12. いよいよ会いに行く
「お前は本当に綺麗な顔してるよな。今、十二歳だったか」
手入れの行き届いていない薄暗い廊下。
男がこちらに向かって歩いてくるたび、床板がぎしぎしと鳴った。
「なぁ、こんな孤児院なんて出たいだろ? 院長の甥である俺が面倒見てやるから……」
男の手が伸びてくる。
いやだ、怖い……!
「ちょっと何してんのさ」
聞こえてきた女の声に、男の手が止まる。
男が小さく舌打ちをした。
「このガキはもうすぐ闇オークションにかけるから値が落ちるようなことはするなって言ってるだろう!? あんたじゃ一生稼げないくらいの金になるんだよ!」
男は何も言わずに去っていく。
女――院長が私を睨みつけた。
「さっさと部屋に入りな! まったく面倒くさい……!」
「はい、院長先生」
言われた通り、部屋に入る。
外側からカギをかけられた。朝までは出られない。
どうして……こうなってしまったんだろう。これからどうなるんだろう。
怖い。お父さん、お母さん……。
***************
瞼越しに感じた光に意識が急浮上し、目を開ける。
目に入ってきたのは、シミだらけの薄汚れた天井ではなく、今では少し見慣れた天蓋。
安堵のため息をつく。
夢というにはあまりにも生々しかった。
匂いや感触までもが鮮明で、まるで自分が体験したことのようだった。でも、私は孤児院にいたことなんてない。
……もしかして、オリヴィアの記憶だったりする? そういえば、アナイノではオリヴィアは孤児院出身という設定があった。
でも、どうして私が彼女の記憶を?
魂が別人といっても脳はそのままだろうし、そこに記憶の欠片が残っていたりするのかな。
うまく記憶を引き出して、何らかのヒントになればいいんだけど。
体を起こすと、カーテンを開けていたメイが「おはようございます、聖女様」と声をかけてきた。
「おはよう」
そう言うと、メイがうれしそうな顔をする。
ただ挨拶を返しただけなのに。
「起こしてしまい申し訳ありません。朝食の席で大神官様がお待ちですので、その……」
「いいのよ。寝過ごしてしまったようね。起こしてくれてありがとう」
またメイがうれしそうに微笑んだ。
こうしてなんの悪意もなく笑顔で接してくれる人がいるのはうれしい。
だってみんなが私を嫌っているこの状況はつらいもの。
でも、そういえば。どうしてメイは私を嫌っていないんだろう?
「メイはまだ新人だと聞いたけど、中央神殿に勤めてどれくらい?」
支度を手伝ってもらいながら、彼女に話しかける。
「まだ一年弱です。以前は別の神殿で下働きをしていました」
「そうだったのね。異動してきたということかしら」
「はい。こちらで人手が足りないと募集をかけていたので異動願いを出したんです。中央神殿に来てからも裏方の下働きだったのですが、眠りからお目覚めになられた聖女様付きのメイドとして抜擢されて……正直なところ私のような新人が、と驚いております」
なるほど。
ここに来て日も浅いし仕事上オリヴィアと接することも少なかったから、私のことを嫌ってもいないし私の性格の変化に違和感も抱かないんだ。
「メイも先輩メイドからいろいろ聞いていたでしょう? 私の噂」
人手が足りないのもオリヴィアのせいだろうし。
「えっと……。あ、でも、噂なんてあてにならないと思いました! 聖女様はお優しいですし、私のようなメイドにも気さくにお声をかけてくださいます。だからすごくうれしいです」
メイが明るい笑顔を見せる。私も微笑した。
彼女の笑顔はほっとする。唯一の癒しだわ。
あ……もしかして、私を嫌ってないだけでなく優しい性格だから、ルシアンはメイを私付きにしてくれたのかな?
