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第八話 お友達契約

 



 正直なところ、私はお風呂というものが好きじゃない。

 狭苦しい浴槽に拘束されて何も出来ない感じが嫌だなと思う。

 本とか持ち込んだら濡れちゃうし、お父さんに怒られちゃうし。


 だけどルネさんに頭を洗ってもらうと、なんだかぽわぽわした。

 ゆっくり優しく頭をもみほぐされる。

 シャンプーって、こんなに気持ちいんだ……。

 垢すり? という奴も最初は違和感があったけど終わったらスース―して気持ちいい。


「……宝石だとは思っていましたがダイヤモンドが出て来るとは。メイド冥利に尽きますね」

「ダイヤモンド?」

「私が使った魔法の話です」


 魔法。そういえばルネさんは魔法も出来るって言ってたっけ。

 ちょっと話が合うかも……。


「え、えっとダイヤモンドは一番硬い石なだけで一番綺麗ってわけじゃないと思います……あ、あと魔法に宝石を用いるのは賛成ですけれど、ダイヤモンドを用いるのはちょっと。硬すぎて魔力透過性が失われるというか、どうせ宝石を使うならガーネットやアメジストみたいにたくさん魔を秘めたものがいいと思います……」

「そういう話じゃありません」

「えぇ……」

「ですが興味はありますので後で聞かせていただけますか」

「は、はい! ぜひ!」

「それとわたくしに敬語は不要です」

「え、でも」

「不要です」

「はひ……」


 説得されてしまった。

 侍女とはいえ年上に敬語なしとか抵抗あるのだけど……。


「さぁ、綺麗になりました。そろそろ行きましょう」

「はぁ。何が変わったんですか……変わったの?」

「殿下に見せるまで内緒です」

「なんでです……なんで?」

「鏡を見たらライラ様は逃げてしまいそうなので」

「なにそれ。変なの」


 こんなに長い時間お風呂に入っていたのは初めてだ。

 なんだか、気持ち良すぎて頭が回らない。

 あれよこれよとする間に着替えさせられていた。メイドすごい。


「それでは行きましょう」

「あの……変になってないです? よね?」

「あら。殿下のことは何とも思っていないのでは?」

「そ、それはそれ、これはこれだもん……」


 私だって女の子なんだし、綺麗になりたい欲はある。

 普段は忙しすぎてそんなことをする暇がないだけで。

 優先順位としては一番下なだけで、おしゃれに興味がないわけでもない。


 いや、やっぱりあんまりないかな……服とか着られたらなんでもいいかも……

 綺麗になりたいんだけど、服を選ぶ手間がめんどくさい的な。そんな感じ。

 どれがいいとか全然分からないし。私なんか何着ても同じでしょみたいな諦めがある。


 楽して綺麗になりたい。

 うん、これだよ。おしゃれの為に努力する時間を割きたくないんだよね……。


「お父さーん、お風呂あがったよ」


 リビングにはお父さんと殿下が一緒に居た。

 お父さんはなぜか私を見てゴーストでも見たみたいな顔をしている。

 がたーん! と立ち上がったのはリュカ様だ。


「リュカ様?」


 目をひん剝いて、口元を手で押さえるリュカ様。

 リュカ様は私よりも背が高い。私がチビなだけかもしれないけど、いつもは冷たい空色の瞳で見下ろされるとちょっと怖い。怒ってる? でも怒ってるような目じゃない。なぜか顔が赤くなっているし、なのに私から目を離さないし。顔の前で手を振ってみても、リュカ様は無言だった。おーい。


「……もしかして寝てますか?」


 リュカ様がゆっくりと首を横に振った。

 蕩けるような甘い声で、熱のこもった声を発した。


「綺麗だ……」

「は?」

「ライラ。綺麗だ。好き。抱きしめたい。僕のものにして閉じ込めたい」

「は、はいっ?」


 後退ろうとしたらリュカ様が腰に手を回してきた。ダンスのパートナーにでもするみたいに左手を掴まれ、リュカ様の下にぐい、引き寄せられてしまう。顔と顔が近くなって私も顔が熱くなる。近すぎる。リュカ様の吐息が私の鼻先をくすぐった。


「夜の女神のように黒い髪が綺麗だ。珠のように色白の肌は触ってて気持ちがいいし、はちみつみたいな甘い香りのする匂いが好きだ。君の可憐な唇を見ていると理性を失ってしまいそう。しかも僕と婚約してないなんて。誰かの者になってしまったらどうしよう。そうなる前にいっそ閉じ込めちゃおうかな……」

「りゅ、リュカ様? ちょっと怖いんですけど」

「え? 僕のことが好き?」

「耳が腐ってんですかっ?」

「辛辣なところも好きだ。婚約しよ?」

「~~~っ、い、今は誰ともする気はありませんから! 婚約破棄されたばかりですし!」

「それは残念。それじゃあ」


 リュカ様は私の髪をひと房持ち上げて口づけを落とした。

 茶目っぽい瞳を上目遣いにあげて、囁くように愛を謳う。


「大好きな君に好きになってもらうよう、僕も努力するとしよう」

「あ、あぅ……」


 この人はなんでここまで私を好きになってくれたんだろう。

 私なんて言いたいことははっきり言えないし、弱気だし、怖がりだし、ずぼらだし、おしゃれにも疎いし……リュカ様みたいな王子様が好きになってくれる要素がどこにあるんだろう。ここまでされて嬉しくないわけじゃないけど……でもやっぱり、婚約破棄されたばかりだし……


『ライラ。俺はお前みたいなブサイクを愛したことなんて一度もない』

(そうだよね……後で騙されるかもしれないし)


 エドワード様の言葉を思い出し、リュカ様から目を逸らす。

 その気持ちは嬉しいけど、もうあんなに辛い思いをするのは嫌だよ……。

 お貴族様はもうこりごりだし……まだ私、この人のこと全然知らないし。


「ねぇ、ライラ。これは提案なんだけど」

「はい」


 リュカ様は微笑んだ。


「僕を婚約者候補にしてくれない?」

「え、候補?」

「うん。つまり僕との関係に答えが出るまで、他の男と縁を結ぶのは止めてほしいってこと」

「……そりゃあ、そんな気もないですし、私みたいな女に求婚する変わり者はリュカ様くらいですけど」

「じゃあ、承諾ってことでいい?」

「えっと……でも王子様相手に不敬じゃ」

「じゃあ承諾ということだね」

「強引ですね!?」


 慌てて突っ込むと、リュカ様は捨て猫みたいな顔になった。


「……ダメかな?」

「う」


 そんな顔されたら断れない……


「ダメじゃ、ないですけど」

「やった!」


 リュカ様は私に背を向けて、ぐっと拳を握った。


 ……ちょっと可愛い。




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