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第十四話 笑顔に潜む刃

 

 翌日。

 いつものように魔法具の修復と領民の苦情解消に向かった私である。


 今日はお祭り用のスピーカーが壊れたと言うので直しに来ている。

 集会場の中庭で修理していると、木陰の下でリュカ様が優雅にくつろぎながら言った。


「いい天気だねぇ。お花見日和だよ、ライラ。結婚しよ?」

「呼吸をするように求婚しないでください。お断りします」


 今日も今日とてリュカ様は絶好調。

 私の仕事を楽しそうに見物している。この人暇なのかな……。

 いや、今日も従騎士の人がぷんすかしてたし、暇じゃないよね、たぶん。


「ライラ様、こちらはどのように」

「あ、円を二重にしてください。線と線の間に魔法文字を描く感じで」

「かしこまりました」


 大まかなところは終わったのでルネさんと一緒に作業している。

 ルネさんは元魔法騎士団の副団長をしていたらしく、すごく魔法に詳しかった。


「なぜ定数分配法を使わないのですか? α文字をγにしたほうが魔力効率がいいかと思いますが」

「効率だけ考えるとそうですけど、そうすると配管に負担がかかるんですよ……うちはただでさえ貧乏なので、出来るだけ素体に負担がかからないようにしたいんです。なので円環二重法にアレンジを加えて……」

「……五百年以上続く定理にしれっとアレンジを加えないでください」

「え? なんて言いました?」

「なんでもありません」


 そっか。それならいいんだけど。

 勉強熱心な侍女さんとは話が合って楽しい。

 お姉ちゃんが居たらこんな感じなのかなぁ……。


「ねぇライラ。仕事が終わったらデートしない?」

「しません。というかどうせ終わりません」

「じゃあお昼までに仕事が終わるか賭ようよ。僕が勝ったら一日デートね」

「私が勝ったらリュカ様は仕事してくださいね」

「これでも仕事してるんだけど、まぁそれでもいいよ」


 よし。言質いただきました。

 これでリュカ様の攻めに耐えなくて済む……。

 いやほんと、最近ぐいぐい来るからな、この人。私の心臓が持たない。


 そんなこんなで話をしながらスピーカーの修理を終える。

 えーっと、あとはなんだったかな。

 村の陳情箱に入った紙を数えようとすると──


「…………あれ? ない?」


 いつも山のように詰まっていた箱が空っぽだった。

 私の仕事が……あれ? もしかして終わった?


 空を見上げる。お日様はまだまだ中天にあった。

 まだお昼なのに……いつもは夜までかかるのに……。


「どうしたの、ライラ」


 リュカ様がニヤニヤしながら言った。


「もしかして仕事終わった?」

「いや、そんなはず……」


 ハッと気付いた。


(そっか。リュカ様が素材を配ってくれたから……!)


 今まで私たちの仕事が大量にあったのは貧乏子爵故の予算不足。

 魔法具を生活の基盤にしているにも関わらず設備が貧弱で、短い周期で魔法陣を整備して運用していたから、私たちは飛び回っていた。けれど修理しても修理してもすぐに壊れるし、素材を買うためには予算がなく、収入を増やすためのげ設備も予算が足りない、そんな悪循環……


 だけどリュカ様がその悪循環を壊してくれた。

 魔法素材をばらまくことで修理する魔法具が格段に減り、私の仕事は無くなったんだ。


(こ、これが金と権力の力……! パワープレイすぎる…!)


「そういえばさー」


 リュカ様がしたり顔で私の顔を覗き込んでくる。


「僕とライラって、さっき賭けをしたよねぇ」

(こ、この人……! もしかしなくても全部分かって……!)

「僕が勝ったら何をするんだっけ。そうだ! 一日デートだ」

「あ、あぅう……」


 デート、デート、デート……

 脳内を耳慣れない文字列が埋め尽くし、私の頭はオーバーヒートする。

 ぷしゅー、と頭から湯気を吐く私にリュカ様は寂しそうに微笑んだ。


「そんなに嫌かい?」

「嫌ってわけじゃないですけど」


 こんな私とデートして楽しいのかな……なんて思いがある。

 そもそも男女のデートって何をするんだろう。ご飯? ご飯なら歓迎。

 それ以外は……なんだろう。一緒に本を読むとか? 一人で良くない?


「デートが嫌なら婚約しても良いよ?」

「どんな理屈ですかっ」

「君が好きって理屈」

「~~~~~~っ」


 顔の熱が限界に達して、ぽかぽかとリュカ様の胸を叩く。

 ほんとにもう、この人は。なんだってそんな風に! 好意を伝えるかなぁ、もう!


「冗談でも言っていいことと悪いことがあります」

「冗談じゃないさ」


 リュカ様は真顔で言った。

 こんな時だけ真剣に言うの、ちょっとズルいと思う。


 だけど……


『貴様は魔法陣だけ書いていればいい。そのために拾ったのだ』

『貴様のような醜女に女としての幸せがあると思うな!』


 脳裏によぎる記憶が、私の熱を冷ましていく。

 俯いた私はリュカ様の裾をぎゅっと握って言った。


「……婚約したらどうなります?」

「僕と結婚できる」

「違います」


 私は顔をあげて言った。

 リュカ様がなぜか息を呑んでいる。


「……ライラ?」

「婚約したら、私は来る日も来る日も魔法陣を編まされて寝る暇もなく家事をする暇もなく家はボロボロになりお父さんと引き離されメイドが私の給金を横領して食べる物が無くなり部屋の中に入って来た虫を食べて生き繋ぎ挙句の果てに私の魔法陣は誰か悪い人に使われて罪をすべて擦り付けられてしまうんです……!」

「いや、さすがにネガティブすぎるんじゃないかな」

「経験談です」

「は?」


 あぁもう、何を言っちゃってるんだろ。

 リュカ様は何も悪くないのに。私、勝手すぎるでしょ……。


「……ごめんなさい。それじゃ」


 隣を通り過ぎようとすると手を掴まれて、身体を引き寄せられた。


「ちょ」

「僕は君に魔法陣を一切求めない」


 後ろから抱きしめるリュカ様の息がくすぐったい。

 男らしい胸板とごつごつとした手が私を包み込んでいた。


「何もしなくていい。好きなことをしていい。君を傷つける奴らは全部始末する」

「……っ」

「それでもダメかい?」


 それは……どうだろう。

 リュカ様はいい人だと思うけど……でも……。


 ぐうううううう。


 腹の虫が私の窮地を救いに駆け付けてくれた。

 ハッ、と雰囲気にのまれそうになっていた私は我に返ったリュカ様を振り払う。


「私、女性にお腹を空かせるまで構ってくる人が嫌いなので! それでは!」


 おうちに向かって走る。

 リュカ様がどんな顔をしているのか、ちょっと見るのが怖かった。





 ◆◇◆◇



 ライラが走り去った後──


「この僕より食欲を取る、か。ふふ。好きだなぁ」


 口元を緩ませたまま、リュカは目から光を消した。


「……経験談」


 その声は先ほどの柔らかな空気が微塵もない。

 その場にいるだけで周囲を威圧する、『氷焔の微笑』の真価がそこにある。


「ルネ」

「は」

「以前の調査は進んでいるか」

「半分ほどは」

「それに加えて彼女が語った内容をすべて調べろ。明日までに」

「調べたあとは?」


 リュカは微笑んだ。

 言うまでもない。それが彼の答えだった。




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