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第二十話 自称天才、転げ落ちる

 


 エドワード・ヴィルヘルムは人生の絶頂にあった。

 魔法学会で発表した論文が三次審査を通過し、いよいよ世に出ようとしている。

 美人な男爵令嬢のナディア・プラトンが恋人となり地位は盤石。


 永久機関の父、魔法学の最先端、若き天才……

 自らを褒めたたえる言葉が無限に浮かび、彼はほくそ笑んだ。


(ふふ。これなら父上も認めてくれるだろう)


 ライラを婚約破棄したところでお釣りが出るほどの勢いだ。

 エドワードがひとたび命じれば誰もが膝を折る未来がすぐそこにある。


(それもこれもあのブサイクを利用した僕の力だ。ふはははは!)


 今日はその最終段階。

 魔法界の重鎮アリステリス伯爵との面談が待っている。


 元魔法騎士団長を務めた豪傑との会談を前に何度もネクタイを直した。

 豪華な応接室の中である。

 落ち着きなく部屋の中を歩き回、味の分からないワインを飲んでいると、


「遅くなったね」


 刺繍を凝らしたローブを纏う初老の男が入って来た。

 威厳のある顔立ちだ。眉間に刻まれた皺は彼の苦労を思わせる。


 魔法界の御三家。

 アリステリス家の重鎮。シュナイダー・アリステリス。


「アリステリス様、ご無沙汰しております」

「うん」


 エドワードは立ち上がり、胸に手を当てて軽く会釈する。

 アリステリスは頷き、


「調子はどうだね」

「すこぶる良いです。今までの努力が報われている気がしますよ」

「努力、か」


 意味ありげな呟きにエドワードは眉根を寄せた。

 伯爵令息であることを甘く見られているのかもしれない。

 そうはさせるかと意気込みながら、ソファに座り込む。


「それで今日は、何やらお話があるとか」

「あぁ」

「……」

(相変わらず無口な男が。愛想の欠片もない)


「あの?」

「ヴィルヘルム卿。君は魔法の不完全性についてどう考える?」

「はい?」

(……何を聞かれるかと思えば)


 魔法の不完全性とは、数百年前から魔法界で囁かれる千年問題(ミレニアム・クエスト)の一つだ。魔法とは《力ある言葉》を用いて《世界録(オド)》に刻まれた現象を作り出す業。その現象を作り出すために生命の源である魔力(マナ)が必要なわけだが……ここで一つの疑問が生じる。


 魔法では《世界録》に刻まれていない現象を作り出せないのか?という疑問だ。


 例えば人類がこれから文明を発展させるとして、その未来を魔法で予知することは出来ない。未だ《世界録(オド)》に刻まれていない事象を《力ある言葉》で紡ぐことが出来ない故に。


(魔法の不完全性とは不確定性の確立でもある。あらゆる現象を魔法で再現することは出来ない戒め)


 無から有を作り出すことは神の業──古代魔法だ。

 決して踏み入れることなかれ。その先は千年前に滅びた文明の再来である。


 ならば、古代魔法ではなければ無から有を作り出すことが出来ないのか?

 それこそが魔法の不完全性に関する千年問題。


 エドワードの答えは決まっていた。


「魔法とは完全なものです。人間の進化を促す神の与えた祝福かと」

「その心は?」

「魔法学者ラルスは言いました。『過去が現在に影響を与えるように、未来も現在に影響を与える』。この言葉を正しいとするなら、未来と現在は繋がっているのです。世界録(オド)には我々が未だ踏み入れていない、未来の情報が詰まった記録庫(アーカイブ)が眠っていると考えます。この記録庫(アーカイブ)を《力ある言葉》で掘り当てることが出来れば、我々は真なる完全な存在となり、魔法は完全性を手に入れるでしょう」


 シュナイダーはトン、トン、と指で机を叩きながらエドワードに頷く。


「なるほど。さすがはヴィルヘルム卿の息子だな」

「ありがとうございます」


 エドワードの胸を歓喜が満たした。

 シュナイダーは魔法学の権威だ。彼の書いた本も何冊も読みこんだ。

 言わば憧れの人物に褒められて喜ばない人間がいようか。


 (彼が後ろ盾になってくれれば、俺に逆らう人間は居なくなる!)


 そう、あの父でさえも自分の機嫌を取らざるを得ないはず。

 エドワードは「あの」と思わず身を乗り出した。


 しかし──


「褒めてはいない。皮肉だよ」


 …………。

 ……………………。

 ……………………………………は?


「え、と……」


 その場の空気が凍り付いていた。

 瞑目し、何も語らないシュナイダーにエドワードは焦る。


「あの、それはどういう」

「私はね、ヴィルヘルム卿。文字には人の心が現れると思ってる」

「はぁ」

(何を言ってるんだ……?)


