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第四十二話 リュカの答え

 

「ヴィルヘルム伯爵家の令息がこんな騒ぎを起こすとは」


 リュカ様は私を庇いながら言った。


「処分は覚悟しているんだろうな、ヴィルヘルム卿」

「リュカ第二王子殿下……」


 エドワードは一瞬慄いたけど、すぐに気勢を取り戻した。


「なぜここが?」

「クズに教えるつもりはない」


 リュカ様はすげなく言う。

 正直、私もどうしてここが分かったのか気になった。

 そもそもここがどこなのか分かってないし、助けてくれたのは嬉しいけど、私の居場所を把握するような何かがあるのだろうか。魔法はかけられた覚えはないし……もしかしてドレスの中とか? この人ならやりそうでちょっぴり怖い。でも助けてくれて嬉しいから何も言えなかった。


「クズ、ねぇ……」


 エドワードは鼻で嗤う。


「そいつは俺の婚約者です。男女二人の蜜月を邪魔しないでいただけますか?」

「こ、婚約破棄するって言ったのはあなたじゃ……」


 私が口を挟むと、エドワードは忌々し気に舌打ちした。


「本当はそうしたかったが、国府がまだ認可していない」

「そんな」

「分かるか? 書類上はまだ婚約者なんだよ」


 そういえば、さっきエドワードは言っていた。

『仮にも婚約者だ。今後俺に服従を誓うなら儀式の前に助けてやる』と。

 元婚約者じゃなかったことが頭に残ってたけど……そういう意味か。


「だから殿下、申し訳ありませんが消えていただけますか」

「……」

「ライラは俺の婚約者(もの)なんで、口を出さないでほしいんです」


 書類上の正論を並べ立ててエドワードは言った。

 ナディアさんに言い寄った後なのに、法律上はエドワードが正義。

 もしも私が裁判所とかに訴えても、きっとエドワードのほうが勝ってしまうだろう。特に魔法界の大家であるヴィルヘルム伯爵家は色んな方面に影響力が強いから……。


「さぁライラ。こっちに来い。そしてその鍵を渡せ」


 エドワードは私の中から出て来た不思議な鍵を指差す

 そしてちらりと、周りに視線を走らせた。


「さもなければ……」

「ぇ」


 私に変な儀式をしていた黒ローブたちがリュカ様を取り囲む。

 その杖先はまっすぐリュカ様に向いていた。

 もしもこの人たちが一斉に攻撃したら、リュカ様は……


(だ、ダメ。そんなのダメ)


 サァ、と顔から血の気が引いた。


 私が傷つくのはいい。

 いや違う。嫌だけど。痛いのは嫌だけど。


 でもリュカ様が怪我をしちゃうのだけは絶対にダメだ。

 仮にもっていうか正真正銘の王族であるリュカ様である。

 もしも怪我なんてした暁には彼の周りが黙っていないと思う。


 なにせ、リュカ様が心配な女王様に呼び出されるくらいだし。

 責任を取って連座で死刑……なんてこともあり得るわけで。


(それに……)


 ちら、とリュカ様の横顔を見る。

 影になって表情は見えないけど、私はこの人に救われた。


 仕事まみれで満足に食事も出来ない領地の仕事を楽にしてくれた。

 私のせいで大変だったお父さんを救ってくれた。


 私なんかを、好きって言ってくれた。


 この人が怪我をするって考えただけで震えが止まらない。

 それも私のせいとか。一生夢に見るに違いない。


「わ、私……っ!」


 私がエドワードのところに戻ってリュカ様が助かるなら──と。

 リュカ様の前に出ようとしたのだけど、強く肩を掴まれた。

 視線を上げると、すべてを見透かしたようなリュカ様が微笑んでいる。

 ゆっくりと首を振った彼は私を隠すように前に出た。


「悪いが、僕がどうなろうとライラを渡す気はない」

「なんだと」

「そもそもお前は何様のつもりだい?」


 ひぃい。

 なんか知らないけどリュカ様怒ってる……?

 口元は笑っているけど目がめちゃくちゃ怖いんですけど……?


「『ライラは俺の婚約者(もの)』だって? 違うね。ライラは誰のものでもない」

「ぁ」


 ハッと顔をあげる。

 てっきり「僕のもの」って言われると思ったけど……


「ライラの人生はライラのものだ。僕はライラが大好きだし愛してるし彼女の為ならすべてを投げだせる覚悟があるし、好かれるために色々と企んだりはするけれど、ライラを傷つける奴は社会的に殺すことも厭わないけど」


 愛が重い……!


「でも、ライラが拒絶したら大人しく身を引くよ」


 ぎゅっとリュカ様の手に力が入った。


「もし結婚してもそうだ。僕は彼女に愛想を尽かされないために全力を尽くす。それでもライラの人生はライラのものなんだよ。好きに本を読んでいいし、僕が嫌になったら実家に帰ってもいい。他に好きな人が出来たら…………それは想像したくないけど、そいつと結婚してもいい…………いややっぱり良くない。そんなの嫌だ」


 最後までカッコつけてください。

 結構いいこと言ってるのに大事なところで台無しですよ。

 ……まぁ、ちょっと嬉しいと思ってる私も私か。


「ライラには僕が言い寄ってるんだ。邪魔をするなら消すよ?」

「言い寄ってる……? ふふ。はははっ!」


 エドワードは嗤った。

 虫を見るような目で私を見てくる。


「そいつのどこがいいんですか? 理解しかねます」

「……っ」

「顔は幼いし、色気もないし、胸も小さい。いつもおどおどしててはっきり喋らないし、本ばかり読んで自分の世界に浸る。そんな奴のどこがいいんですか」


 エドワードの言葉が、心の柔らかい部分に刺さってしまう。

 全部、私が気にしてることだ。

 確かに私は女としての色気がないし、ルネさんと違って胸も小さいし。

 本を読むのが大好きで、背も低くて顔立ちも幼いから、妹か何かと間違えられがちだし……。


(さすがにリュカ様も、言い返せないよね……)


 ちら、とリュカ様を見る。

 リュカ様は不思議そうに首をかしげていた。


「なんでライラの良いところばかり言ってるんだ?」

「「は?」」


 え? 

 良いところ?

 ど、どういうこと……!?



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