第三十話 予期せぬ再会
数百年前、魔力を動力源にした活版技術が普及した。
それまでは本は貴族たちでしか読めないものだったけど、活版技術によって本が大量に流通するようになり、今では子供たちのおとぎ話として本が売られるようにもなっている。お金のない平民たちの間では本は貴重な娯楽なのだ。
もちろん私も例外じゃない。
なんといったって元平民だからね。両親が本好きだったから本の虫だった。
子爵令嬢になっても数少ない資産を使って本屋さんの設立を支援したし。
そのおかげで、珍しい本とか中古の本が入って来たりもする。
「こんにちはー」
「おぉ、ライラ様。いらっしゃいませ」
デグラン書店のお爺さんとは馴染みの仲だ。
店いっぱいに並べられた本屋さんの奥にお爺さんの姿はある。
「今日は何か入ってますか?」
「ふぅむ。ライラ様が読んだことなさそうなのだと……こういうのはどうです?」
おじいさんから渡された本を見ると──
『必読! 王子様を射止める魔法の恋愛術。これであなたも玉の輿!』
思いっきりお爺さんに突き返した。
「な、なんてものを渡すんですか! 読むわけないでしょ、そんなの!」
「しかし今、村ではライラ様とリュカ殿の噂でもちきりで……実はリュカ殿がどこぞの王子ではないかと……」
噂って怖い。本物の王子様なんだけど。
「もっとこう、魔導書関連ないんですか!」
「ライラ様が読んでいないものはないですのぉ」
「古代文字は?」
お爺さんはちらりとルネさんを見て首を横に振った。
そっかー。ないかー。
ルネさんが驚いたように言った。
「ライラ様は古代文字が読めるのですか?」
「え、うん。ちょっとは……全文読めたことはないよ?」
「類まれな魔法陣構築術に古代文字の解読……? あなたって人は」
「なに?」
呆れ顔のルネさんである。
「……殿下の言う通りですね。少しは自覚してください」
「だからなにをっ?」
ルネさんにやれやれとため息を吐かれた。一体何なの……。
ともあれ、それ以外にめぼしい本はなさそうかな。
この田舎にもうちょっと本が流通するようになれば違ってくるんだろうけど。
結局なんのかんのと時間を過ごしているうちに遅くなってしまった。
本屋さんで紙の匂いを嗅いで、タイトルを眺めているだけで無限に時間が過ぎるのは何なんだろう。
お店を出ると、すっかりお日様が中天にまで登っていた。
「今頃リュカ様は王都か……」
竜車用の魔道具のおかげで子爵領から王都まで一日でいける。
さすがに日帰りは無理だから、次に会うのは明日になるだろう。
「あら。気になるのですか?」
ハッ、と我に返る。
ルネさんは意地悪そうに微笑んでいた。
「なんだかんだと、ライラ様も気があるのでは?」
「べ、別にそういうんじゃっ、いつもならこの時間にリュカ様が来るなと思っただけです!」
「そういうことにしておきましょう」
うぅ、ルネさんが横にいること忘れて口走ってしまった……。
本当にそういうのじゃなくて、ただいつもと違うのが気になっただけなのに。
(ていうか、そっか……リュカ様はもう私の日常の一部なんだなぁ)
あんなに身分の高い人なのに、もうすっかり馴染んでしまっている。
評判と裏腹に礼儀正しくて領地の助けをしてくれるから領民たちの信頼も厚い。
この前も馴染みの人たちに何回からかわれたことか……
「失礼! もしやライラ・グランデ嬢ではありませんか?」
「へ?」
突然名前を呼ばれて振り返る。
ぼーっとしながら竜車に乗ろうとしていた私が振り返ると、
「あなたは……」
赤紫色の髪をした女性がいた。
きつい釣り目にアメジストの瞳を見たらひと目で気の強そうな人だなって思う。
「ライラ様、お下がりを」
ルネさんの背中からその人の姿を覗いてみる。
うーん。
なんか、どこかで見たことがあるような、ないような……。
「あたしはナディア・プラトンと申します」
あ、そうだ。エドワードの……!?
婚約破棄された時に一緒にいた、あの人だ!
「ライラ・グランデ。あなたにお願いがあるの」
「はぁ」
な、なんでこの人がここに?
ナディアさんは私に詰め寄って言った。
「どうかお願い。魔法師アリルに会わせて!!」
「…………………………へ?」
一拍の沈黙。
私とルネさんは顔を見合わせた。
あの……本人なんですけど?




