第三話 美味しい婚約者審査会
『婚約者審査会のお知らせ。第二王子リュカ・ジルベルト・フォン・ルドヴィアの婚約者査定会を行います。グランデ家の令嬢に置かれましては王子の婚約者に立候補して頂きたい。承諾する場合は伝書鳩を飛ばしたし、次の水の月水曜日に王宮の披露宴に来るように。以上』
「な、な、な」
手紙を呼んだ私は血の気が引きながらお父さんを見る。
「なにこれ!? なんで第二王子様が私なんかを呼ぶの!?」
「知らないのか、ライラ」
お父さんは諦めたように言った。
「今の第二王子は適齢期をとっくに過ぎているにも関わらず婚約者の一人も取ろうとしない変人だ。過去、女王が何度も彼に婚約者をあてがったが、例外なく逃げ出してしまった。いい加減に婚約者をつけねばならんと開かれるのが婚約者査定会だ」
それは知ってる。
社交界でもすごい美形がいると専らの噂だった。
別名『氷焔の微笑』。
氷みたいに冷たいけど、触れたら火傷するとかそんな意味。
顔はめちゃくちゃいいけど女性の想いに応えることは絶対になく、もしも女性が一線を踏み越えようとしたら親類縁者に及ぶ限り調べ上げられ、黒い部分があった時には容赦なく潰される。その苛烈かつ冷たい様が恐れられ、社交界ではゴシップの的だった。
「そんな王子の婚約者査定会に、なんで私が呼ばれるの!?」
婚約破棄されたばかりの傷物だよ!?
「傷物でも何でも、とにかく第二王子が気に入ればいいんだろう」
「要は数を集めてどんな子が好きか確かめようってこと?」
「そういうことだ。言っとくが断る選択肢はない」
今断ろうって言おうとしてたのに……
「承諾する場合と書かれているが、これは招待状ではなく召喚状だ。子爵ごときが王族の打診を断ってみろ。不敬罪でクビチョンパだ。死ぬぞ」
「前から思ってたけど……」
私はじろりとお父さんを睨んだ。
「お父さん権力に弱すぎだよ」
「仕方ないだろう! 逆らったら殺されるんだから!」
「それはそうだけど! そうだけども! ちょっとは娘の安寧を守ろうとしてくれていいじゃない!」
「いや、考えている。気付かないのか、ライラ?」
「なにが」
「王都に行けば……タダ飯が食べ放題だ」
「!!」
でも、婚約者査定会って。
「ここを見ろ。料理やお菓子を用意していると書いてあるだろう」
「あ、ほんとだ……じゃあほんとに?」
「他人の金で食う飯は美味いぞぉ」
ニタァ……お父さんが他人には見られない黒い笑みを見せる。
「王子だから食べるなとは言えないだろうし、腹いっぱいになるまで食べられる。そりゃあ女としては見られないかもしれないが、婚約者になりたいわけじゃないお前としては構わないだろう」
「確かに。むしろ好都合?」
「タダで高級料理が食べ放題。竜車代を出してもお釣りがくる。行くしかないと思わないか」
「行くしかない」
ごはん。ごはん。ごはん……。
私の頭にはこれまで社交界で食べた高級料理の数々が浮かんでいた。
ぼっろ~~い子爵家では食べられない、美味しい料理が……
「お父さん、私行ってくる」
「うん」
「美味しいごはんが私を待ってるので!」
王子なんてどうでもいい。ごはんを食べに行く!
