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41. これからのこと


 前回と同じく大神殿で一泊し、私たちは帰路についた。

 ようやく緊張の糸が緩んだせいだろう、馬車で黙って座っていると、眠くて仕方がない。


「疲れたでしょう。眠っていていいのですよ」


「いえ……中央神殿に帰ってからにします……」


 とはいえ、本当に疲れた。

 偽オリヴィアと対決後、眠りについたのが真夜中。そして早朝に起きて大神殿へ、だもん。

 大神殿では色々ありすぎて気持ちが落ち着かなくてあまり眠れず、今に至る。

 そりゃあ眠くもなるわ……。

 今すぐベッドに倒れこんで泥のように眠りたい。


「いろいろ……ありましたね。この数日間で」


 何か話していないと寝落ちしてしまいそうなので、とりあえずそんなことを言ってみる。


「そうですね。様々なことが、大きく動きました」


「女神様は、最終的にこうなるってわかっていたんでしょうか。私が日本で普通に病死して終了という可能性もあったんですよね。むしろそっちの可能性の方が高かったと思いますけど」


「未来を読む女神ですから、最終的にあの女を封印できるよう、いくつもの運命の分岐の中から最適な道を選んだのでしょう。もしかしたら、直接的にこの世界に力を及ぼしたこともあるのかもしれません。例えば、あなたがニホンに渡って胎内の赤子に憑依したことなど」


「直接的に力を使って大丈夫なものなんですか?」


「神々の基準は私にはわかりません。ですが、何らかの不利益を被ったとしても、あの女を封印したかったのだと思います」


「女神様のご苦労はわかりますが……なんだか女神様に踊らされていた気分です……」


「私も同じですよ。あなたも聖皇も私も、女神が動かす盤上の駒に過ぎなかった。少々腹立たしいですが、結果が良かったのでとりあえず良しとします」


「結果……そうですね」


 体を奪われる以前のオリヴィアの記憶はほとんど戻っていないけど、それでもこれからはオリヴィアとして堂々と生きていける。


「あなたは、これからどうしたいですか?」


「これから、ですか」


 今までは借り物の体、仮の人生と思っていたから、ルシアンの言う通り先のことを考えられなかった。でも、これからは考えてもいいんだ。


「正直なところ……ちょっとゆっくりしたいです。あ、もちろん聖女としてちゃんと頑張るつもりです。でも、ようやく人生のスタートラインに立ったという気持ちなので、まずはこの人生に慣れていきたいんです。先のことを考えるのは、そのあとかなと」


「……なるほど」


 ルシアンが私をじっと見る。

 な、なんだろう。


「たしかに、そうかもしれませんね。ようやく人生を取り戻したところですから、先々のことなど考えられないでしょう」


「はい」


「私もあなたのペースに合わせたいと思います。色々と」


 色々と。

 含みのある言葉が気になって、隣のルシアンに視線を移す。

 彼はにっこりと笑った。

 彼がこうやって笑うのは、何か含みがあるときなんだよね……。


「焦る必要はありませんね、お互いに。時間はたくさんありますから」


「あ、はい。そうですね……?」


 お互いに?


「あなたは今後ずっと神殿にいるわけですし」


「ずっと……?」


「ええ、この先ずっと」


「いつ消え去るかわからないという事態は脱しましたが、聖女として数年頑張ったあとのことは、まだ決めていない、のですが……」


「そうですか」


 にこにことルシアンが笑う。

 こ、こわい……。


「あー、えっと。なんだか私、眠くなってきました」


「そうですか。疲れたでしょうから、遠慮なく眠ってください」


「ありがとうございます」


 必殺寝たふり作戦。

 私は座席に置いてあったクッションを手に取り、馬車の壁と頭の間にそれを挟んで目をつむった。


 ……なんというか。

 彼に言った通り、私はようやく始まったばかり。

 自分の気持ちもよくわからないまま、引き返せないところに足を踏み入れるのは躊躇われる。

 もう少しだけ、自分のペースで歩みたい。

 女神様に思いっきり振り回された後だからというのもあるけど、今度はちゃんと自分で自分の人生を作っていきたい。

 ……それって、わがままなのかな……。

 なんてことを考えているうちに、本当にうつらうつらし始める。

 頭が何度かがくっと揺れる。眠い……。

 ……。

 ふっと、意識が浮上する。

 クッションと頭の間に……ルシアンの手?

 そして、そのまま彼の方にそっと頭を引き寄せられた。


「――!」


 彼にもたれかかった状態になってしまって、眠気が一気に吹き飛ぶ。

 でも、目を開けられない。だって、どう反応していいかわからないから……!

 必死に目をつむっていると、彼の指が私の髪を優しく梳いた。

 緊張で力が入りすぎて体が硬くなっているのに気づいているだろうに、私の寝たふりを指摘することもない。


「あなたの思うように、オリヴィア。あなたのペースでいい。焦る必要はありません」


 囁くような優しい声で彼が言い、あやすように頭を撫でた。

 心臓が爆発しそうなのに、その優しい手を心地よく感じるなんて。


「どのみち、結果は同じですから」


 耳元で聞こえる、かすかに笑いを含んだ低い声。

 それがどういう意味か。

 考えないようにしようとしても、考えてしまう。

 そして、頬に熱が集まっていく。


 ああ……これはもう。

 私は、すでに「引き返せないところ」に足を踏み入れてしまっているのかもしれない。

 

本編完結です

最後までお読みいただきありがとうございます!

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