと……。何か没頭して考えられそうなこと。
アルストリア王国、憑依の謎、オリヴィア、ルシアン……。
――銀髪にアイスブルーの瞳の、大神官ルシアン。
やっぱり、この名前と髪と瞳の色に覚えがある気がする。でも、どこでその情報に触れたのか思い出せない。
あの美しすぎる彼の顔を見ても、「あ、見たことがある人だ」という感じにはならなかったし、一度聴いたら忘れられなさそうなあのイイ声にも覚えがない。
でも「ルシアン」を知っている気がする。
異世界に知り合いなんているはずがないんだけど。ましてや、あんな二次元にしか存在しなそうな男性なんて。
……二次元。もしかして二次元のキャラだったりする?
魔法やら聖女やら、いかにもファンタジーな世界だし。
ってことは私、異世界漫画や小説、乙女ゲームのキャラに憑依しちゃった系?
あるある、そういうストーリー。小説の中の〇〇に憑依してしまいました! みたいな。
誰かが作ったストーリーに入り込むなんて、ありえるのかなぁって感じだけど……。
ゲームか漫画か小説だったと仮定して。
どれだっけ、聖女オリヴィアや大神官ルシアンが出てくるの。
体が弱くてとにかくインドア、それ系の漫画や小説を読み漁ってゲームも片っ端からやったから、候補が多すぎてどれだったか思い出せない。
神殿が出てくる話といえば――。
とそこでノックの音が聞こえて思考が途切れる。
「どうぞ」
あ、しまった、ここは「入りなさい」だった。
「失礼いたします」
入ってきたのは、栗色の髪と瞳の優しそうなメイドだった。さっきのメイドたちとは違う声のようでほっとする。
えーと、名前……は知らないや。当たり前か。
そう思った瞬間、彼女の横に突如、ゲームウィンドウのような四角い青いモノが浮き上がった。
え、何これ。
白い文字でそこに書かれていたのは。
名前:メイ
年齢:二十一歳
職業:聖女付きメイド
性格:良い
……うん?
「おはようございます、聖女様。本日から聖女様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました、メイと申します。未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
ウィンドウのようなものに見えた名前と同じだ。年齢もにたしかに二十一歳くらいに見える。
ってことは、名前と年齢と職業と性格がわかる能力を手に入れたってこと?
オリヴィアのふりをするために役に立ちそう。やったぁ!
ウィンドウが見えるのは、この体が聖女だからなのか、ここが架空の世界だからなのか。
なんだかゲームっぽいなー。ってことは、やっぱり乙女ゲームかな。
ひとまずそれはおいといて。
「よろしくね、メイ」
そう言うと、彼女が目を見開く。
「私のような者にそのようにお声をかけていただけるとは……! 恐れ多いことでございます、ありがとうございます!」
感動されてしまった。オリヴィアっぽくなかったか……。
メイに身支度を手伝ってもらい、朝食の場へと向かう。
廊下に立っている騎士もちらりと見てみたけど、やっぱり名前や職業:聖騎士といった文字が見えた。性格は普通が多いらしい。
昨日と同じ部屋に行くと、すでにルシアンが座っていた。
彼の横にもウィンドウが見える。
名前:ルシアン
年齢:二十四歳
職業:中央神殿大神官
性格:悪い
「プッ」
思わず吹き出す。
「……何か?」
「あ、いえ、なんでも……」
これはちょっと楽しい。
これ以上ニヤニヤしてると彼に探られそうなので、やめた。
まだこの能力を彼に言うつもりはない。まずはここが本当にゲームの世界なのか確かめてから。
いろいろ強引に話を進められているんだから、これくらいは許されるよね?
美味しい朝食を終え、部屋に戻ってふと考える。
もしかして……鏡を見たら、私についてもウィンドウが見えるのでは!?
ドキドキしながら部屋にある鏡に近づいて、目をこらす。
鏡にウィンドウが映った。
性格……「良い」でありますように!
名前:桜井織江/オリヴィア
職業:聖女
年齢:十九歳
性格:小心者
「……」
いや性格。
他の人は良いか悪いか普通しかなかったのに、なんで私だけ小心者なの。