先輩メイドに押しつけられたのだとしても、ルシアンの承認がないと専属にはなれないだろうし。
もしそういう理由だったらうれしいけど……。
「ああ、あの新人メイドですか。あなたの変化に違和感を覚えないでしょうからあなた付きにしただけです。人格? いちいち考慮しません」
メイの癒しの笑顔で温かくなっていた心が、朝食の席のルシアンの一言で冷え切る。
そうですよね。そういう性格ですよね。知っていましたとも。
天は彼に飛びぬけた容姿と能力を与えつつも、三物までは与えなかったらしい。
そんなことを考えながら、彼をちらりと盗み見る。
伏し目がちだとまつ毛の長さがよくわかる。すっと通った鼻筋に、形の良いやや薄めの唇。肌もきれいで、髭の剃り跡すら見当たらない。
どこもかしこも整っていて、容姿に関しては本当に芸術品みたいな人だと思う。
――ルシアンを信用しては駄目よ。
オリヴィアの言葉が急に頭の中によみがえって、ドキッとする。
彼女はルシアンをすべての元凶だと言っていた。その言葉を見たときは、本当に怖かった。
でも、一晩眠って少し冷静になった。
オリヴィアがああ言ったからって、無条件に彼女を信じられるのかというとそうでもない。
ただ、迷いは生じている。
どっちを信じていいのか、どっちも信じないほうがいいのかわからない。
私にオリヴィアになることをなかば強要し、秘密を話したら死ぬ魔法までかけたルシアン。
神官にも聖騎士にもめちゃくちゃ嫌われているオリヴィア。そういえばオリヴィアにも何か魔法をかけたられたっぽい。
結局どっちもやばすぎる。
とはいえ、ルシアンのことそんなに悪い人とは思えないんだけど……。偽聖女とばれたら困るからとはいえ、聖騎士たちからかばってくれたし。
考え方が甘いのかな。
あ、そういえば。ウィンドウに出る性格が良い悪いだけじゃなくなってたよね。
今ルシアンを見たら、何かわかるかな?
名前:ルシアン
年齢:二十四歳
職業:中央神殿大神官
性格:冷淡 冷血 冷徹
冷たいの三段活用みたいな。
どれほど冷たい人なのかわかったけど、知っていることなので役には立たなかった。
オリヴィアの日記について、少し……探りを入れてみたほうがいいのかな?
「あの」
私の呼びかけに、彼が顔を上げる。
その瞬間、頭の中でぱちんと何かが弾けた。
……あれ?
私……何を言おうと思ってたんだっけ?
彼に何か話したかったはずなのに、思い出せない。
「何か?」
「えっと……聖女が使える魔法って、癒しや祈り、祝福でしたよね。他にもあるんですか? 傷を癒す魔法って聖女らしくて憧れるんですけど、やっぱり難しいんでしょうか」
誤魔化すように、別の話題を口にする。
「一番初歩の魔法として鑑定魔法があります。傷を癒す魔法はかなり高度ですね。神聖魔法に攻撃魔法はありませんが、汎用性は高いようです。オリヴィアは高度なオリジナルの魔法をいくつか生み出していました。忌々しい性格ですが、魔法に関しては天才といっていい人です」
「そうなんですね……。あ、鑑定魔法というのは具体的には?」
「対象の名前や年齢等がわかる魔法のようです」
あー!!
ウィンドウってそれか!
ゲームだから見えるっていうわけじゃなかったんだ。
性格の部分が少し細かくなったのは、何度か使って鑑定レベルが上がったからとか?
鑑定レベル2ってところかな、ふふ。
一番初歩とはいえ私、魔法を使ってたんだ。さすが聖女の体。
でも、鑑定しか魔法が使えないって、聖女としてはまずいんだよねきっと。
「私が魔法を使えないこと、今後問題になったりしないでしょうか」
「各地の神殿を巡る旅を終えてしまえば、聖女が神力を使って行うことはほぼありません。祈りは聖力を持った神官も行えますので、あなたができなくても問題ないでしょう」
「そうなんですね。ちょっと安心しました」
「あとは寄付金を多く出してくれる貴族に祝福を与えることはありますが、オリヴィア自身、若く見目の良い貴族男性以外には適当にやっていたのでばれないでしょうね。もともと祝福に強い効果はありませんから」
「そ、そうですか……」
オリヴィアらしいといえばらしい。
寄付金をたくさんもらったら私もやらなきゃいけないのかな。ばれないとはいうけど、やだなぁ。
「とはいえ、今後の方針を決めるためにも、聖皇に会いに行きます。聖皇はもちろん事情を知っています」
「私も行くんですか?」
「もちろんです。三日後に行きますので、そのつもりでいてください。朝に身を清めて正装して行くので、その日は早起きしてくださいね」
「わかりました……」
いよいよ、リディーア女神教の中で一番偉い人に会いに行くんだ。
一体何を言われるんだろう。
緊張するなぁ……。




