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番外編 大神官ルシアン(1)

ルシアン視点の番外編

主人公から見たルシアンのイメージを大切にしたい方はご注意下さい

(ルシアンの裏の顔などが出てくるわけではないです)


 攻撃魔法を浴びて倒れ込んだ魔獣の首に、聖力をまとわせた剣を突き刺す。

 獅子に似たその魔獣は痙攣して、やがて動かなくなった。

 引き抜いた剣から、ポタポタと赤黒い血が垂れる。それを一振りして鞘に収めた。


「お疲れ、ルシアン。今日もすごかったな」


 共に戦っていた聖騎士が声をかけてくる。


「お疲れ様でした」


 そう返して、一人で砦に向かって歩き出す。

 声をかけてきた聖騎士は気のいい男だが、聖騎士団の中には私を苦々しく思っている者も多いので極力かかわらないようにしている。

 聖騎士たちが集合している間に、さっさと砦の中に入った。

 そこからつないであった馬に乗って、辺境の神殿へと向かう。


 血に飢えた神官。


 陰でそんな馬鹿げた呼び方をされているのは知っている。

 普段は神殿で神官として勤め、出現した魔獣が多いときは神殿近くの砦へと赴き、そこに常駐する聖騎士たちの手助けをして魔獣をほふる。

 そんな生活を続けてるうちに、私のことが気に入らない人間がそう呼ぶようになった。

 その気に入らない理由というのも、実にくだらない。

 聖騎士でもないのに剣をそこそこ扱うから。聖力が強すぎて不気味だから。神官なのに戦場に出て誰よりも多く魔獣をたおすから。無口で無愛想で、人間味がないから。ああ、女にもてはやされるからとかいうどうでもいいのもあったな。

 だが、人にどう思われようが興味がない。

 ただやるべきことをやるだけだ。


 神殿の自室に戻って血まみれの服を脱ぎ、神官服に着替える。

 ふと目に入る、左手の甲に走る引き攣れたような大きな傷。

 両親をうしなったあの日、魔獣につけられたもの。

 強い聖力に目覚めたため自己治癒能力も飛躍的に上がり、他の傷はきれいに消えたというのに、魔獣の牙で引き裂かれたこの傷だけは中途半端に残った。

 過去を忘れるな、自分の成すべきことを成せとでも言っているかのように。

 そこまで考えて、首を振る。

 もう何度目かもわからない感傷から逃れるかのように、白い手袋で傷を隠した。



 いずれ自分は中央神殿あたりの大神官になるだろうと思っていた。 

 自惚れでもなんでもなく、私よりも優れた神官がいないから。

 だがそれは三十を超えてからになるだろうし、それまでは辺境の神殿で、人々をおびやかす魔獣を倒すことこそが自分の使命だと思っていた。


 だが、聖女が現れたことで状況が一変した。


 私は二十歳にして中央神殿の大神官に任命された。

 辺境から遠く離れた、王都の神殿。魔獣とかかわることはほぼなくなる。

 魔獣退治が好きなわけではない。だが、自分のこの能力が無駄になってしまうような気がした。

 なんとなく釈然としない気持ちを抱えながらも大神殿で任命式を受け、その後謁見の間で聖皇と二人きりになった。


「辺境の神殿での評判は聞き及んでいます。あなたは百年に一度現れるかどうかの逸材だとか」


 四十前後と思しき聖皇が、穏やかな顔に微笑を浮かべて言う。

 私を褒める彼こそ、ここ何代かの中で最も女神の意思に近い聖皇として崇められている。


「……恐れ入ります」


「聖力、聖魔法の精度、感知能力、座学、聖具の鑑定能力。すべて最高評価とは。人とかかわることはあまり好まないようですが、それも悪いことではありません」


 どうせ人格の評価だけ低かったのだろう。

 聖皇が小さく笑う。


「公正さや冷静さ、責任感は高く評価されています。大神官には必要な能力です」


「ありがとうございます」


「……さて。あなたも知っての通り、約五十年ぶりに聖女が現れました」


「はい。……その聖女様が、大神殿に留まることを拒否されたのだとか」


 通常、聖女は大神殿に所属し、主にそこで生活する。

 だが聖女がそれを拒み、中央神殿を希望したらしい。

 すでに中央神殿での生活を始めているようだが、老齢の大神官では聖女を守り導くのは荷が重いということで、急遽私が後任となった。

 

「今回の件、急な話で驚いたことでしょう。ただ、聖女を任せられるのはあなただけだと判断してのことです。私はあなたの能力とその冷静な性格を高く評価しています」


 たしかに、聖女を守り導く立場の者は、聖力が高くなくてはならない。

 中央神殿で働く者すべてに誓約魔法をかけるという荒業をこなさなくてはならないのだから。


「私のような若輩者にそのようなお言葉をかけていただき、感謝の念に堪えません。微力ながら、全力を尽くして聖女様をお守りする所存です」


 中央神殿に引っ込むには早いという気持ちはあるが、仕方がない。

 組織に属している以上は、本意ではないことも受け入れなければならない。


「頼みました。あなたとっては不本意な昇任と異動かもしれませんが、暗黒時代からようやく回復しつつある神殿にとって、聖女は必要不可欠なのです」


「心得ております。不満などあろうはずがありません」


「あなたに期待しています。……ところで、女神様からあなたに宛てた神託が下されています」


「私に、ですか」


「ええ。『空虚なその心を満たす存在が現れるであろう』ということでした。こう言ってはなんですが、このように個人的なことに言及する神託はかなり珍しいのです。その能力といい、あなたは女神様に愛されし特別な神官なのかもしれませんね」


「……恐れ入ります。しかし、心を満たす存在とは……? まさかそれが聖女様だと?」


 聖皇が困ったように笑う。

 そう、個人に下された神託に解釈を加えてはいけないのだった。


「失言でした。今のはお忘れください」


「ええ。では、これからよろしくお願いしますね、ルシアン大神官」


「承知いたしました」


 そうして私は、中央神殿の大神官となった。


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