「……うちの娘、チョロすぎないか?」
お父さんが心配そうに呟いていた。
◆◇◆◇
王子の婚約者審査会は王城のダンスホールで行われた。
煌びやかな装飾品が飾られ、会場の端にテーブルが置かれた立食形式の会場だ。
会場に入ると、獲物を見定める狩人たちの目がギラリと煌めいた。
だけどそれも一瞬。
会場に入ったのが私だと分かると、みんながホッと力を抜いた。
いくら見た目が地味だからってちょっと失礼じゃないですかね……。
続けて私を見ながらひそひそと話し始めた。
「見て。あの子、グランデ家の……」
「あぁ、成り上がりの。婚約破棄されたんでしょう?」
「魔法狂いの平民よ。卑しい血がよくもこの場に来れたものね」
「見て見て、あの黒髪なんて暖炉の煤みたいじゃない?」
「誰かが掃除してあげなくちゃねぇ。クスクス」
(今日はみんな大人しいなぁ……)
さすがに王子の婚約者候補だからだろうか。
いつもなら既に水をかけられたり足をひっかけられたりするけれど……。
今はそんなことがなくて、私はほっと一息ついた。
くんくん、と鼻が反応する。
私の視線が引き寄せられたのはテーブルに並べられている料理の数々。
メロンを生ハムで包んだプリオッシュ、こんがり焼かれたくるみパイ、胡椒を効かせた牛肉の赤ワイン煮込み、見るだけで酸っぱい味がこみ上げるレモンケーキ……これらを見て食欲がそそられない人間など居るだろうか。居るとしたらそいつは人間ではないと私は思う。
(ご、ごちそうだぁ~~~~!)
今すぐ飛びつきたいけど、なぜかみんな料理を食べていない。
料理は出来たてが命なのに……!
なんで、なんでそんなことを……!
その原因はすぐに分かった。
打ち合わせしたみたいに令嬢たちが黄色い悲鳴をあげて入り口のほうを見たから。
「見て見て、リュカ様よ。今日も凛々しいわ……」
「あの冷たい目を見て罵られたい。はぁ、顔面が良いだけで至福……」
私はつられてその視線を追う。
(わぁ)
鮮やかなプラチナブロンドの髪に怜悧な蒼い瞳、鼻筋は通っていて美形なのは間違いない。王族というだけあって仕立ての良い服を着ていて、男性らしい骨格もある。けれど、私は周りの人たちのように浮かれた気分にはなれなかった。
(すごい……人間ってあんなに興味なさそうな目が出来るんだ……)
表面上は優しく微笑んでいる。
けれどその目はどこまでも冷たくて、令嬢たちを歯牙にもかけていない。
うん、あれは逃げ出すよ。だって怖いもん。
一人で納得していると、お付きの従騎士が進み出た。
「これより婚約者審査会を行う。家格は問わぬ故、我こそはという者は名乗りでよ!」
「「「……」」」
その瞬間、令嬢たちの激しい牽制合戦が無言のうちに行われた。
あんた行きなさいよ。いやあなたが。わたくしは慎ましやかになどなど……
なんかすごく時間が勿体ないことしてる。あぁ、料理が冷めちゃう!
「あ、あの」
料理が冷めないうちにと私は手をあげて進み出た。
あんたが出る幕じゃないわよ。と刺し殺すような視線が背中に突き刺さる。
怖すぎる。
でも料理が冷めるのは勿体ないし、これが終わったら国を出る予定だし!
自分に言い訳をした私は喉を鳴らして王子の前に。
拙すぎるカーテシーを披露してご挨拶申し上げる。
「ルドヴィアの太陽、リュカ王子殿下にご挨拶申し上げます。ライラ・グランデ、と申します。よろしくお願いします……」
「ああ」
「……」
「それだけか?」
王子様は心の底から興味なさげだ。
それだけと聞かれたらそれだけである。
こちとらあなたと婚約したいなんて微塵も思っていないのだから。
「あの、料理って食べても良いですか?」
王子様は眉を顰めた。
うわぁ、隣の騎士さんがすごく嫌そうな顔してる。
「構わない。好きなだけ食べればいい」
「あ、ありがとうございます!」
よし、言質いただきました!
従騎士の人が「あれは失格だな」と小さく呟いた。
最高である。これで婚約者にならずにタダ飯を食べ放題! ひゃっほぃ!
「つ、次はわたくしですわ!」
「その次はわたくし」「抜け駆けは許しませんわよ!」
私が挨拶をしたのを皮切りにみんなが王子様に群がる。
餌にくいつく魚の群れみたいでちょっと面白かった。
ふふふ。後ろがガラ空きですよ、皆さん。
この料理の山は、私が独り占めしていいんですよね?
いただきます!
あぁ。
お肉が口の中で溶ける……最高ぉ……。