第十三話 夕食デート
「今日も終わった~~~~!」
麦畑の中、夕陽を浴びながら一仕事終えた私は大きく伸びをした。
う~~~ん、この、日が出ているうちに仕事を終えた時の幸福感!
今から帰っても書類仕事は書記官がやってくれるし、好きなこと出来る!
何しようかな、本を読もうかな、魔法書の研究をしようかな。
夢が広がる! 定時帰り最高! ビバ定時帰り!
「ライラ様、お疲れさまでした」
「ありがとうございます。さすがに疲れました」
たはは、と笑うとルネさんは難しい顔で頷いた。
「一日に五十個の魔法具を修復したら疲れるのは当たり前です」
「今日は少ないほうですけどね。嵐が来た時とか百個くらい一気に壊れるし」
「……」
なぜかルネさんの頬が引き攣ったけど、どうしたんだろう。
治療系の魔法具は専門外だから、力にはなれないんだけど……。
そんなことを思っていたら、ぐうううう、と腹の虫が唸り声をあげた。
「あぅ……」
「お、ちょうどいい時に戻って来たみたいだね」
「リュカ様?」
振り返ると、リュカ様が得意げな顔で言った。
「お店に夕食を用意させてるよ。今日は外食と行こう」
「え、でもお父さんが」
「お義父上か。二人でデートすると言ったら喜んで送り出してくれたよ」
(あの権力によわよわお父さんめ!)
どうどどうぞいってらっしゃいませ!
と、へこへこ頭を下げてるお父さんの姿が目に浮かぶようである。
(昔はあんな風じゃなかった気が……いや、昔から変わんないか)
男手一つで私を育ててくれたお父さんにはすごく感謝してるけども。
社交界シーズンでは王都で魔法省にこき使われてブラック残業をしてたお父さんだから、権力に弱いところは分かってるんだけども……欲を言うならもうちょっとだけ娘を守ってほしいなぁと思ったりもする。
「っていうか! まだ義父上じゃありません。グランデ子爵と呼んでください」
リュカ様はきょとんとして、嬉しそうに笑った。
「『まだ』ってことはそうなる可能性はあるってことなんだ?」
「~~~~~~っ、し、知りません! 早く行きますよ!」
「せっかくだから手を繋いでいかない?」
「いきません! 普通に歩けばいいじゃないですか!」
「そっか」
拒絶したのに、なぜか嬉しそうなリュカ様。
怪訝に思って見上げると、「いやさ」とリュカ様は口元を押さえてそっぽ向く。
「隣を歩いていいくらいには気を許してくれるんだなって思うと、ね」
「……? 私の隣を歩く(奇特な)人はリュカ様だけですけど」
「え」
「リュカ様としか歩きませんよ?」
(元婚約者は絶対に私の隣を歩こうとしなかったし。常に一歩前に歩いてたし)
きょとんとしたリュカ様は「はぁ……」とため息を吐いて道端に座り込んだ。
膝に顔を埋めて「そういうところだよ……」となんか呟いている。
どうでもいいけど、お腹が空いたから早くしてほしいと思った。
◆◇◆◇
外食といっても、我が子爵領の小さな村には一軒しかない。
マーサの宿という酒場じみたところに二人で入っていくと、黄色い悲鳴と囃し立てられるような声が沸き上がった。
「きゃー! 何あのイケメン! ライラ様とどういう関係?」
「ほら、あれよ。ライラ様のお隣に建った家の……!」
「査察って噂だけど、どういう査察なの。アレをアレしちゃうの……!?」
「つーかライラ様、すっげー綺麗になってね? まじ可愛いんだけど……」
「うぉぉ~~~~ん、俺らのライラちゃんがぁああ!」
「不可侵条約が破られた……! あのイケメン、許すまじ……!」
(うぅ、すごい盛り上がりよう……苦手だ……帰りたい……)
外食自体はいいんだけど、衆目に晒されるのは苦手な私である。
いやまぁ、ここの人たちは家族みたいなものだけどさ……
全員名前を知ってるし、だからこそ気まずいものがあるっていうか。
「あの、リュカ様?ですよね。よろしけば同席して構いませんか?」
ほらリュカ様目当ての人が寄って来るし……
まぁ私は壁の花になってご飯に集中できるからいいけどさ……
「申し訳ないけど」
「ふぇ?」
ちょ、なんで抱き寄せるんですか!?
私の肩に手を回して抱き寄せて来たリュカ様は頭に口づけを落として言った。
「今日はせっかくのデートだから、ライラを独り占めさせてほしいんだ」
「そ、そうだったのね! 既にそう言う関係だったなんて、あたしったら野暮なことを……!」
ばっちーん! とウインクする女性。
いや、何のウインクですかそれは。私は何もしませんが。
というかデートじゃないですし!
抱き寄せるのもやめてもらえませんか!?