 エメラルドの眼光がエドワードを射すくめた。


「あの論文は本当に君が書いたものかね?」

「……!」


 なぜ、どうして、

 喉元まで出かけた言葉を一瞬で呑み込み、エドワードは笑みを浮かべた。


「もちろんです。何ならこの場でそらんじて見せましょうか?」

「いや、結構だ」


 イラッ、

 不愛想な態度にエドワードの自尊心が刺激される。


「それではなぜ疑われたのでしょう。失礼ながら、卿が発するに相応しい言葉とは思えませんが」

「多弁は失言の元。我が家の家訓だ。私も若い頃は疑問に思っていたが、君を見ていれば先祖の教訓も身に染みる」

「……何なんですって?」


 シュナイダーは鼻を鳴らした。


「言葉には魂が宿る。文字も同じだ。書いた人間独特のリズムが浮かんでくる」

「それが何か……」

「君が発表した論文は魔法の完全性を否定していた」

「──……は?」

「α地点とβ地点を結び相互循環によって新たな循環点γを螺旋の中に見出す新型魔法陣……素晴らしい着想だが、これは実質、一つの魔法陣で三つの魔法を重ねているようなものだ。一つの一つの魔法陣の脆弱さを表している。このような陣を考えつくものが、魔法の不完全性を否定するだろうか」

「ろ、論文と個人の考えは違います!」

「そうだろう。だが言ったはずだ。言葉にも、文字にも魂が宿ると」


 まったく意味が分からない。

 そんな理由で論文を偽物だと疑うだと? 馬鹿げてる!


「魔法学の権威であるあなたが、そんな曖昧な理由で私を疑うのですか!?」

「馬鹿げてると思うか。なら、証明してみせるといい」


 シュナイダーは魔法ペンを渡してきた。


「今ここで、魔法陣を描け。そうすれば信じてやる」

「そ、それは」

「出来ないか?」

(出来るわけがないだろう、あんな複雑すぎる魔法陣!)


 ライラが開発した魔法陣はエドワードの実力で再現不可能な魔法陣。

 だからこそ論文を発表するだけに留め、あとは実力者たちで再現してもらおうと思っていたのだ。

 そもそも、魔法陣を開発したら再現確認のために発案者以外が行うのは常識のはずなのに。


「……(ルネ)の言っていた通りだな」

「は?」

「こちらの話だ。それで、再現は出来るんだろうね」

「……す、少し時間をください。準備さえあれば……」

「なるほど、それでは何日必要だ?」

「……三日あれば」

「ならば三日後、再びまみえるとしよう」


 シュナイダーは立ち上がり、去り際に言った。


「君が、私の言葉が間違いであると証明するのを楽しみにしている」

「……っ」


 パタン、と扉が閉まる。

 誰も居なくなった室内で、ドンッ! エドワードは壁を殴りつけた。

 くしゃりと髪を掴み、血が出るほど唇を噛みしめる。


「クソ、クソ、クソ!」


 どうする。いや、どうするもこうもない。

 再現できなければ自分の権威は失墜する。

 これまで積み重ねてきた信頼は一転して失望に変わるだろう。

 なんとかしなければない。それは分かっているのだが……


「あんな複雑な魔法陣、作れるわけないだろうがっ!」

「──そう。やっぱりそう言うことだったのね」

「は?」


 油断。

 怒りに気を取られてドアが開いているのを見過ごした致命的な隙。

 アリステリスと入れ替わるようにやって来たのは赤髪の令嬢だった。


「ナディア……?」


 怜悧な眼差しの彼女は扇子を握ってつかつか歩いてくる。

 パァン、とナディアはエドワードの頬を張り飛ばした。


「ナディア……これは、一体」

「この嘘つき」

「……う、嘘だって?」

「えぇ、そうよ」


 ナディアはエドワードに二枚の紙を突きつけた。

 それは彼が彼女に書いた手紙と──ライラの論文。


「筆跡は限りなく似せてあるけど、どう見ても字が違うでしょ」

「……ぁ」

「ワタシ、嘘つきが嫌いなの」


 ナディアは虫を見るような目で見て来た。


「それと他人の功績を自分のモノみたいに語る人間が死ぬほど嫌い。このワタシが悪事の片棒を担いでいたなんて……プラトン家の恥よ。吐き気がする。よくもこのワタシを犯罪者の仲間入りにさせようとしてくれたわね」

「違う!これは俺が開発した魔法陣だ! 学会も俺の名前を認めているだろう! 大体、俺が他人の魔法陣を盗むような卑怯者だと思うか!?」

「私もそう思っていたわ。さっきまでは」

「……っ」

「どれだけ言葉で偽っても、研鑽の証は嘘をつかないものよ。エドワード」


 絶縁状代わりに紙を叩きつけて、ナディアは背を向ける。


「あなたの魔法には愛がない。あるのは虚栄心と野心だけ」

「そんな……」


 ナディアは顔だけ振り向き、寂しげに言った。


「共に高めあって行ける仲間だと思ってたのに」

「……っ」

「もう二度と会うことはないでしょうね。さようなら」

「待てっ! どこへ行く!?」

「どこ? 決まってるでしょ。ワタシは盗人になるつもりはないわ」


 あっという間にナディアが居なくなり、エドワードは頭を抱えた。

 アリステリス家に見放されたと話が広がれば自分は終わりだ。

 魔法陣の盗用がバレた魔法師の末路は筆舌にしがたい酷いものとなる。


 ナディアのことにしてもそう。

 エドワードは本気で彼女を愛していたのに。

 その当人から絶縁を告げられるなんて。


「なぜだ……」


 つい十分前まで人生の絶頂にいたはずだ。

 これから全てを手にするのだと信じて疑わなかったのだ。


「こんな、こんなつもりじゃなかったのに」


 エドワードは、ただただ敗北感に打ちのめされていた──。


『我らを裏切ったからだ』

「え?」


 その瞬間、彼の足元に魔法陣が煌めいた。




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[気になる点] 美人な男爵令嬢のナディア・プラトンが恋人となり地位は盤石。 その前にはナディアは公爵家の血を引く~とありましたよ。
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