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31. やりたいこと


 ここのところ眠りが浅い。

 今日も左右に転がったり枕を抱きしめたり布団を跳ねのけたり掛けなおしたりしてようやくうつらうつらしたところで、瞼越しに光を感じてため息をついた。

 例のごとく、チェストの引き出しから青い光が漏れている。

 せっかく眠れそうだったのに、なぜこのタイミング……。


 そういえば、オリヴィアから日記が来るのは久しぶり。

 最初は頻繁だった交換日記も、お互いに間隔があいてきている。

 さて、今回はなんて書いてあるかな。


『ルシアンに何かされたわけではないようで安心したわ。

 でもいろいろと辛いわよね。不安にさせてしまってごめんなさい。

 体調を崩したりはしていないかしら?』


 日記はこれで終わっていた。

 なんだかもう、お互いに何を語ったらいいのかわからない感じになってきてる。

 どう返事をしたものか迷って、今までの日記を読み返してみた。そこでふと気づく。

 ……あれ?

 そういえば、どうしてオリヴィアは……。

 日記を読んだときは動揺していたから、気づかなかったけど。

 うーん……どうしようかな。

 質問する? 下手に刺激しない方がいい?

 でもこれ以上何も引き出せなそうだし、ちょっと突っ込んでみてもいいかも。


『ご心配ありがとうございます。

 私は元気です。

 ところで、ちょっとだけ気になったのですが――』


 私は“気になった点”を書き、日記を閉じた。

 さて、なんて言ってくるかな。



 朝食後の紅茶を飲みながらあくびをかみ殺していると、ルシアンが「気晴らしをしてきてはどうですか?」と提案してきた。


「気晴らし、ですか?」


「ここのところ色々ありましたし、少しの間、聖女ということを忘れて神殿の外で息抜きをしてきてはどうですか。疲れた顔をしています」


「あ、これはちょっと寝不足で……。でも息抜きといっても、何をしていいのか」


「別になんでもいいのです。今したいことでもいいし、以前したかったことでもいい」


 織江だったとき、ってことだよね。


「うーん……友達とデザートの美味しいお店巡りとか?」


 入退院を繰り返していたから、年齢が上がるごとに友達と呼べる人はいなくなった。

 そして今も女友達はいない。もちろん男友達も。

 あっちでもこっちでもぼっち……。


「メイドを連れて行ってくればいいのでは」


「メイは長めの休暇中です。色々あったし、お母様の顔も久しぶりに見たいかなと」


 メイは私にお礼しか言わないけど、死にかけたことは本当に怖かったと思う。

 仲が良いというお母様のもとで少しゆっくりしてほしくて、私から勧めた。


「そういえばそうでしたね。では、他にしたいことは?」


「他に……ですか……」


 暇つぶしに最適なスマホもないしなあ。

 って、そこでスマホが出てくるのが私のダメなところなんだろうなと思う。

 でも案外、やりたいことってぱっと出てこない。


「……小さい頃にやりたかったことでもいいですか?」


「ええ、もちろん」


「笑いませんか?」


「笑いません。どんなことですか?」


「ブランコに、思い切り乗ってみたかったんです……けど……」


 笑われるかな、そもそもブランコなんてこの世界にあるのかな、と思ったけど、ルシアンの表情はいつも通りだった。


「なるほど。他には」


「あとはそうですね、広い野原を思い切り駆けまわったり、水遊びしたり、花冠を作ったり、ハンモックに揺られてお昼寝したり……」


 子供の頃にやりたいと思いつつもかなわなかったことが、すらすら口から出る。

 外遊びするとすぐに熱を出してしまうから、今言ったようなことは子供時代にできなかった。

 お父さんと一緒に公園に行ける妹を、いつもうらやましいと思っていた。体育の授業すら、いつも見学で。

 でも、今は健康だから、思い切り体を動かしてみたい。


「あ、もちろん全部したいっていうわけじゃないんです。どれか一つでも」


「了解しました。神殿の敷地内ですが、森の中に開けた場所があります。そこなら自由に過ごせるでしょう。護衛はアルバートをつけます」


「ありがとうございます。あ……でも、聖女が外で子供みたいにはしゃいではまずいですよね……?」


「……十中八九、アルバートは気づいています。聖女オリヴィアの中にある魂が、以前とは別人のものであると」


「そう、なんですか」


 たしかに何か気づいてるかもしれない、とは思っていたけど。


「気づいていても、彼はそれを追及するような真似はしません。だから好きなように過ごしてください」


「わかりました。あと、ヴィンセントも私を別人だと思っている節があるのですが……」


「替え玉だと思っていたのでしょうね。ただ、あなたはそのヴィンセントの前で聖女の力を証明しましたし、レンや貧民街の件で彼はあなたに感謝しています。敵に回すと厄介ですが、身内には優しく恩のある人間には尽くす男です。彼も余計なことは言わないので心配いりません」


 ルシアンって騎士のこともよく見てるなあ、と思う。

 彼が大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。


「準備ができたら声をかけます。動きやすい服装に着替えていてください」


「わかりました。ルシアンも一緒に息抜きしませんか?」


 彼が微笑を浮かべる。


「誘ってくださってうれしいですが、最近は特に忙しいのです。またの機会に」


「そうですか、残念です」


「……ところで、一つだけ確認ですが、オリヴィア。あなたは、ニホンという国で十六歳まで生きていたのですよね?」


「? はい」


「……」


 ルシアンが口元に手を当てて考え込む。


「何かありましたか? あ、もしかして以前言っていたお話の件ですか?」


「いい加減なことを言えばあなたを深く傷つけてしまうかもしれないので、はっきりしてからお話しします。おそらく、もう少しでわかると思うので」


「……? はい」


 もう、気になって仕方がない。

 一体何なんだろう。


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