「ライラ様~、こっちへどうぞ~」
顔馴染みの給仕係が用意してくれたのは店の奥にある場所だ。
カウンターで隠れているからひと目がちょっとマシになる。
ありがとう、と告げて席につくと、視線が隠れてちょっと楽になった。
「外食するのも一苦労だね」
「誰のせいですか、誰の」
「僕のせいだねぇ」
リュカ様は楽しそうに笑う。
この人は本当に楽しそうだな……なにがそんなに楽しいのか。
「君といるならどこでも楽しいよ」
「え」
「君が僕を見てくれている。それだけで楽しいんだ」
ぶわ、と顔に熱が上がって来た。
正直何を言ってるのかよく分からないけど、すごく恥ずかしいことだとは分かる。
リュカ様の蒼い瞳には甘い熱が灯っていて、一心に視線を注がれて照れ臭い。
「そ、そういうことを言うのは、禁止です」
「えー、なんで?」
「心臓が持たないからです!」
「ふーん」
リュカ様が玩具を見つけた子供のように目を細めた。
「ライラは僕と一緒に居て、ドキドキするんだ?」
「あ、ぅ、や、それは……」
「それってどういうことなのかな。ねぇ教えて?」
どういうことも何も、そんなの分からない。
そりゃあ私だってこんなにも好きだと言われ続けたらドキドキもする。
仮にも乙女だし、恋愛話も嫌いじゃないし、王子様との結婚だって夢見たことはある。
でもそれはお話の中だから楽しめるのであって、自分がそうなるのは話が別。
王子様と元平民の子爵令嬢の恋愛なんて絶対誰も幸せにならない。
周りからの圧力もすごいだろうし、私がそうなった暁には嫌がらせの雨あられである。
ただでさえ伯爵家と婚約した時も色々言われたのに……
一緒に居てドキドキするのと結婚できるかはまったく違うのである。
そう言おうとして顔をあげると、ちょうど料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたぁ~、今日だけ特製王子様プレートです~」
「わ」
次々と運ばれてくる料理に私の思考は一気に持っていかれた。
赤々と存在感のあるタイガーシュリンプの丸焼きに、ぐつぐつ油が煮えているキノコのアヒージョ、焼き立てのバゲッドに、生ハムチーズとルッコラのサラダ仕立て、特牛ステーキとオニオンスープ、胡椒の効いたマッシュポテト……
「わぁぁぁぁ」
な、なにこれ。こんなの涎出るやつじゃん……!
なんかもうリュカ様のあれこれとかどうでもよくなるやつじゃん……!
「あ、あの。こんなのお店になかった、ですよね? なんで?」
「それはぁ~」
馴染みの給仕係さんがリュカ様を流し見て唇に指を当てた。
「申し訳ありません~企業秘密です~」
「……リュカ様なにかしました?」
「さぁ、どうだろうね」
リュカ様はしれっと言った。
いや絶対に何かしてるでしょ……お店に食材を卸したりとかそんな。
「それより早く食べないと冷めちゃうんじゃない?」
「あ、そうでした」
鞄の中からカメラを撮り出してぱしゃり。
うーん、角度が難しいな。もうちょっと改良したほうがいいかも……
ぱしゃぱしゃ撮っていると、リュカ様が不思議そうに首を傾げた。
「そのカメラで僕を撮らないのかい?」
「え、なんでですか?」
リュカ様はきょとんとした。
「なんでって。僕と付き合っていることを……」
「付き合ってません」
「いやでも」
「付き合ってません」
何をしれっと既成事実にしようとしてるんですか、この人は。
じと目で睨むと、リュカ様は降参したように両手をあげて苦笑した。
「付き合いがあることを周りに自慢出来て優越感に浸れると言いたかったんだ」
今度は私がきょとんとする番だった。
「そんなことをしてお腹が膨れるんですか?」
「たぶん膨れないが、心は満たせるんじゃないか?」
「じゃあいいです。美味しい料理を撮ったほうがお腹が満たされるので」
すっぱいものを想像したら口に中に唾液が出て来るのと同じ理屈だ。
お腹いっぱい食べた美味しい思い出を溜めておくと、空腹のときに役立つ。
「心よりお腹です。お腹が膨れないと心は膨れません。その逆は絶対にあり得ないです。こういうのを見返したら、美味しいごはんの思い出に浸れるんです。二人の思い出の品ってやつです」
リュカ様の目が丸くなって、にやにやし始めた。
あれ。私、またなんか言っちゃった?
「ねぇ」
「はひ」
リュカ様がテーブル越しに私の顎を掴み、顔を覗き込んでくる。
獲物を狙う蛇みたいに唇を舐めた。
「それは婚約打診の承諾と受け取っていいのか?」
「なんでそうなるんですか!?」
「二人で食べた食事の記録をいつまでも残しておきたいということだろう?」
「どこをどう解釈したらそうなるんですか!」
「そういう可愛いことを言ってると」
「ひゃ」
リュカ様が私の耳たぶを甘噛みして微笑んだ。
「怖い蛇に食べられちゃうから、気を付けてね?」
「は、はひ……」
「ライラにはもうちょっと自覚を持ってほしいなぁ……」
「何をですか?」
「まぁこの鈍感さもいいっちゃいいんだけどさ……」
遠巻きにこっちを見ていた人たちがサッと顔を逸らす。
みんなリュカ様を見ていただけなのに、何を自覚しろというのか。
まぁいいや。ご飯食べよう。
お腹いっぱいになったらつまんないことは忘れるでしょ。うん。
ふぁぁぁあ。
このチーズ最高に蕩ける……チーズの海に溺れたい……