第二十九話 朝の一幕
不思議な話だけど、リュカ様が朝のリビングにいることに慣れてしまった自分がいる。毎朝起きたらイケメン王子に「おはよう」と言われる貧乏令嬢の気持ちを誰か分かって欲しい。ドキっとするんだよね……お化粧してからじゃないとリビングに行けないもん。
「おはよう、ライラ」
「おはようございます、リュカ様。お父さん」
「おはよう」
新聞をハサミで切り取っていたお父さんが答える。
いやハサミって。もしかしなくてもそれ、私の記事じゃないの?
魔法師アリルって名前だけど。親バカ過ぎて恥ずかしいからやめてくれないかな……。
「今日は王都に行ってくるよ」
「王都?」
はて、と首を傾げる。
「つまり、リュカ様は帰るんですか?」
「一日だけね?」
「なんだ」
リュカ様は目を爛々と輝かせて身を乗り出した。
「ねぇライラ、僕が居なくて寂しい?」
「いえ別に。落ち着いて本が読めるなぁって思いました」
「つまり僕が居るとドキドキして落ち着かないってこと? 結婚する?」
「そういうところですよ!」
この人はいつも平常運転である。
最近はもう一日一回プロポーズされてる気がする。
息をするように言われるから本気かどうか分かんないだよね……。
白金色の髪を楽しそうに揺らした王子様は続けた。
「まぁそう言うわけだから、僕が居ない間はルネから離れないように。護衛だからね」
「護衛って、私なんかに要らないと思いますけど」
「ライラは自分の魅力に無自覚すぎるんだよ。僕なんて君の顔に触れたくてたまらないのに」
「そ、それはリュカ様だけですし……ていうか触らせませんし!」
「やっぱり心配だな。ライラの魅力に気付いた男は去勢しないと」
怖すぎる。猟奇殺人鬼一歩手前ですよ。
「一日だけ王都って、何しに行くんです?」
「んー? まぁあれだよ。小うるさいジジババがいてね……ほんと、ライラは誰にも会わせないって何度言えば……」
「……?」
よく聞こえなかったけど、なんて?
顔に出ていたのか、リュカ様は微笑んだ。
「実は孫の顔が見たいって何度も言われるんだ。結婚前に挨拶しとく?」
「しれっと婚前挨拶させようとしないでください。そもそも婚約してませんからね」
「残念。じゃあ婚約する?」
「しませんっ!」
「そっかー」
リュカ様はころころ笑う。
今日は出かけるせいか。朝からぐいぐい来るね……。
朝食を食べ終えると、リュカ様は忙しない感じで立ち上がった。
「じゃあ僕は行ってくる。すぐに戻って来るからね」
「はい。あ、リュカ様」
「ん?」
玄関を出て行こうとしたリュカ様を思わず呼び止めていた。
そんな自分に戸惑いつつも、でも、やっぱり言ったほうがいいと思って。
「い、いってらっしゃい」
リュカ様は嬉しそうに笑った。
「いってきます。キスする?」
「さっさと行ってくださいこの色ボケ王子!」
「ははは」
やっぱりリュカ様はリュカ様だった。
はぁ、ほんと心臓が落ち着かないよ……。
キス、とか。考えただけで赤くなっちゃうのに、なんで平然と言えるかな。
ばたん、と扉が閉じる。
静かになったリビングでひらひらと頬を仰ぐとお父さんがニヤニヤしていた。
この父親、他人事だと思って……。
「食後のデザートです」
若干恨めし気な私にルネさんがデザートを運んでくれる。
朝からデザートなんて、前々の生活では考えられなかったな。
「わぁ、ティラミス!」
「王都で行列の出来る『マダム・アベニュー』のケーキです。どうぞご賞味くださいませ」
「ルネさんいつ頃王都に行って来たの?」
「メイドの秘密です」
「メイドすごい。まぁいっか……じゃあいただきます……ん~~~~!」
甘い! カカオ! 美味しい!
なんかもう、美味しいもの食べたら語彙が全部なくなっちゃうよね。
あ、アーモンドが入ってる。生チョコが層になってるんだ……へぇ……。
「ライラ様、食後はどうなさいますか?」
「んん、そうだなぁ」
領地のお仕事は……なんとゼロなんだよね。
ここ最近毎日仕事をこなしてたら仕事が無くなっちゃったし……。
魔法師アリルとしての仕事は今はしなくていいって言われてるし。
「本屋さんに行こうかな。たまに良い魔導書が紛れ込んでるんだ」
「承知いたしました。準備いたします」
「あの。前みたいなお化粧はしなくていいからね?」
ルネさんは訳知り顔で頷いた。
「つまりリュカ様が居ないのでそこまで気合は入れなくていいと」
「そう言う意味じゃないから!」
「メイドの冗談です」
「メイド怖い……」
ルネさんもルネさんで油断ならない時がある。
まぁ、この人はからかってるだけって分かるからいいんだけど。
リュカ様は本気か冗談か分からないからなぁ。
お父さんは家に残ると言うので、私はルネさんと一緒に本屋さんに出発した。




