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第十八話 父の苦悩(前編)

 

 グランデ子爵家の執務室で一人の男が会議をしていた。

 白髪の混じった栗毛に痩せた男──ローマン・グランデ子爵だ。

 目元に濃いクマを作ったローマンは宙に浮かんだ透明な人間と話している。


『グランデ君、先日話した深海探査魔法陣の開発はどうなっているね』

「その件については一週間後に納品する予定でしたが……」

『そうか』


 ローマンは嫌な予感がした。

 ちょび髭の似合う目つきの悪い上司がこう言う時は大抵碌なことがない。


『あの件だが、明日納品となったのでよろしく頼む』

「はっ?」

『何でも古代文明の遺跡が見つかったようでな。先方が急いでいるのだよ』

「いやいやいやっ! 無理です! 一週間というのはギリギリまで詰めた数字で……!」

『それを何とかするのが開発部長の努めだろう?』

「わ、私はちゃんと計画書を渡したはずです。必要費用と人日(にんにち)をご覧になってないのですか?」


 上司はムッとした。


『何を生意気なことを言っている。ぎりぎりの日程と最低限の人数で計画を組んだ君の責任だろう』


 お前がこれで許可を出したんだろうが!

 ローマンは今すぐ叫びだしたいような衝動にかられた。

 彼が所属する古代魔法研究部の予算は年々少なくなっており、少ない予算で成果を出すとさらに予算が絞られ、人が辞めていき──という悪循環に陥っていた。何度も予算と人数を増やすように具申していたのに、『だが結果は出せただろう』と無理やり突っぱねたのはどこの誰だと言うのか。


「メンバーも限界まで来ています。辞表を用意している者もいて……」

『減らしたら増やせばいい。そんなことも分からんのか』

「……っ、労働環境が限界だと……」

『貴様は子爵だろう。子爵ならこれくらいなんとかしろ』


 子爵ごときに何が出来るってんだ!?


『それとも』


 上司がニィ、と皮肉気に口元を歪めた。


義娘(ライラ)のことはもうどうでもいいのか? ん?』

「……」

『まぁ、構わんがね。私はどうなっても。牢屋に入れて飼うのも一興だ』

「………………明日、ですよね」

『そうだ。頼んだぞ』

「わかり、ました……」


 ローマンは机の下で血が出るほど拳を握る。

 決して悟られてはならない。この怒りを。この憎しみを。

 そうでなければ、この男は娘に何をするのか分からないのだから──。


『時に、息子と義娘はどうなっている?』

「……どう、とは?」

『仲良くしているのかと聞いているんだ。政略結婚とはいえ夫婦になるのだからな。それなりの体裁を整えてもらわぬと困るだろう』


 ローマンはすまし顔で頷いた。


「えぇ、いつも通り(・・・・・)仲良くしていますよ。人前ではご令息も弁えているようです」

『そうか。ならいい』


 暗に人前じゃなければ何をやってもいいと上司。

 ちょび髭を撫でているこの透明な男こそ、ヴィルヘルム伯爵家が当主。

 ベルゼア・ヴィルヘルムその人だ。


『それで、魔導書の件は?』

「……そこまでは。マリーも一体どこにやったのか」

『……まぁいい。隠しているわけではないようだしな』


 ベルゼアは鼻を鳴らした。


『すべてつつがなく行うように。私もあと一ヶ月ほどで帰国する予定だからな』

「お任せください。伯爵さまの仰せのままに……」

『馬鹿め。最初からそういう態度で居ればいいのだ』


 透明な人間がぷつりと消え、ローマンはそっと息をついた。


「婚約破棄の件はまだバレていないようだな……」


 やはりアレはエドワードの独断だったのだと確信する。

 ライラに執着していた伯爵当主が自ら手放すようなことをするはずがないのだ。

 伯爵令息の軽率な行動がありがたく思うと共に、一抹の不安も残る。


「一ヶ月……それまでに何とかしなければ」


 ライラに執着していた伯爵が国外に居て法的にも婚約破棄をされた今が絶好のチャンス。

 今すぐにでも夜逃げしたいのだが、子爵位を返還してから出ないと亡命を疑われてしまう。

 ローマンを悩ませているのは伯爵の動きより、こちらを縛る王子の存在だった。


(王子が居なければすんなりと事が運んだ……しかし、彼のおかげでライラに笑顔が増えたのも事実)


 伯爵家のせいで好きなことも出来ずにひどい目に合ってしまったライラ。

 遠征に行かされた自分が帰った時、痩せ細った彼女に「大丈夫だよ」と言わせてしまったことは今でも覚えている。あの時、自分は何も出来なかった。せめて娘だけは守らなくてはいけなかったのに、父親としての努めすら果たせず、おめおめと従うしか出来なかった。


 それからもライラは伯爵家に行くたびに辛い顔をして帰ってきた。

 どうにかできないかと周りに相談しようにも、周りは伯爵の手の者ばかり。

 天涯孤独の平民出身である自分には頼る術すらなかったのだ。


 けれども、王子が来てからというものライラは笑顔が増えた。

 美味しいものをお腹いっぱい食べられるし、好きなこともできる。

 仕事量は今までの五分の一に減少し、令嬢らしく余暇の時間を楽しんでいた。


(このまま王子に嫁がせるべきか。いや、権力者なんてどいつもこいつも同じだ。今は優しい王子もあの魔導書の存在を知れば目の色を変える。ライラの意志が第一だが、果たしてどうすれば我が子が幸せに……)


「王子がもう少し軽薄でなければ……」

「僕が何だって?」

「!?」


 ローマンは飛び跳ねた。

 執務室の入り口にリュカ王子がもたれかかっている。


「で、殿下! いらっしゃったのですか!?」

「うん」

「いつから……?」

「今来たところだよ。そんなに固くならないで、子爵。ため口で良いよ」

「い、いえ、そういうわけには。あなた様のような高貴な方に生意気な口など……!」

「うーん。へりくだりすぎて逆に挑発されるような気分になる。びっくりだ」

「……っ、ど、どうか……ご容赦を……」

「思ったんだけど」


 リュカは首を傾げた。


「君はどうしてそこまで権力にこびへつらうんだい? 尋常じゃないよね」

「……」

「今だけは本音で話してほしい。これは王子としての命令だよ」

「……私の両親が貴族に殺されたからです」


 ローマンはすべてを語ることにした。



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