プロローグ
新連載です。
よろしくお願いいたします!
王子様との恋愛と聞いたらどんなことを想像する?
たとえば玉の輿であったり、すごい王太子妃教育だったり、政略結婚だったり。
ある日突然、ひどい目に合っていた人が幸せになったり。
みんなはどんなことを想像したりするのかな。
私も小さい頃は色んなことを想像したものだけど……。
現実で色々と経験した今とあっては、王子様との恋愛に夢は持てない。
私にとって王子様というのはもっと身近で、どうしようもないものだった。
「ねぇライラ。君のために取り寄せた特上のレモンケーキだよ。味はどう?」
「美味しいです」
口の中に頬張ったケーキはスポンジがふわふわ。クリームは甘くて酸っぱい。
僅かに含まれたレモンの香りが口いっぱいに広がり、幸せの二重奏を奏でる。
「ん~~~~!」
思わずばたばたと手足が動いてしまう。
お茶を口に含むと苦みが甘みに変わって、それはもう極上の美味だった。
はふぅ……とひと通り堪能してから顔をあげる。
金髪碧眼の見目が整った男性が頬杖をついて微笑んだ。
「ご満悦のようだね」
「はい。さすがは王都で行列のできる店のケーキです」
そっと重ねられそうになった手を避けて私はじと目で言った。
「それより、なんでここに?」
「君が仕事終わるのを待ってたんだ。当然だろう?」
「……っ、ここは私の部屋なので、出て行ってもらえますか」
(せっかくのケーキなのに、誰かに見られてると緊張してちゃんと味わえないし)
男性──リュカ様の笑みが深まった。
「そっか。それはつまり……」
リュカ様の手が伸びてくる。
私の口元についたクリームを取って、自分の口に含んだ……。
含んだ!?
「あ、ぅ、」
はしたなさすぎる行いに顔に熱が集まった。
「あ、あのリュカ様」
「それはつまり、僕ともっと一緒に居たいということだね」
「違いますけどっ?」
熱が一瞬で吹き飛んだ。
「実は結婚の申し込みだったりする? 答えはOKだよ」
「だから違いますってば!」
「その割には声が上擦っているけれど」
「こ、これは殿下がはしたない真似するから!」
「はしたない真似ってなに?」
「だ、だから私の口元についたそれを……ごにょごにょ」
「ん?」
リュカ様は楽しそうに笑っている。
私の一挙一動を見て楽しむ性悪王子をじろりと睨むけど、そんなことをしてもこの人が喜ぶだけだと分かってる。空色の瞳に瞬きもせず見つめられて、またしても顔が熱くなってしまう。くく、とリュカ様が笑い、机を回り込んで私の足元に膝をついた。
「ほんと照れる君も可愛いね。もう結婚しよ?」
「は?」
「あぁ、もしかして僕と結婚することで君が束縛されると思ってる? 安心していいよ、それはない。確かに僕は第二王子という身分だけど兄上が即位したら臣籍降下する予定だし、公爵になったら君に公務をさせることもない。病弱とでも偽れば引きこもれるよ。大好きな魔法陣をいくらでもいじるといい。第二夫人なんて要らないし、我が生涯をかけて君を溺愛することを誓おう」
夜色の髪をひとふさ持ち上げて、リュカ様は愛おしそう口付ける。
大切なものを愛でる仕草に「ぁ、ぅ、ぁ」と私はたじたじになった。
甘い熱を孕んだ空色の瞳が、こちらを一心に見つめている。
「さぁ、ライラ」
悪戯好きの王子様は私の顎を持ち上げ、私の顔を覗き込んだ。
「君の答えを聞かせて?」
「……」
どうしていつも私に言わせようとするんだろう、と思う。
第二王子であるこの人の権力を以てすれば私に無理やりいうことを聞かせられるのに。
リュカ様はいつだって私の言葉を待っている。
まるでそれこそが世界で一番の望みであるみたいに。
──私の答えは決まっていた。
「………………で」
「ん?」
蹴倒すように椅子から立ち上がり、殿下の胸を押しのけて踵を返す。
「溺愛なんてお断りですぅうううう!」
リュカ様の濡れた吐息、密着する体勢、熱烈な求愛。
そのどれもが私の許容量を超えていて、頭の上から湯気が噴き出しそうだった。
(どどどど、どうしてこうなったのぉぉおおお!?)
思い出すのは二ヶ月前のあの日。
食欲に負けて婚約者審査会に行った日から、すべては始まったのだ。