第四十話 あるいは必然
(まったく。困ったものですね、城の侍女にも)
ルネはため息をついた。
控室の茶葉が切れていたことに気付いて代わりを用意しているものの、忸怩たる思いだ。いくら茶葉が高級で管理が難しいものだと言っても限度がある。客人を迎えるべき場所で茶葉の一つも切らしていたことが知られれば、王室の権威がそがれると言うことが分からないのだろうか。
(メイドの何たるかを叩き込まなければなりません)
若き日は公爵令嬢として、最近までは魔法師として城に出入りしていたルネは慣れた調子で備品倉庫を出る。備品倉庫から控室までは一分と掛からない距離にある。早く行ってライラのお世話をしなければ。ルネは自分でも気づかないうちに口元を緩めて──そして気付いた。
「──!」
それは一瞬の油断だった。
ルドヴィナ王国の王城。妖精女王の加護がある厳重な城の敷地内。
そこに刺客が現れる可能性を考えていたと言えば嘘になる。
(魔力の揺らぎ……!)
高級な茶葉を落としてルネは全力疾走する。
十秒もしないうちに控室に飛び込むと、魔法陣に包まれたライラがいた。
そして、彼女の口元を掴む謎の黒ローブも……。
(敵!)
「《風よ、汝が敵はそこに在る》『風弾』!」
即断即決。
ルネの放った不可視の風弾は黒ローブを吹き飛ばした。
「ライラ様!」
「るね、さ」
ライラが手を伸ばして──しかし、その手は掴めなかった。
ライラの身体が魔法陣に吸い込まれて消えてしまったからだ。
(転移魔法陣……!?)
「無駄だ。アリステリスの小娘」
黒ローブがむくりと起き上がって言った。
「《鍵》の少女は既に儀式の場へ転送した。もはや誰にも止められん」
「お前たちは何者です」
ニィ、と黒ローブが嗤う。
「我らは全智教団。本物の魔法を世に知らしめる伝導者」
「……妄執に憑りつかれた蛆虫ですか。だからそれほど薄汚れた格好なのですね」
「口の利き方に気を付けろ。小娘」
瞬間、ルネは黒ローブの背後にいた。
「気を付けるのはお前たちです。蛆虫」
「が!?」
黒ローブの腕を取って関節を極め、背中に馬乗りになる。
容赦なく首に短剣を突きつけたルネは絶対零度の声音で脅しをかける。
「ライラ様をどこへやった。言わねば殺します」
「ふ。誰が、言うかと──」
「そうですか」
「ぎゃぁああああああああああああああああああ!」
ルネは男の腰に刃を突き刺した。
ぐりぐりと骨をえぐり取るように刃を動かし、冷然と続ける。
「言いなさい」
黒ローブは息を荒立て、不意に笑いだす。
「は。は。ははははははははは!」
「……」
「無駄だ! すべて無駄だ! 言ったはず。既に《鍵》はこちらの手の中にある! 世界録の支配から逃れ、真なる魔法を手にする神代の時代が再び始まるのだ!」
「……っ、まさか」
「もう遅い」
ルネは男の手を離して一瞬で飛び退いた。
男の身体は内部から光を放ち、直後、爆発的な光を放つ。
「──っ!」
王城の一室は吹き飛んだ。
◆◇◆◇
「ん……」
目が覚めると、頭がズキズキした。
氷魔法の研究で失敗して頭を凍らせちゃった時みたい。
「ここは……」
薄暗くてよく分からないけど、すごく埃っぽい部屋だった。
読書をするにはちょっと向かなそう。転がってる床も硬くて居心地は最悪だ。
カサカサ……と地面をはい回ってるやつも聞こえる。
「気が付いたか」
え!? な、なんで!?
「まったく面倒をかけさせてくれるな、このブス」
ウェーブがかった金色の短髪にサファイア色の眼差し。
この人がカッコいいと思った過去の自分を殴りたくなる。
「エドワード様……」
元婚約者が目の前にいた。




